ひろゆきが睡眠学者・柳沢正史に聞く、眠りについての本当の話⑮「睡眠のとりすぎは体に悪いのか? 寝だめはできるのか?」【この件について】
「睡眠時間と1人当たりのGDP(国内総生産)は正の相関がはっきり出ています」そう語る柳沢正史教授
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。睡眠学者の柳沢正史先生を迎えての15回目は、「睡眠負債(寝不足)がたまるとどうなるの?」「睡眠のとりすぎは体に悪いの?」「寝だめはできるの?」など、睡眠に関するシンプルな質問を聞いてみました。
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ひろゆき(以下、ひろ) 「睡眠のとりすぎが体に悪い」という話がありますけど、本当なんですか?
柳沢正史(以下、柳沢) 睡眠時間と健康リスクの関係を示した「Jカーブ」という非常に有名なグラフがあります。それによれば、大人の場合1日7時間前後眠っている人が、最も死亡率や病気になるリスクが低いとされています。それより短くても長くても健康のリスクが高まります。これが「寝すぎは体に悪い」と言われる根拠になっています。
ひろ でも「寝すぎたから病気になる」というより、「すでに病気を抱えている人だから長く寝てしまう」という可能性もありませんか?
柳沢 そのとおりです。このグラフを解釈する際には注意が必要で、短い側と長い側では、おそらく「原因と結果」の関係が逆だと考えられます。つまり、睡眠時間が短い方は「寝不足が体に悪い影響を与えている」。一方で9〜10時間も寝ている人は、本人が気づいていないだけで「体のどこかに不調を抱えている」可能性が高いんです。
ひろ 確かに健康で毎日忙しく働いていたら、そんなに長い時間寝てられないっすからね。ところで寝だめって、できるんですか?
柳沢 睡眠が十分に足りている人に「もっと寝てください」とお願いしても、眠れずに起きてしまいます。これは実験でも証明されていて、例えば健康な20代の若者を集めても、1日の睡眠時間は平均で8時間20分〜30分が限界で、それ以上は眠れないという結果が出ています。
ひろ じゃあ、寝だめはできないのか......。
柳沢 ええ。それに関して有名な実験結果があります。まず「普段から十分に眠れている」と自覚している健康な20代の若者を約30名集めました。彼らの普段の平均睡眠時間は約7時間25分です。実験の初日は、いつもどおりに寝てもらいました。そして次の日から9日間にわたって「好きなだけ、眠れるだけ寝てください」と指示し、一切起こさないという状況をつくったんです。すると、1日目はどうなったと思いますか?
ひろ やはり、長く寝るんでしょうか。
柳沢 そのとおりです。平均で10時間半も眠りました。これは、本人たちは「足りている」と思っていても、気づかないうちに「隠れた睡眠負債」がたまっていたことを示しています。初日は、まずその借金を返済するのに費やされたわけです。ところが2、3日たつにつれて睡眠時間は徐々に短くなり、4日目あたりで安定してきます。そして、その落ち着いた先の睡眠時間が、平均で約8時間20数分です。つまり、彼らが普段寝ている時間より1時間ほど長かったのです。
ひろ ほう。
柳沢 この実験からわかる結論はふたつあります。ひとつは自覚的には十分に眠れていると感じている若者でさえ、実は1日当たり約1時間の隠れ睡眠負債を抱えているということ。そして、その負債を完全に返済するには、1日や2日では足りず、3、4日かかるということです。そしてもうひとつの結論が寝だめはできないということ。4日目以降、睡眠負債を完済した彼らは「いくらでも寝ていいよ」と言われても平均8時間半以上は眠れない。つまり、睡眠は借金の返済はできても、貯金はできないという証明になります。
ひろ じゃあ、毎日1時間の不足を何年も続けている人はどうなるんですか? 4日間で睡眠負債がチャラになるとは思えません。
柳沢 そのとおりです。そこが睡眠負債の恐ろしいところで、慢性的に積み重なった負債を完全に返済することは不可能だと考えられています。
ひろ だとすると、過去の負債はなんらかの形で支払うわけですか?
柳沢 はい。生活習慣病のリスクや認知機能の低下といった形で、どこかに傷を負い続けていると思います。
ひろ その「傷」にならない限界は、何日くらいなんですか?
柳沢 それは睡眠不足の程度、つまり毎日何時間足りないかにもよるので一概には言えません。しかし、中高生から働き世代まで、日本人の睡眠不足が極めて深刻なレベルにあることは間違いありません。「世界経済フォーラム」が、活動量計で各国の平均睡眠時間を測定したデータがあります。これによると睡眠時間と1人当たりのGDP(国内総生産)とは正の相関がはっきり出ているんです。
ひろ それは、経済が豊かな国ほどよく眠ってる、と。
柳沢 はい。ヨーロッパは睡眠時間が長い傾向にあって、アジア諸国は短めです。日本の平均睡眠時間は6時間20分と断トツに短く、しかも1人当たりのGDPも特別高いわけじゃない(2024年で38位)。このデータの相関関係を信じるのであれば、日本人がヨーロッパ並みにあと1時間長く眠るようになれば、どうなると思いますか?
ひろ 1人当たりのGDPが、ヨーロッパと同じような水準に上がるということですか?
柳沢 そうです。もしかしたら、1人当たりのGDPが倍になるかもしれない。だから日本人は、きちんと眠るだけでもっと豊かになれるポテンシャルを秘めていると私は思っているんですよ。
ひろ 失われた30年とか言われてますが、日本人の寝てない問題が影響しているかもですね。
柳沢 それだけではありません。OECD(経済協力開発機構)諸国の睡眠データを男女別に分けると、日本は睡眠時間の男女差が極めて大きいんです。
ひろ 女性のほうが短いんですか。
柳沢 はい。これは女性が育児や介護をワンオペで担い、自分の睡眠時間を削らざるをえない状況を、残酷なまでに映し出しているのだと思います。
ひろ だとすると、例えば昭和の大家族がまだ残っていて、家事や育児を分担できていた時代は、女性ももっと長く眠れていたかもしれませんね。
柳沢 鋭いですね。まさにそのようなデータがあります。NHKが行なった国民生活時間調査では、1960年代の日本人は、今よりも1時間長く寝ていました。
ひろ なるほど。先ほどおっしゃった「あと1時間長く寝たら、日本のGDPが増える」という時代が、かつてはあったんですね。しかも、ちょうど高度経済成長期と重なります。
柳沢 そうなんです。日本は経済成長の過程で眠らない社会を選択し、自分の首を絞めてしまったのかもしれません。60年には、夜10時までに寝る人の割合が67%いましたが、この50年間で急激に睡眠時間が減少しました。
ひろ バブル後の「失われた30年」は、「寝てなかった30年」でもあるのか......。
柳沢 そして、2010年頃からは、これ以上は削れないというレベルで底を打っている状態です。
ひろ 日本人は睡眠において生物学的な限界に挑んだ民族と考えるとなんだか笑えますね。いや、本当は笑っていられないんですけど。
柳沢 だから私は「とにかく寝てください!」と、大きな声で皆さんに言いたいんです。
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■柳沢正史(Masashi YANAGISAWA)
1960年生まれ、東京都出身。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授。1998年に睡眠・覚醒を制御する物質「オレキシン」を発見。監修した本に『今さら聞けない 睡眠の超基本』(朝日新聞出版)などがある
構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上庄吾
記事提供元:週プレNEWS
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