ロス暴動を国軍で鎮圧!! 民が「NO KINGS!」と叫ぶも、大規模な軍事パレードで"トランプ王"はご満悦! この先に待つのは「アメリカ版天安門事件」か!?
湾岸戦争終結後の1991年以来、初となる平時の軍事パレード。大統領の誕生日に行なうというのは、極めて異例なこと
「アメリカ最大の脅威は、国内に潜む"内なる敵"だ」と語ってきたトランプが、不法移民を標的に唐突な摘発を展開。さらに、自身の誕生日には時代錯誤の軍事パレード。それに対するデモは当然弾圧。これは"王政"の始まりか?
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■不法移民のほうが犯罪率が低い米カリフォルニア州ロサンゼルスで起きた「ロス暴動」。「1日当たり3000人の不法移民逮捕」を目標に掲げるトランプ政権の下、アメリカ移民税関捜査局(ICE)がロサンゼルスなどを中心に大規模な〝不法移民狩り〟を展開。
その過激な取り締まりに抗議する運動が起こり、一部が暴徒化。ロサンゼルス市内には夜間外出禁止令が敷かれ、トランプ大統領は計4000人のカリフォルニア州兵と海兵隊700人の派遣を命じた。政権の強硬政策に反発する市民運動に対し、軍隊が鎮圧に乗り出すという異例の事態となったのだ。
現地時間6月14日、トランプが79歳を迎えた誕生日にワシントンで行なわれた軍事パレード
パレードに対し、全米で大規模デモ「ノー・キングス」が開催された(写真はロサンゼルス)
「不法移民はどんどん捕まえて送り返せ――というのは、第1次トランプ政権から続く主要な政策のひとつ。そして、その主な実行役となっているのがICEです」と語るのは、アメリカ在住の作家でジャーナリストの冷泉彰彦氏だ。
「ただし、〝不法〟といっても滞在許可証を持っていないというだけで、現実には米国社会を支える貴重な労働力となっており、全米で約1300万人の不法移民がいると推計されています。
そのため、今回のカリフォルニア州も含め、多くの州が不法移民の存在を黙認してきましたし、アメリカで生まれた彼らの子供たちが自動的に米国籍を得ることも当然視されていました。そもそもアメリカの歴史は、そうした移民たちによって支えられてきましたから」
ところが、6月に入るとICEがカリフォルニア州で集中的な摘発に乗り出す。
「メキシコ系の移民が多く働く農場や、ロサンゼルス近郊のホームセンターなどに捜査官が踏み込み、さらに移民の子供たちが通う学校や病院にまで立ち入って一斉に摘発を始めたため、あまりに苛烈なその手法に市民の怒りが噴出したのです」
ちなみに今回、ロサンゼルスでの抗議運動の参加者の大半は、不法移民ではなく、メキシコ系を中心とした合法移民や、トランプ政権の移民政策に反対する一般市民たちだった。
「不法移民を『外国から来た犯罪者』呼ばわりするトランプですが、実は不法移民の犯罪率はアメリカ人の犯罪率と比べてかなり低い。
その理由は簡単で、不法移民は仮に微罪でも捕まれば本国に送還されかねないので、できるだけトラブルを起こさないよう真面目に暮らしている人が圧倒的に多いから。
また、今回ロサンゼルスなどで起きたデモも、一部で警官隊との衝突や車への放火、略奪行為が起きたとはいえ、基本的には平和的な抗議活動が中心で、『暴動』と呼ぶには程遠く、地元のロス市警だけで十分に対応可能な状況だったといわれています。
それにもかかわらず、トランプ大統領はカリフォルニア州のニューサム知事からの要請もないのに州兵と海兵隊を投入しました。幸い大規模な衝突には至りませんでしたが、政府による一方的な軍の動員に対しては、アメリカ中で強い反発が起きました」
ICEの強制捜査に抗議するデモが警官隊との衝突に発展。ロサンゼルス中心部では車の炎上などもあったが、全体の規模はトランプ政権の想定を下回った
