「おこめ券」の意義 配布方法に課題 アグリラボ編集長コラム
イチオシスト
政府の経済対策に「おこめ券」の配布促進が盛り込まれた。2025年度補正予算案に自治体が自由に使える「重点支援地方交付金」として2兆円を計上し、一部を食料品高騰に対応する特別枠とし、おこめ券や電子クーポンを配れるようにする。
配布の実施を含め、具体策は自治体に委ねられる。「地域間で格差が生じる」「米以外にも使える商品券や現金給付の方が良い」「事務費と手間が膨大」「一時的な効果しかない」「米の消費を喚起するため米価が高止まりする」など、今のところ評判が悪い。
これらの批判はもっともで、政府案のままなら実施は見送るべきだ。しかし「おこめ券」の発想自体は間違っていない。類似の施策は米国などでも実施されている。問題なのは、配布の目的があいまいで、実施を自治体に丸投げする点だ。
意外かもしれないが、日本では2024年5月に食料・農業・農村基本法が改正されるまで食料安全保障の法律上の定義はなかった。改正2条で食料安保は初めて「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態」と定義された。消費者の食料アクセス(入手)という概念を明記したのだ。
政府は「おこめ券」の狙いについて、「需要の喚起」や「米価の下支え」という生産者目線ではなく、「アクセスの実現」という消費者目線で説明し、配布は基本法に基づく国の施策として位置付け、農水省が責任を持って実施するべきだ。
備蓄米の放出による米価の押し下げはアクセスを改善する一つの手法だが、恩恵は所得に関係なく富裕層にも及ぶ。一方、「おこめ券」は、配布先を厳密に絞り込むことで、買えない人に対しピンポイントでアクセスを保障できる。
米国では、低所得者向けの食料購入補助制度である「フードスタンプ」が定着し、現在も「補助的栄養支援プログラム(SNAP)」として消費者にとってのセーフティーネット(安全網)の役割を果たしている。約8人に1人が食料品店で使える電子カードを受け取り、所得水準によって異なるが毎月平均1人188ドル(約3万円)を受給している。
残念だが、日本にはSNAPのような給付の基盤が整っていない。所得などの情報のデジタル化や個人情報保護のハードルも高い。ただ今後、格差の拡大や少子高齢化が一段と進めば、米以外にも多様な食料品の入手を支援する必要に迫られる。給付の基盤を整備すれば、有事の際の配給制度にも応用できる。
「おこめ券」の配布は、「日本版SNAPのモデル事業」として位置付けるくらいの構想力と準備が必要だ。緊急性が高いとしても、少なくとも配布先と有効期間を絞り込み、転売を禁じた上で配布するべきだ。5キログラム5000円のブランド米を買えるような富裕層に配布する必要はない。交換できる米の価格に上限を設けるなどの工夫も求められる。
(アグリラボ編集長 石井勇人)
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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