"令和の米騒動"ふたたび!? コメ農政「大迷走」のツケは誰が払うのか?
イチオシスト

農水官僚出身の鈴木憲和農相は1982年生まれの43歳、衆院当選5回
増産から減産へ、備蓄米放出から「おこめ券」へ。
農政の揺り戻しを象徴する新農相は元農水官僚で、農水省、JA、自民党農林族という"鉄のトライアングル"の中の人。「おこめ券」をバラまいてコメの需要を喚起するので、農家受けは良いが、生産を抑えれば再び「令和の米騒動」が起きかねない!
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【ヘリから現金をバラまくほうがマシ?】鈴木憲和(のりかず)農林水産大臣は10月21日に着任して早々に、「おこめ券」の配布を看板メニューとして打ち出した。
スーパーのコメ平均価格が5㎏当たり4300円前後という高値をつける中、おこめ券で消費者がコメを安く買えるようにするとうたう。聞き慣れない商品券の登場に戸惑ったのは消費者だけではない。農業関係者も同様だった。
混乱の中、素早く賛意を示したのがJAグループだ。JA全中の山野徹会長は10月30日、鈴木農相と面会し、配布を「支持する」と表明した。

おこめ券については自治体からも配布コストや事務負担の重さを指摘する声が上がっている
いわゆるおこめ券は2種類ある。そのひとつ「おこめギフト券」は、JA全農が発行する。グループのトップが歓迎するのは当然だ。
おこめ券は、印刷費や流通経費などが12%を占める。額面500円のおこめ券を買うと、これらの手数料として60円分が差し引かれてしまう。
「おこめ券は実質的に440円の金券。12%も手数料がかかってなんのいいことがあるかというと、全農の懐に金が入ること。そういう意味では『全農救済券』だね」(業界関係者)
JA関係者からも配布に疑問の声が上がる。秋田県立大学客員研究員で、JA秋田ふるさと(本店・横手市)の改革派の組合長として知られた小田嶋契(ちぎり)前組合長は、次のように話す。
「おこめ券を配布するまでの費用や手間暇を考えると、それほど効果があるのか。ヘリコプターで同じ金額の札束をまいたほうが経済効果は高いんじゃないの」

JA秋田ふるさとで改革派として知られた小田嶋契前組合長は、おこめ券の経済効果に疑問を呈する
鈴木農相との面会後、配布に反対の立場を表明した日本農業法人協会の齋藤一志会長も、「減税とか現金給付のほうが(公費のムダが少なく)交付効率がいい」と記者団に語り、やはり配布コストを問題視している(毎日新聞「農業法人協会長がおこめ券に反対を表明」11月14日付)。
齋藤会長は山形県庄内地方を中心とする米集荷販売会社の経営者だ。選挙区が違うとはいえ、農相(衆院山形2区選出)の地元県からも反対の声が上がったことになる。
全農のおこめギフト券に関して、気を揉む米穀店主もいる。もともとおこめ券は1枚ごとに「1㎏」と書いてあった。かつてコメの店頭価格が1㎏400円前後だったからだが、いまや440円で買えるのはその半量ほどに過ぎない。
「全農のおこめギフト券は、以前に刷った在庫がダブついているのか、1㎏と書かれたものも流通している。受け取った消費者が(現在でも1㎏のコメと交換できると)勘違いしないか。おこめ券でコメを買う人が増えることには期待しているが、それが心配」

