「知ることは、世界を愛する第一歩」 【サヘル・ローズ✕リアルワールド】

「見たい、知りたい、話したい。それが旅の原点」
兼高(かねたか)かおるさんの言葉が私の胸の奥に染み渡る。世界150カ国以上を訪れ、テレビの画面越しにその風景と暮らしを届け続けた兼高さんの姿はまさに〝旅を生きる女性〟そのもの。
2025年、「第3回兼高かおる賞」を恐れ多くも受賞しました。知らせを聞いたとき、喜びの感情よりも先に、私は自身の旅路を思い返していました。それは華やかでも優雅でもない。声にならない声を拾い集めてきた軌跡だったと信じています。
私の旅は、難民キャンプから始まった。砂ぼこりの舞う中東の小さな村で、はだしのまま駆け寄ってきた子どもがこんな言葉をくれた。「ぼくのこと、忘れないでね」。この言葉が今も私の背中を押し続けている。
私の使命は、忘れられてしまう側の声を忘れさせないように届けること。兼高さんは「知ることは、世界を愛する第一歩ですの」とおっしゃっています。その言葉通り、私は〝知る〟ことから逃げずにいたい。
社会的養護のもとで育った子どもたち、迫害を受けた女性たち、戦火をくぐってきた難民となってしまった人々。毎回彼らの物語を聞くたびに、自分の中の世界地図が塗り替えられていくのを感じています。それと同時に〝旅とは距離ではなく、想像力を拡張する行動〟だということも。
映画『花束』を監督したとき、私は社会的養護の中で育った若者8人とともに、〝生きるとは何か〟に向き合った。彼らは語ることに慣れていなかった。でも、カメラの前で言葉を紡いでくれたとき、世界がほんの少し動いた気がしました。私はその〝揺らぎ〟を信じています。
兼高さんが残してくださった名言、「旅は人生の縮図です。出会いがあって、別れがあって、思いがけないことが待っている。だから、面白いのです」。この言葉は、まるで人生そのものへのエールだと感じた。
私もまた、出会いと別れを繰り返しながら、多様な〝今〟を抱える人々と出会ってきた。国境、言語、宗教、制度・・・そのすべてを越えて、心がふれ合う瞬間が確かにあった。そしてそのたびに、旅とは〝希望〟を見いだすための行動だと気づかされた。
ある時、タジキスタンでアフガニスタン難民となってしまった女の子に出会った。「将来の夢は?」と尋ねると、彼女は「明日を迎えること」と答えた。その切実な一言に、私は立ち尽くした。でも同時に思った。彼女の〝明日〟を願うことも、私にできる旅の一部だと。
兼高さんは「女だから、無理? いいえ、女でもできます」という言葉を残されているのですが、この言葉を私も心の中に染み込ませたい。というのも、私の旅もいくつもの「女性だから」「外国人だから」といった視線の中で続けてきたからです。
旅とは、見知らぬ土地に向かうことではなく〝見ようとする心〟を育むことではないでしょうか。声を拾い、差し出し、届けること。その一つ一つが私にとっての〝表現〟であり、〝生きること〟そのものです。これからも私は旅を続けていきます。
それは、兼高さんが私たちに残してくださった〝伝える〟という勇気のバトンを受け取った者の、一つの約束でもあります。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 31からの転載】
サヘル・ローズ 俳優・タレント・人権活動家。1985年イラン生まれ。幼少時代は孤児院で生活し、8歳で養母とともに来日。2020年にアメリカで国際人権活動家賞を受賞。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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