本来、「州兵」は州知事の指揮下にあり、それを大統領が独断で動員するのは前例がない異常事態。また、国内の治安維持に連邦軍を投入することは基本的には禁じられており、唯一の例外が、1807年に制定された「反乱法」の適用時とされてきた。
そのためカリフォルニア州のニューサム知事は、州兵と海兵隊の動員は憲法違反だと提訴。いったんは連邦地裁が違法性を認め、州兵の指揮権を知事に返還せよという判決を下したが、その後、巡回裁判所が判断を覆し、派遣は継続された。
州兵派遣を「違憲」と訴えたカリフォルニア州のニューサム知事。民主党の次期大統領候補として名高い彼はトランプにとって潰すべき敵だ
国際問題・軍事問題に詳しいジャーナリストの黒井文太郎氏は、今回のトランプ大統領による軍動員をこう分析する。
「トランプは昨年の大統領選挙期間中から、『アメリカにとって最大の脅威は中国でもロシアでもなく、国内に潜む〝内なる敵〟だ。われわれは軍を含むあらゆる権限を使って彼らを根絶する』と繰り返し発言してきました。つまり、自分たちに敵対する勢力に対し、軍の動員すら辞さないという強い姿勢を明確にしていたわけです。
こうした姿勢は、今に始まった話ではありません。第1次トランプ政権時代にも、警察官による黒人男性の殺害をきっかけに広がった抗議運動『ブラック・ライブズ・マター』に対し、トランプは軍の投入を主張しました。
当時はエスパー国防長官が反対し、なんとか回避されましたが、すでにこの頃から軍の投入を視野に入れていたのです。
今回は反乱法を正式に発動することなく、海兵隊をロサンゼルスに派遣しました。もっとも、その数は少なく、トランプのパフォーマンスだったと考えられます。
さらに、トランプ自身は今なお反乱法の発動に強い意欲を見せており、仮にこれが適用されれば、より踏み込んだ実力行使が可能になります。すでに、トランプ陣営の一部からは『ニューサム知事を逮捕せよ』などという声も出ていましたが、理論上はそんなこともありえなくはないのです。
そもそも今回、カリフォルニアでのICEによる唐突な不法移民摘発から軍の派遣に至る一連の流れは、単なる治安対策ではなく、民主党最大の地盤であるカリフォルニア州と、そのトップであるニューサム知事をトランプ政権が狙い撃ちにした政治的パフォーマンスという側面も大きいとみています。
トランプはとにかく民主党のリベラル路線に反発しており、米国社会の問題の原因をすべてそのせいにしたい。それに立ち向かう自分をヒーローだとアピールし、軍の投入などの実力行使をためらわない強いリーダーだと示したいのです」
しかし、黒井氏によると、実際に起きた抗議運動は、トランプ大統領が軍の投入の口実にするには、かなり小さな規模だったという。
黒人男性を暴行した白人警官が無罪となり勃発した1992年のロス暴動では52人以上が死亡する凄惨な事態に。その際は州兵も現場に派遣された
「一部では略奪や放火といった騒ぎも見られましたが、『1992年のロス暴動』と比べれば、今回は圧倒的に小規模で、本来であれば軍の投入など必要ない程度のものでした。
ちなみに、60年代の黒人差別反対運動や、キング牧師暗殺後に起きた各地の暴動では、治安維持のために州兵など1万人超を動員した例もあります。
そうした歴史的前例と比較すると、今回の州兵4000人と海兵隊700人という数字は、仮に本気で暴動の鎮圧を意図していたとすれば、あまりにも中途半端な規模ですし、実際に暴動鎮圧の前面には出ていません。ICEや市警察で十分だったからです。
要するに、トランプにとって本当に重要だったのは、『ニューサム知事が無能で混乱した事態を収拾できないので、大統領の自分が軍を動員して暴動を鎮圧してやった』というストーリーを作ることだったのでしょう。
さらに言えば、これら一連の出来事が、トランプの誕生日に当たる6月14日、首都ワシントンで予定されていたアメリカ陸軍創設250周年の軍事パレードの直前に起きたという点も、決して偶然とは思えません。
この軍事パレードに合わせて『ノー・キングス(王様はいらない)』というスローガンの下、全米各地で反トランプ勢力による抗議デモが予定されていました。
