トランプと電撃合意! ニッポン自動車「550万人産業」はどーなるの!?
7月23日、日米関税交渉の合意を受け、取材に応じる石破茂首相。ネット上では「この結果で勝利宣言?」と冷ややかな声も
トランプ米大統領が日本に対する自動車関税を25%から15%に引き下げると発表。日本は自動車関税の大幅減を勝ち取った形だ。
しかし、この"大成功"の裏では、国内の自動車産業が直面する「雇用喪失」という深刻な未来が待ち受ける。自動車評論家たちが警鐘を鳴らす、今回の合意の"代償"とは!?
■トランプ関税25%→15%で電撃合意!7月22日(日本時間23日朝)、トランプ米大統領は自身のSNSで、日本に対して課す予定だった「相互関税」を25%から15%に引き下げることで合意したと発表した。これは、米国訪問中の赤澤亮正経済再生担当大臣とのホワイトハウス会談後に突如として明かされたもので、まさにサプライズ展開となった。
トランプ大統領は投稿の中で、「われわれは日本との大規模な取引を完了させた。おそらく史上最大の取引だ」と高らかに宣言。また、日本が米国に5500億ドル(約80兆円)を投資することにも合意したとし、「その利益の9割は米国が享受する」と強調した。石破茂首相も、トランプ政権との相互関税に関する合意を正式に認めている。
米政府がXに日米関税交渉の合意の成果を投稿。ホワイトハウスで自撮りをXに投稿した赤澤亮正経済再生大臣(右)には冷笑の嵐
ある自動車メーカー関係者によれば、最大の焦点となっていた自動車関税は、現行の25%から12.5%へと半減。従来の基本関税2.5%と合わせて、日本車には合計15%の関税が課される見通しだという。
今回の合意に至るまで、日本と米国は水面下で激しい交渉を繰り広げていた。赤澤大臣は7月21日、トランプ政権が打ち出した25%関税の回避を唯一最大の目的としてワシントン入り。
実に8度目となる訪米交渉では、日本が米国への最大の投資国であり、米国内で多くの自動車関連雇用を創出しているという事実を盾に、ギリギリの攻防を続けた。
■朗報の裏に潜む雇用喪失の危機この発表を受けて、自動車業界からは「安堵の声」が広がっている。しかし、自動車評論家の国沢光宏氏は「単純な朗報とはみていない」と警鐘を鳴らす。
財務省が7月17日に発表した6月の統計によれば、日本から米国への自動車輸出は前年同月比で26.7%減という惨状を呈しており、すでに全国の自動車集積地からは「相当厳しい。先が見通せない」と、途方に暮れた声が飛ぶ。
今回の関税引き下げの見返りとして、国沢氏が最も危惧するのは、日本企業による米国工場での増産だ。実際、トヨタ、ホンダ、スバルといった主要メーカーは、早い段階で米国での工場拡大をトランプ政権に提案していたという。
「昨年の米国への自動車輸出は約140万台ですが、今後はその半分が米国産になるでしょう。つまり、70万台分の雇用が日本国内から失われることを意味します」
トランプ大統領は「日本企業が米国に投資するため数十万人の雇用を生む」と発言しているが、国沢氏はその裏側にある日本の雇用喪失を強調し、「逆に考えたら日本は数十万人の雇用を失う」と語る。
現在、日本で生産される自動車は年間約850万台規模だが、米国への生産移転は台数ベースで10%近くに及ぶ可能性が。国沢氏はこの数字が、日本国内の地域経済に甚大な打撃を与えることは確実だと指摘する。
加えて米国へ輸出されているのは高額車が多い。国沢氏はこう分析する。
「利益ベースなら40%以上を米国に持っていかれることになる。皆さんが考えているよりダメージは大きい。赤澤大臣が『任務完了』と自身のXに投稿していますが、どうして喜んでいられるのか首をかしげてしまう」
関税引き下げの〝代償〟が、今後の日本の自動車産業にどのような影響を及ぼすのか、予断を許さない状況だ。
■スバル、マツダには難題山積米国依存が強いスバルとマツダのお膝元である群馬県と広島県からは、雇用への不安の声が広がっているという。
自動車ジャーナリストの桃田健史氏は、両社が直面する今後の課題を指摘する。
「スバルは販売台数の約7割を米国市場が占めています。米インディアナ州の自社工場『SIA』の生産能力拡大が一定の受け皿になるものの、その場合、部品供給の現地化もさらに進む可能性があります」
一方のマツダはどうか。
