アジアン・ヤング・ジェネレーション2~ボルネオ島(6)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
あるジャングルの朝。空気はひんやりとはしていないが、熱帯雨林の朝の空気はみずみずしい。
「罰ゲーム」とも思えるようなジャングルのど真ん中「フィールドセンター」での生活。しかし、置かれた環境に馴染んでいくにつれ、よかったこと、テンションが上がったことがいくつかあった。
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■フィールドセンターでの生活今回、ボルネオ島のジャングルのど真ん中にあるフィールドセンターを訪れた目的はふたつあった。ひとつ目は、124話で紹介した、「human-animal interface(ヒトと動物の接点)」となりうる「現場」を、自分の目で確かめること。
そしてふたつ目は、コタキナバル(122話)やサンダカン(123話)の施設で確認したのと同じように、将来の研究に備えて、「このフィールドセンターにはいったいどのような研究機材が揃っているのか、そしてそれらを駆使することで、何ができて何ができないのか」ということを確認することにあった。
「罰ゲーム」とも思えるような絶望感とともに幕を開けたフィールドセンターでのジャングル生活であるが、2日目も半ばを過ぎ、生活のリズムがわかってくると、だんだん心とからだがそれに馴染んでいくのが不思議なものである。
フィールドセンターでの生活はユニークで、活動開始の時間がみなおしなべて早い。7時に朝食をとり、それぞれの活動を始める。きちんとしたアウトドアな衣服に着替え、8時にはそれぞれの目的のために出発する。
気温が上がる日中には活動しない人が多く、夜になるとナイトワークに勤(いそ)しんだりする。あるいは、たまたま用務がない日だったのかもしれないが、共同施設の中で、1日中ゴロゴロして過ごしているような人もいた。
ジャングルの中によく転がっている、マレーゾウの糞。
私と大学院生のFは、トミーたちの香港大学の研究グループの活動に参加し、午前中にジャングルウォークをしたり、夜にパームオイルのプランテーションを散策したりした。滞在中のある日には、1日に10キロ以上も歩いていた。
ジャングルウォーク。(左)日中のジャングルウォーク。奥がトミー、手前が大学院生のF。熱帯の樹木が生い茂っているので、昼間でも日陰が多く、高い湿度が保たれている。(右)夜のジャングルウォーク。ジャングルウォークのプロフェッショナルであるカーホンは、Tシャツ姿の軽装でも大丈夫。
蚊と怪我の対策のために、散策のときには長袖長ズボンが基本。それに軍手と長靴を身につけて、首にはタオルを巻き、肌を露出させないように努める。
日除けのために、頭にはサンハットを被る。背負うナップザックには、水を入れた水筒や虫除けなどを入れておく。それで熱帯雨林を数時間散策するわけなので、散策を終えてフィールドセンターに戻る頃には、服の上から水浴びしたように全身がずぶ濡れになっている。
ある夕方には、スコールが降る中、トミーたちの香港大学のチームも含めた全員でミーティングルームに集まり、共同研究のプロジェクトの方向性についての議論を進めた。
議題の中には、電力の確保や、保冷した状態での検体の輸送方法など、日本ではおよそ想定されることがないような案件も多々含まれていた。あるいはむしろ、それこそがこのときの議論の中心であったといっても過言ではない。
「共同施設」の食堂は全員共用で、食事は決められた時間にサーブされる。見栄えこそいいものではなかったが、食事がどれもおいしかったことは福音だった。
サーブされた食事。主にマレー料理。どれもおいしく、食事ごとに味つけも違ったので、飽きることもなかった。
滞在中、ジャングルでのいくつかの野外活動に参加したのだが、思ったより楽しかったことと、そうでもなかったことが、私の中できれいに二分された。
思っていたより興奮しなかったのは、124話でも述べた通り、「動物観察」である。自分の研究の延長線にある動物、つまり、「目的的である動物観察」であれば、あるいは印象は違っていたのかもしれない。しかし、ワニやテングザルなどの、ボルネオ島のジャングルに生息する珍しい野生動物を「ただ観察する」という行動には、私の心を焚きつける要素はほとんどないようだった。
それに対し、熱帯雨林のジャングルやパームオイルのプランテーションの中を「散策」すること自体は楽しかった。海外出張の際には、ホテルの周辺を目的もなく散策するのを常とする私であるし、夏の暑い気候や炎天の屋外は、私の好むところでもある。「ジャングル」という非日常感もまた良い。
やはり、熱帯雨林のジャングルが秘めた生命力には圧倒されるものがあった。その生命力の中を散策すると、それが終わるたびに汗だくになり、シャワーを浴びて着替えることになるわけだが、そうやって着替えた後、スコールの前後に吹くひんやりとした風を浴びるのも、とても心地の良いものだった。
ジャングルウォークの後に飲む、氷を浮かべてキンキンに冷えた「100PLUS」。マレーシアのポカリのようなもの。微炭酸。めっちゃうまい。
そして言葉を失ったのは、ジャングルの夜に浮かぶ星空である。漆黒のジャングルを覆う夜空には無数の星がまたたいていて、星座に疎い私でも、大きな北斗七星や南十字星を簡単に見つけ出すことができた。
このような経験はやはり、ジャングルのど真ん中に身を投じなければ得ることができなかったものだ。
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文・写真/佐藤 佳
記事提供元:週プレNEWS
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