カリフォルニア州への軍の派遣も、首都ワシントンでの壮大な軍事パレードも、そのすべてが〝強い大統領〟としての自分を演出したいという虚栄心だったのではないでしょうか」
■トランプの思想は「大統領が最も偉い」6月14日に行なわれた軍事パレードの総費用は、最大で約4500万ドル(約65億円)に上るとされている。そんな〝王様気取り〟の高額パレードに呼応するかのように、全米約2100ヵ所で、トランプ政権に抗議する大規模デモ「ノー・キングス」が開催された。
ロサンゼルスでは約20万人が集結し、フィラデルフィア、シカゴ、ニューヨークなどでも大規模なデモが行なわれ、全米の参加者は推計で400万~600万人に上った。
ソルトレークシティでのデモでは発砲事件があり参加者1人が死亡したほか、一部で小規模な警察との衝突や、逮捕者、ケガ人などが出たものの、当初懸念されたほどの大きな混乱は起きなかった。
軍事パレードと同日の抗議デモは全米約2100ヵ所で展開された。「アメリカは1776年の独立以来、王を持たない」と書かれている
だが、国際政治学者で現代アメリカ政治が専門の上智大学教授・前嶋和弘氏は、「第2次トランプ政権発足からわずか半年足らずの間にいっそう深まったアメリカ社会の分断、そして止まらない政権の暴走によって、アメリカの民主主義はかつてない自壊の危機に瀕している」と警鐘を鳴らす。
「発足からの半年間で、トランプ政権が打ち出した外交・内政・通商・経済政策は軒並み行き詰まり、ウクライナとロシアの停戦交渉や、イスラエルとガザの戦争においても目に見える成果は何ひとつ上げられていません。
そうした中で、トランプが唯一支持層にアピールできるのが、〝敵〟の存在をアピールし、わかりやすい形で叩くことです。
アメリカ社会全体が真っぷたつに分断され、議会の共和党も今やほぼ全面的にトランプを支持する『MAGA政党』へと変質してしまいました。ホワイトハウス内部にも、彼の暴走を止められる人物は見当たりません。
第1次政権期から側近を務め、現在も政権中枢に位置するミラー次席補佐官は、憲法の異端的解釈を支持する法学者らをホワイトハウスに集め、『単一行政理論』を政権の基盤としています。
これは『大統領は行政権の唯一の担い手であり、三権分立を超える強大な権限を持つ』という考え方で、要するに大統領は議会や裁判所に従う必要がない、という理屈です。
トランプがしばしば議会や司法を軽視するのも、この思想に基づいています。つまり彼は、自らを〝アメリカの王〟だと本気で考えている可能性があるのです。
仮に2026年の中間選挙で共和党が敗北しても、トランプ政権は議会を通す必要のない大統領令を連発し、自らに都合の悪い司法判断は無視するという構えを崩さないでしょう。彼らにとっては、社会の分断をさらにあおり、〝内なる敵〟の存在を支持層に訴え続けることこそが最優先なのです。
今後も、民主党の支持が厚い州や、不法移民に寛容な政策を取る大都市では、ICEによる強引な取り締まりが繰り返される可能性が高い。そして、もしそれに対して反発や抗議運動が起これば、再び軍を動員して叩く。そんな光景が常態化しかねません。
このままトランプ政権が社会の分断や対立、憎悪をあおり続ければ、差別や偏見に基づく暴力事件が起きる恐れもありますし、それが制御不能な形で国中に広がれば、今回起きた騒動など序章に過ぎなかった、と振り返る日が来るかもしれません。
長年、アメリカの民主主義を支えてきた合衆国憲法の理念、行政・立法・司法の三権分立が失われ、絶対的な王と化したトランプ大統領の下で、米軍と市民が真正面から対峙する。そんな『アメリカ版天安門事件』が現実となっても、もはや不思議ではない時代に私たちは生きているのです」
取材・文/川喜田 研 写真/時事通信社
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