さよならじゃなくて"卒業" 都会の心を支えた影の相棒Suicaのペンギンへの想いを市川紗椰が綴る
イチオシスト

Suicaのペンギンのグッズはたくさん持ってるけど、こちらはリアルペンギンとの一枚
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は「Suicaのペンギン」について語る。
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2025年、突如として流れた「Suicaのペンギンが卒業」のニュースに首都圏はザワつきました。J-WAVEで生放送中だった私も動揺。「卒業」というポップな言い方の裏で、心は乱れました。
それにしても、いなくなると聞いただけでこんなにも胸がザワつくなんて。好きなキャラだと自負してたけど、それ以上の喪失感に襲われました。タッチ&ゴーといえば聞こえは軽やかだが、実際は「早く仕事に行け」「効率よく生きろ」という都市の移動の無言の圧力。その中でペンギンは、構内で「別に焦らなくてもいいよ」と言ってくれる存在でした。
でも、彼に名前はない。「Suicaのペンギン」と呼ぶ人が多いのかな? 私は勝手に「ペン」と呼んでますが、この情報量の少なさが魅力のひとつ。無表情・丸いフォルム・シンプルな色。萌え系でもないし、ゆるキャラ系でもない。デザインが攻めてないのに、妙に記憶に残る。
もともとは絵本作家である坂崎千春さんの作品に出てきたキャラだけど、マスコットにありがちな変な設定や〝盛りすぎ〟もない。それどころか名前もない。
結果として、老若男女がギリギリ許容できるラインを取ってきたと思います。キャラとしての主張は薄いのに、朝の改札で目に入ると「あ、ペンギン」となる。インフラ広告としては、これ以上ない勝ちパターン。
声も決まってないし、主役アニメもない。無口ゆえに「いいやつ」に見える。丸くて無表情ゆえに「優しそう」に見える。企業マスコットの多くは、ホームページで「将来の夢:〇〇」などとプロフィールを紹介してます。
しかしペンは、ほぼない。無口な改札の神ポジションを徹底したからこそ、ユーザー側が自由に妄想を乗せられる余白が生じました。そして仕事帰りに、ボロ雑巾のようになって改札を通るとき、「ペンギンに会いたい」と思える瞬間が訪れるのです。
改札の前やコンビニや駅ナカのカフェなど、日常の境界線にペンはいました。気分がちょうど下がるタイミングで、なぜかいる。満員電車で揉まれて心が砕け散ったときに、最初に目に入るペン。
インフラに癒やしを求めるなんて、どうかと思うかもしれませんが、実際にそうなってしまったのだから仕方ない。ここまで生活動線の中に入り込み、情緒をつかさどるキャラクターは、日本の交通史でもなかなか珍しいと思います。
ちなみにペンはICカード界のパイオニアのひとり。ペンが登場したときは、ICOCAのカモノハシも、PASMOのロボットも、nimocaのフェレットもまだいなかった。
つまり、ペンは「激戦のキャラ合戦」の中に投入されたわけではなく、誰もやっていないのに突然出てきた奇跡の〝先鋒(せんぽう)〟でした。今やICカードはキャラをつけるのが当たり前ですが、その常識を作ったのはあの無表情なペンだったのかも。
そんなペンが突然「卒業」。グッズが一時品薄となり、署名運動も行なわれるなど、ロスが広がっています。元から人気キャラですが、いなくなって初めてわかる。あのペンギンはただのマスコットではなく、東京の感情のインフラだった、と。ペン~。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。「座右の銘は〇〇」とか、やたらとプロフィールを紹介するキャラも好き。公式Instagram【@sayaichikawa.official】
記事提供元:週プレNEWS
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