今年は新米の収穫量が多かったが価格は高止まりで売れ行きは鈍く、在庫量が増えている(写真はイメージ)
さらにおこめ券には、コメ以外の商品にも使えるという問題点がある。スーパーやドラッグストアなどコメを扱う店であれば、ほかの商品の購入も認められている。元農水事務次官で新潟食料農業大学名誉学長の渡辺好明氏は次のように指摘する。
「農政としては、国産米を買うのに使ってほしい。けれどもおこめ券はカリフォルニア米やパン、ビールにも化ける。そうなると、政策の狙いからずれてくる」
よかれと思って配ったおこめ券が、負の効果を発揮しかねないとの懸念もある。特定のものに対して助成金を出したり、減税したりすると 、実質的に安く買えることになるため小売価格が下がらないことはよくあるからだ。
「結果として、米価を高止まりさせることにならないか。経済的な支援の仕方に気をつけないと、今の望ましくない状態をそのまま維持してしまう可能性が高い」
そもそも鈴木農相は、なぜこんなにコストのかかる政策を目玉に持ってきたのか。
「おこめ券でごまかそうとしている」と解説するのは、高崎経済大学元学長である農政調査委員会の吉田俊幸理事長。
「家計に占める食費の割合を示す日本のエンゲル係数は、(最新データの)2024年で28.3%と高くなっている(43年ぶりの高水準)。今年11月になっても消費者価格は高止まりしているが、高い米価に耐えられない消費者は確実にいるので、5㎏で2000円台や3000円台のコメも必要。
そこで当面の対策として、おこめ券を持ち出したわけだが、実際には米価、物価に対しての効果は疑問だ」
【米価崩壊は秒読み? この12月がヤマ場】鈴木農相がおこめ券を引っ提げて登場したタイミング。それは、バブルの様相を呈する高い米価に崩壊の足音が迫るタイミングでもあった。
米どころの秋田県にあって、南部に位置する横手市は、集荷競争の激しさで知られる。JAだけでなく、「商系」と呼ばれる集荷業者や商社も地域に入り込み、農家に高い米価を示してきた。
同市で85haの水田を経営する大規模な農業法人、株式会社みずほライスの熊谷賢代表取締役社長はこう話す。
「JAとはコメがいくらで売れるかわからないのに、事前契約を結ばなければならない。事業の方向性や状況に応じて自由に販売したいので、今年はJAへの出荷をやめました。大手商社、首都圏や地元のホテル、飲食店などに出荷するほか、ネット通販もしています」

秋田県横手市で大規模農業法人を経営する株式会社みずほライス・熊谷賢社長は、「新米の売れ行きが鈍いので、価格の先行きは不透明」と語る
昨夏以来の「令和の米騒動」で始まった、高値で農家を囲い込む動きは、早くも過去のものになりつつあるという。
「思いのほか今年の新米が売れず、産地に出入りしなくなった商系の業者もいると聞きます。新米の動きが鈍いので、価格の先行きは不透明ですね」
同市を管轄するJA秋田ふるさとの小田嶋前組合長(前出)は、農家の庭先にコメを買い付けに来る集荷業者が今年は目まぐるしく態度を変えていると指摘する。
「春は『高値で買うから』と積極的に農家の元に来てたけど、田植えの時期にはそうでもなくなったり、夏に渇水で不作の可能性が騒がれるとまた現れたり。秋になったらまた来なくなったと聞く」
スーパーのコメ平均価格が高止まりする一方で、コメ業界は価格の崩壊がいつ始まるか戦々恐々としている。小田嶋前組合長は12月がひとつのヤマ場とみる。
「新米が出始めてから12月までは様子見の感が強い。それまでに、今年の必要分が確保できたかどうかが見えてくる。取引価格が下がるという大きな動きが12月に起きるかもしれない」
コメ取引関係者の向こう3ヵ月の米価に対する見立てを示す指数に「DⅠ」(米穀機構調べ)がある。50を下回ると、米価が下がるとの見立てが強いことを示す。10月の数値は、9月に比べて18ポイント下がり「39」となった。 先安観は業界で広く共有されている。備蓄米の大量放出と輸入米の流入、収穫量の多さが相まって、コメの在庫量がかつてなく増えたからだ。
どう転んでも米価は下がる――。そんな状況で登板したのが、鈴木農相だった。
【背後霊を引き連れた新農水大臣】「稼ぐのよ!」
高市早苗総理は鈴木農相に大臣への就任を打診した際、こうハッパをかけて電話を切ったという(TUY NEWS「『一生忘れない』高市総理の"ガチャ切り電話" 鈴木憲和農水相が地元で話した"大臣就任エピソード"」11月19日付)。
鈴木農相がかねて口にしてきた「稼げる農業」を実現せよという意味だ。
鈴木農相は開成高校、東京大学法学部を経て、2005年に農水省に入省。面接で「これからは年間100万tのコメを輸出する」と主張したとのエピソードが省内で語り継がれている。
選挙区がある山形県を代表するコメの品種「はえぬき」と、農水省の生え抜きであることをかけて「はえぬき大臣」を名乗る。
コメをじゃんじゃん輸出する。そんな入省時の初志は、すっかり鳴りを潜めてしまった。鈴木農相は、市場にあふれた備蓄米の買い戻しと減産で需給を釣り合わせ、米価の値崩れを防ごうとしている。高市総理の「稼げ」という号令に、短期間で応えようということなのか。
その路線は、基本的に石破茂前総理と小泉進次郎前農相が打ち出した増産と減反廃止を否定するものだ。秋田県大潟村の農家である黒瀬友基村議は言う。
「コメ政策は、小泉前農相のときに一瞬変わっただけ。鈴木農相は農水省出身だけあって、これまでの路線に戻った。多くの農家は順当なところに落ち着いたと受け止めているのでは」
石破政権が消費者を向いた農政を志向したのに対し、高市政権は農家を向いた農政に戻った。
原因は、政権の支持基盤である岩盤保守層に農家が多いこと、そして鈴木農相自身のスタンスにある。「農水省を知りすぎていて、背後霊をいっぱい引き連れているようなもの。新しいことはできないのでは」と、辛口の批評をする農家もいる。
「限られた予算の中で、どういうコメ政策をするかという路線に戻った」

