石破首相が「面白い日本」を実現? 坂口孝則が歓迎する「政治の安定性」の崩壊
参院選では「外国人」というテーマが世論を席巻。ただ、その労働力はもはや日本経済にとって不可欠な存在になっている
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「参議院選挙」について。
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「美しい国」というフレーズがあった。海外から見ると、日本の美しさのひとつは「政治の安定性」「政策の予測可能性」にあったのだが、それが失われるようだ。
参院選で与党が大敗した。与党は改選前の141議席から122、野党は99から126とした。おそらく数十年後に振り返ったとき、「令和の米騒動が政権を壊した」とか「コメ高く、政権軽く」といった紹介がなされるだろう。
TikTokなどSNSでの空中戦が目立ち、「15秒民主主義」とでもいうべき動きが本格化したことも記憶されるはずだ。
ただ私が思うに、日本で進行しているのは「社会2.0」ともいうべき事態だ(これは私の造語)。近現代史において初めて、子供の世代が親の世代を超えられない、少なくとも「超えられないと子供らが考える」社会を指す。
経済は成長しているのに、格差は広がる。働いてもディープ・ステートから搾取され続けると感じる。世の中の"真実"を暴いてくれる政治家を求め、みなが政治参加による逆転を目指す。
米国の現政権は「トランプ2.0」といわれるが、あれも社会2.0の派生形だろう。世界各地で旧政治勢力が力を落としている。
とくに日本は「時間的植民地化」と呼べるような状況にある。かつて経済成長期を牽引(けんいん)した世代が、社会保険・年金ともに多額を費やしており、のちの世代を植民地のように支配する状態だ。
現在も未来も過去の世代に束縛されている。世代間の対立を煽(あお)る政治家は批判される。ただ、そのいっぽうで一部から熱狂的な支持を受ける。そして分断は拡大していく。さらに矛先は外国人へも向かい、排斥の形にいたる。
『ものづくり白書』(経済産業省)の最新版が5月に発表された。日本はほぼ完全雇用状態で、働けるひとはほぼ働いている。就業者数は限界だ。さらに今回の同白書では「製造業の外国人労働者数の推移」が示された。その比率はもう全体の6%に達する。
これは参院選を前にして、官僚らが意図的にぶっこんだなと私は思った。外国人排斥の風潮を先回りして牽制(けんせい)したのか、と。
この数字は私の感覚とも合う。製造現場は外国人の存在なしには成り立たない。建設現場でも、東京・中野サンプラザの例を見ればいい。もともと約1810億円だった再開発の総事業費は、人件費の高騰を受け約3540億円になった。
空前の人手不足であらゆる工事や生産が滞っている。チンピラと犯罪者は防ぐ必要があるが、外国人が働けない国になったら日本は成り立たない。
排斥論者は、まず勤務企業と取引先から外国人労働者を率先してゼロにしたあとに、それでも事業が成立するノウハウを広めたらどうだろう。
もちろん選挙の結果は現実だ。補正予算の成立は難しく、消費税減税が政治的取引の材料となる。解雇規制緩和の議論はなくなる。脆弱(ぜいじゃく)な政府は米国との貿易交渉できわめて不利になる。社会は混乱するだろう。
ただ私は、冒頭で書いた「政治の安定性」の崩壊をむしろ歓迎する。民主主義成熟の過程。このカオスのなか、与党も多くの野党も舞台に上がる。スキャンダルが続出し、また政策のメッキも剥がれていく。美しいかどうかは別にして、石破茂首相は「面白い日本」を実現させたのだ。
写真/時事通信社
記事提供元:週プレNEWS
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