牛糞で走るクルマ!? CO2を吸う技術!? スズキが挑む"独特すぎる"脱炭素戦略

2025年9月9日、スズキの技術戦略と新中期経営計画が発表された。壇上には、スズキを率いる鈴木俊宏社長が立った
9月に開催されたスズキの技術発表会「技術戦略2025」が注目を集めている。牛糞を活用したバイオ技術やCO2回収など、新感覚な技術が"超ギガ盛り"で披露されたのだ。
しかし、単なる技術の自慢では終わらないのがスズキ流。そこには、"ちょうどいい"をキーワードにした生活者目線の哲学が息づいていた。専門家の声も交えながら、現地取材した週プレ自動車班がその"ちょうどよさ"の正体に迫る。
■販売絶好調スズキの〝ちょうどいい〟今年上半期の国内新車販売台数で、堂々の2位にランクインしたスズキ。快進撃を続ける同社が、9月9日に東京都内で開催したのが「技術戦略2025」。
昨年に続き第2弾となる今回は、軽量化、電動化、バイオ燃料にCO2の回収まで、まさに〝全部盛り〟状態の技術発表会となった。現地取材した自動車ジャーナリストの桃田健史氏は、こう語る。
「スズキらしいアットホームな会見で、特に印象的だったのは〝ちょうどいい〟という言葉です。SDV(ソフトウエアで定義されるクルマ)やCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング&サービス、電動化)など、業界の流行語に振り回されることなく、自分たちのペースで〝必要な技術を、必要な分だけ〟取り入れていく。その姿勢こそ、まさにスズキという感じ」
実際、今回の発表会見で何度も登場した〝ちょうどいい〟というワード。やりすぎず、でも物足りなくもない。絶妙なバランス感こそ、スズキが掲げる企業哲学でもある。これは同社の中期スローガン「By Your Side(あなたのそばに)」にも合致する。
その象徴が、車両の軽量化技術「Sライト」。すでに既存モデル比で80㎏の軽量化に成功し、目標は100㎏。しかも安全性は犠牲にしていないというのだ。自動車専門誌の元幹部は苦笑しながらこう言う。
「軽自動車で100㎏の軽量化なんて、自動車業界の人間なら誰もが『マジかよ!?』と驚くレベル。でもスズキは、部品で50㎏、構造で20㎏、仕様変更で10㎏と、地道に積み上げてきた。この取り組みは本気ですよ」
桃田氏もうなずく。
「軽くするだけじゃない。車体サイズそのものを〝ちょうどいい〟に落とし込む発想がユニークなのです」
スズキは2030年までに先行モデルを完成させ、小型車にも展開する計画だという。
さらに驚かされたのが脱炭素戦略。なんと、インドで牛糞からバイオガスを生成するプラントを年内に稼働させるというのだ。
農家から牛糞を買い取ることで、農村の所得向上にもつながるというから、まさに一石二鳥。実はインドには約3億頭の牛がいるとされ、資源としてのポテンシャルは計り知れない。桃田氏もこう評価する。
「これまでバイオガスは基礎研究レベルにとどまっていましたが、スズキはそれを社会実装のステージに持ってきた。ほかの日本メーカーにはない、現地密着型のアプローチだと思います」
昨年12月にスズキは、インド政府系の「NDDB(全国酪農開発機構)」の子会社「NDDBムリダ」への出資を発表。牛糞由来のバイオガス工場の運営や肥料製造を手がける同社と連携し、自動車燃料としてのバイオガス活用をインド全土で展開する
また、スズキの電動化戦略は、EV(電気自動車)一本化とは一線を画す絶妙なバランスが光る。48Vマイルドハイブリッド、ストロングハイブリッド、プラグインハイブリッド、EVの4方式を並行して開発中。来年1月16日発売予定のeビターラでEVの存在感は示しつつも、〝全車EV化〟には慎重な姿勢を崩さない。
その背景には、内燃機関の高効率化へのこだわりがある。軽自動車向けの48Vマイルドハイブリッド・スーパーエネチャージの燃費改善をはじめ、自然吸気や直噴ターボなど、エンジン技術の磨き上げも粛々と進めている。
スズキは、2026年1月16日に世界戦略EV第1弾となるeビターラを日本発売予定。価格は399万3000~492万8000円
eビターラ
さらに、バイオ燃料やCNG(圧縮天然ガス)への対応も視野に入れる。インドでは、エタノール20%混合の「E20」対応車をすでに全モデルで展開。二輪車では、バイオエタノール85%対応のFFV(フレックス燃料車)も量産を開始しており、カーボンニュートラル燃料への対応も現実味を帯びてきた。
そして、なんとスズキは、CO2を回収して植物の成長につなげる「カーボンネガティブ技術」にも挑戦中なのだ。既存車に後づけでCO2を吸着・蓄積させ、農業に活用するという構想で、現在は実験室レベルながら、将来的な実用を目指しているという。
すでにスズキの製造現場では〝エネルギー極少化〟を推進。静岡・湖西工場の新塗装ラインでは、熱の流れを利用したゾーニングで省エネを実現。スマートファクトリー化によるCO2削減にも本腰を入れているのだ。
■スズキが語る〝他流試合〟の可能性今回の会見では他社との連携についても触れている。スズキ四輪開発幹部は「自社製にこだわりたい」と前置きしながらも、協業の可能性を完全には否定しなかった。加藤勝弘副社長も「自社だけではカバーし切れない領域がある」と語り、車両供給についても「なくはない」と含みを持たせた。
現地で協業に関する質問を投げかけた桃田氏は言う。
「スズキは軽自動車を基盤にしつつ、小型車全体をしっかり視野に入れている。そうなると、すべてを自社で賄うより、他社と組んだほうがコストや開発スピードの面でメリットが出るケースもある。
鈴木社長は『他流試合によって、自分を知ることも大事』と語り、協業の有効性を認めていましたよね。グローバル市場の変化も視野にあるのでは?」
牛糞もCO2も、スズキの手にかかれば〝燃料〟になる。世界を変えるのは、派手さではなく、〝ちょうどいい〟技術なのかもしれない。
取材・文・撮影/週プレ自動車班
記事提供元:週プレNEWS
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