秋田県・JA大潟村の小林肇組合長は、石破前政権が掲げた農業改革について「期待感はあったが、財政的な裏づけがなかった」と指摘する
そうみるのは、JA大潟村の小林肇組合長だ。石破政権は増産を掲げたものの、供給量増加によって米価が下がった場合に農家をどう下支えするかが不明確だった。
「当時は国の方針がガラッと切り替わるという期待感があったけれど、大胆な方針転換には、大胆な予算の獲得も必要でしょう。財政的な裏づけがないまま、増産という発言だけが先に来ていた。実際に確保できる予算内での政策となると、鈴木農相のような方向になっていくのでは」
【「神をも恐れぬ所業」を目指すその末路は......】高市総理のコメへの関心が薄そうなことも、農政の時計の針が逆戻りする一因だ。
国で精緻な需給見通しをつくるという到底不可能な主張を総裁選以来、繰り返している。11月10日の衆院予算委員会でも、米価の上昇について「精緻な予測ができていなかったことに大きな課題がある」と断じた。
令和の米騒動が起きた原因は、まさに農水省が需給の予測を大きく外したことにあった。インバウンドの拡大や小麦製品の値上げによるコメ需要の伸びを読めず、供給量が下がっている現実も把握できなかった。前出の渡辺名誉学長は言う。
「『国がコメの需給をぴたりと合わそうなどとは、神をも恐れぬ所業である』と、食糧庁にいた先輩がかつて話していた。需要は市場の価格動向を見て判断するしかない」
コメや麦の生産・流通・消費を調整していた食糧庁は、戦前からの統制経済の名残を引き継ぎ、コメを政府の管理下に置くための組織だった。2003年、消費者を重視した農政への転換を理由に廃止されている。
ところがコメ業界では現在、「統制が復活するのでは」とささやかれている。卸などを対象にした流通実態の調査を農水省が厳格化するとの噂があるからだ。
ただ、食糧庁のあった頃に比べ、統計調査に携わる人員は大幅に削減されている。一方でコメの販路は、ふるさと納税やネット通販、縁故米などが増え、複雑化した。コメの一粒一粒を追いかけて需給を釣り合わせるのは無理な話だ。

小泉前農相(左)が「消費者のほうを向いたコメ農政」への転換を目指して打ち出した改革案を、鈴木農相(右)が引き継ぐ気配はない
「需要に応じた生産」を掲げる鈴木農相は、米価について「コミットしない」「価格はマーケットの中で決まるべき」と語っている。けれども言葉とは裏腹にその政策は、あの手この手で米価を維持するもの。
そもそも国内に価格形成ができるほどの量を扱うマーケットは存在しない。農水省とJA、自民党農林族がその芽を摘んできたからだ。"コメマニア"を自称する農相が知らないはずはない。
JA全中が要求したものの、小泉前農相が「早計」だとして拒んだ備蓄米の買い戻しも検討中だ。前出の米穀店主は、「備蓄米を買い戻す、つまり市場から隔離するとの話がある。コメの流通量が減るのは死活問題で、困る」とこぼす。
さらに、農水省は2026年産米を減産する上、そのうち21万tを備蓄米として買い入れる予定だ。その狙いどおり、米価が高い水準を保てば、割を食うのは消費者である。
また、高市総理の言う「精緻な需給の見通し」を立てるのが不可能である以上、机上の計算ミスがあれば再び令和の米騒動が起きかねない。農家に人気の大臣は、後から振り返ったときに消費者にとって最悪の人選だった――とならないか。
日本の農家がコメをバンバン輸出して稼ぐという初志に、どこかで立ち戻ってくれることに期待したい。
取材・文・撮影/山口亮子 写真/時事通信社
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