母・樹木希林から娘・内田也哉子へ。受け継がれた、旅人のバトン!「戦争と対話」(後篇)

信越放送が過去に作った6本のドキュメンタリー作品を手掛かりに、内田也哉子が旅人になって戦後80年の日本を見渡し、未来へのメッセージを届ける、日本映画専門チャンネルで放送される『戦後80年 内田也哉子ドキュメンタリーの旅「戦争と対話」』。このシリーズの中で内田也哉子は、今の視点からドキュメンタリー作品に描かれた所縁の場所や人物を見つめ、毎回ゲストと「戦争と対話」をテーマに語り合う。実はこれと同様のことを戦後70年のときに、彼女の母親・樹木希林が『戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅』で行った。シリーズの魂は母から娘へどのように受け継がれ、また旅人が内田也哉子に変わることでどんな変化を遂げたのか。シリーズの企画・プロデュースを務めた阿武野勝彦に母と娘、二人の旅人について伺った。
樹木希林がつないだ、内田也哉子との縁

阿武野:「也哉子さんとは、樹木希林さんが伊勢神宮に近づいていくロードムービー『神宮希林』(2014年)を東海テレビで作ったときに、希林さんからその映画の英語とフランス語ヴァージョンのナレーションを也哉子さんでしてみたらと提案され、お願いしたことがありました。希林さんとは、『ドキュメンタリーの旅』をしたり、『人生フルーツ』のナレーションをお願いしたり、映画の舞台挨拶でアトランタ、リスボン、ロサンゼルスと海外へも旅をしました。也哉子さんご一家はロンドン暮らしで、その後は特に仕事でご一緒する機会はありませんでしたが、希林さんが折に触れて「也哉子は私より人間の器がずっと大きい」と話していたことを思い出します。そして、2018年に希林さんが亡くなったというお電話が久しぶりの也哉子さんでした。その後、私にとっては希林さんの不在がしっくりこないまま時間がたち、一周忌がやってきて、一緒に旅した希林さんの映像素材を甦らせようと動き始めました。それが、母・樹木希林の足跡を訪ねる也哉子さんの旅『樹木希林の天国からコンニチワ』(2019年)という作品です。このとき、也哉子さんを長野県上田市の戦没画学生慰霊美術館『無言館』にお連れすることになりました」
感性で動いていた樹木希林と、思慮深さが窺える内田也哉子

――内田也哉子がシリーズの旅人を引き受けた理由の一つに、戦没者の学生たちが描いた絵を展示する無言館の共同館主になったのはいいが、自分には戦争に対する基礎的な知識が足りないと感じていることがあった。今回放送される戦争をテーマにした6作品の旅で、彼女の心境に変化はあったのだろうか?
阿武野:「也哉子さんはまず、『人は、なぜ戦争をしてしまうんだろう?』というところに立っていたと思います。そこから生まれる疑問や彼女の考え方が、作品のそこここに醸し出されていると思います。対話なので純然たる聞き手ではありません。自分の気持ちや感じたこと、思いのたけを語りかけています。予定調和だったり、知ったかぶりだったりとは真逆で、むしろ率直な質問を投げかけています。答えようとする対話相手も、決して饒舌ではなく、むしり行きつ戻りつ、その思考の逡巡と誠実な視線が感じられる『場』が展開しました。心境の変化は、まだ先のことのような気がします。旅を振り返る時には本人にしかわからない。ただ、辺野古、靖国神社などは、周りの人たちに行くことのリスクを指摘されて悩んでいましたが、旅のあと、『実際に足を運んでみないとわからなかった』とはっきり言っていましたね」
これからも民放ローカル局に眠っている、良質なドキュメンタリーを発掘したい

――放送される6作品は民放ローカル局が制作したドキュメンタリーの中で、名作に数えられるものばかり。ただ劇映画だとリバイバル上映されることもあるが、ドキュメンタリーは時の流れの中で埋もれていく作品も多い。それをこのような形で再発掘するシリーズは、非常に意義と意味のあることだと思うのだが?
阿武野:「ローカル局がきちんとしたものをコツコツ作っていれば、次の時代の人たちのお宝になると思うんです。たとえば、今回で言うと1986年制作の番組が甦っています。39年前の作品が今も力を持っている。それこそがドキュメンタリーの真骨頂です。視聴率が取れない、売れない、作るのに手間がかかる、リスクがある…。ドキュメンタリーがお荷物のように言われていた時代は終わりました。今回はすべて信越放送の作品で、一つの局の作品でシリーズにすることができました。それだけ質の高い作品が、信越放送には揃っていたんです。全国のテレビ局の中で、いくつかの局は、このようなシリーズを作れると思います。志のある局で声を掛けてくれれば、一緒に続けていきたいですね」
人間を非人間的なものに変える、戦争の恐ろしさを感じてほしい