「グローバル販売の約3割を叩き出しているのが米国市場。中大型SUVの『CX-70』『CX-90』を日本から米国へ輸出する体制を維持しており、当面は変更の予定はないようです。ただし、メキシコからの輸出分をどうコントロールするかなど、課題は山積しています」
気になるのは地域経済への影響についてだ。
「スバルは群馬、マツダは広島で長年付き合いのあるサプライヤーとの関係を重視する姿勢は変わらない。とはいえ、それらの多くはティア1(1次供給)企業であり、ティア2以下のレベルになると、どこまで対応できるかは不透明な情勢です」
国沢氏も、自動車産業全体の雇用が550万人といわれる中で、「下請け企業を含む生産関連で10%程度のリストラをしなければならないだろう」と指摘。特にスバルとマツダの影響力が強い北関東と中国地方ではリストラの嵐に見舞われると予想する。
■ホンダ×日産、禁断の同盟へ加速!そんな危機的状況の中、ホンダが日産から米国向け車両の供給を受ける方向で協議中との報道が浮上した。今年2月に経営統合協議が破談となった両社が、再び〝協業〟という形でタッグを組む。その背景にはもちろん、今回の関税ショックがある。
自動車誌の元幹部が言う。
「日産は新社長イバン・エスピノーサ体制の下、大規模なリストラを進めている。7月15日には、27年度末に神奈川県横須賀市の追浜(おっぱま)工場が、26年度末までに同県の平塚市の日産車体・湘南工場が、それぞれ生産終了すると発表。
それだけにホンダとの連携は、日産再建のカギを握る可能性がある。ドル箱の米国でのシェア維持のため、HV(ハイブリッド車)分野での相互補完を視野に入れているという話もあります」
大リストラが進む日産が、米国でかつての"破談相手"ホンダと協業へ。写真は神奈川県横須賀市にある、閉鎖が決定した追浜工場
桃田氏は、両社の思惑についてこう分析する。
「ホンダとしては、米国市場の7割強を占める収益性の高いライトトラック分野(SUVとピックアップトラックを含む)を強化したい狙いがある。今後、ホンダが手薄なピックアップトラックのラインナップをさらに拡充したい考えです。
一方の日産は、米国での生産台数を増やしたいという事情がある。つまり、両社の利害が一致したことで、協業の可能性が現実味を帯びてきました」
トランプ関税という共通の危機が、かつて経営統合協議が破談となった両社を再び結びつける契機となっている。
■日本の未来は? 歴史的ターニングポイントトランプ政権による関税政策の影響で、日本の自動車メーカーは〝米国シフト〟を加速させている。繰り返しになるが、その裏で深刻な問題となっているのが国内の自動車産業に従事する人々の雇用だ。
国沢光宏氏はこう指摘する。
「職を失った人が再就職を目指しても、裾野産業の現場はすでに外国人ワーカーが多く、賃金水準も低い。雇用環境は厳しさを増している。今後リストラが進めば、自動車産業の〝元従業員〟も、同様の困難に直面する可能性が高い」
桃田氏は、関税問題が地域経済に与える影響と、国や行政の支援のあり方についてこう語る。
「日本の自動車産業には約550万人が従事しており、関税の影響は雇用や地域経済に直結する。だからこそ、国や地方自治体は〝目先の対応〟に終始するのではなく、中長期的な視野で地域企業を支援することが不可欠。
ただし、企業によって資金力・技術力・人材力に大きな差があるため、実質的なメリットを企業側に届けるには、相応の労力が必要になります。まずは、企業自身が市場の動向を正しく理解し、自ら未来を描けるような仕組み―例えば情報共有や人材育成の支援体制などを早期に構築すべきでしょう」
最後に国沢氏はこう締めくくった。
「今回の関税合意は、自動車メーカーにとっては朗報かもしれない。しかし、その裏で国内の雇用や地域経済に及ぼす影響は計り知れない。
『交渉は大成功』とする声もあるが、もっと広い視野で現実を見つめるべきです。これは、日本の自動車産業にとって、歴史的なターニングポイントとなる可能性があります」
今回のトランプ関税合意は、石破政権の〝成功〟か、それとも〝犠牲の上の妥協〟か。日本の自動車産業は今、歴史的な岐路に立っている。
取材・文/週プレ自動車班 撮影/山本佳吾 写真/時事通信社
記事提供元:週プレNEWS
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