――戦後80年にちなんで『戦争』をテーマに取り上げたが、阿武野勝彦自身はこのシリーズを観る人にどんな想いが伝わってほしいと感じているのだろうか?
阿武野:「戦争に賛成する人などいません。しかし、世界では戦争が終わらない。戦争を題材にした良質なドキュメンタリー作品には、人間を非人間的なものに変えるものが描かれています。そこに、人間の絶望と、人間の希望、そして戦争の恐ろしさを感じることが、大事だと思います。
でも今回のシリーズと、あわせて放送される希林さんが旅人になった戦後70年の時の2作品も含めて、反戦シリーズとレッテルを貼られるのはどうなんだろうと思いますね。例えば#1に登場する無言館の館主・窪島誠一郎さんは、『ここは戦没者を慰霊する美術館だと言われているけれど、実は青春美術館なんだ。戦地に行く前、若い画学生たちはその時どうしても描きたかった絵を無心に描いたはずで、反戦のために描いたわけではない。だからここに飾られているのは反戦の絵ではなく、彼らの青春の絵なんです』と言うんです。他の作品もそうで、描かれているのは戦争の時代を人々がどう生きたのか。それをご覧になった方たちが何を感じ、何が心の中に残ったかが一番大事で、反戦などという当たり前の言葉に回収されたくない。人も、また作品も、多面的ですと言いたいですね。観てくれた感想や意見を何らかの形で投げ返してくれると、私は嬉しいです」
――このシリーズは日本映画専門チャンネルでの放送の後、東京・ポレポレ東中野でも8月30日から6作品すべてが上映される。上映期間中には内田也哉子をはじめ、#3に対話人として出演したジャーナリストの青木理などゲストを呼んでのトークショーも開催。こちらも見逃せない上映イベントになっている。
取材・文=金澤誠 制作=キネマ旬報社
<阿武野勝彦 プロフィール>
1959年静岡県生まれ。81年東海テレビ入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作。『とうちゃんはエジソン』(03・ギャラクシー大賞)『裁判長のお弁当』(07・ギャラクシー大賞) 劇場公開作に「平成ジレンマ」(10)「死刑弁護人」(12)「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」(12)「神宮希林」(14)「ヤクザと憲法」(15)「人生フルーツ」(16)「さよならテレビ」(19)「チョコレートな人々」(22)など17作をプロデュース。個人賞に日本記者クラブ賞(09)、芸術選奨文部科学大臣賞(12)。24年より「オフィス むらびと」代表。著書に『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』(21・平凡社新書)。
●戦後80年 内田也哉子 ドキュメンタリーの旅 「戦争と対話」
【放送日時・作品】
<日本映画専門チャンネル>
8月11日(月・祝)~15日(金)よる7時から#1~5を放送
8月22日(金)よる7時から#6を放送
さらに、8月11日(月・祝)放送の「#1『無言館・レクイエムから明日へ』森山直太朗」はスカパー!【BS255】にて無料放送を実施。
<出演>
旅人:内田也哉子
対話人:森山直太朗、YOU、青木理、坂本美雨、岸本聡子、佐喜眞道夫
<スタッフ>
企画・プロデュース:阿武野勝彦
テーマ音楽:吉俣良
ディレクター:中村育子
プロデューサー:手塚孝典、三瓶祐毅
さらに関連作品として、戦後70年を迎えた2015年に東海テレビが制作した「戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅」2作品も8月11日(月・祝)午後3時から連続放送!
●戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅『村と戦争』吉岡忍(2015年)
ディレクター:土方宏史
出演:樹木希林
ゲスト:吉岡忍
●戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅『いくさのかけら』岡野弘彦(2015年)
ディレクター:土方宏史
出演:樹木希林
ゲスト:岡野弘彦
記事提供元:キネマ旬報WEB
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