DeepSeekの登場で超加速! 中国の「AI失業」最前線
中国のAI「DeepSeek」に、AI失業について聞くと、「監視社会・中国の先進的な顔認識やビッグデータ管理で、単純な監視、記録業務は消える」との回答が!?
DeepSeekをはじめとする生成AIの社会実装が進行する中国。これにより多くの職種でAIに仕事が取って代わられているという。その実態を中国IT事情に精通するジャーナリストの高口康太さんに解説してもらいます!
■世界最速でAI失業。中国流はどこまでAI(人工知能)の進化がすさまじい。日々の仕事が便利になるのはありがたいが、その一方で〝AI失業〟がひたひたと近づいてきているとの恐れも感じる。
マイクロソフトでは、すでにソースコード(コンピュータープログラム)の約30%はAIが書いているとのことで、エンジニアのクビ切りラッシュが続いている。
また、世界一のビジネススクールの米ハーバード・ビジネス・スクールでは、昨年の卒業生の約4分の1が卒業3ヵ月後も無職だった。経営管理の仕事もAI失業とは無縁ではない。
人事や経理、総務などのバックオフィスも省人化が進む。カナダのEC構築サービス大手・Shopify(ショッピファイ)では、CEOが「AIができないタスクに必要だと証明しない限り、新たな人材は雇わない」と社内に通達して話題を呼んだ。
不景気が続く中国では雇用が安定した公務員が大人気。国家公務員採用試験には300万人超が殺到した。だが、そこにAI公務員が登場、貴重な採用枠が奪われると大騒ぎに
海外では、これまで憧れだったはずのホワイトカラーに対してAI失業の波がより早く押し寄せているようだ。
となると、気になるのは米国と並ぶAI大国の中国だ。まず、AIの性能は一級品。倫理などは後回し、新たなテクノロジーを使っていくのが中国流。AI失業もえぐそうではないか。
「中国、AIの影響でゲームのイラストレーターが失業」
今ならばありそうなニュースだが、これは2023年の話だ。今はどこまでAI失業が進んでいるのだろうか。
■海賊版グッズ屋が失業。意外すぎる波紋「イラストレーターが不要になったわけではありません」
そう話すのは、アニメを中心にオタク、エンタメ業界に精通する、上海市在住の賈霄鵬(ジャーシャオポン)さんだ。
「有名イラストレーターにはファンがついていますし、大事にされています。仕事がなくなったのはその下の無名の人々です」
アニメ以上に大量のイラストが必要となるのがゲームだ。モブキャラ、アイテム、背景、メインキャラにもさまざまなバージョンが制作される。そうした修正や加工を手がける仕事はAIが代替することが増えているという。
「広告デザイナーも似た境遇です。こうした仕事はAIに下書きをさせ、修正することで省人化が進んでいる。下請け会社は受注が減って厳しいのだとか」
デザイナーといってもピンキリ。ネットで使えそうな素材を拾って、それをアプリのAdobe Illustrator(海賊版)で組み合わせ、デザイン一丁上がりとするB級広告デザイナーも多いが、彼らに発注するぐらいなら、AIに画像を作ってもらったほうが手っ取り早い。
「あと、確実に減ったのは、アニメの海賊版グッズ販売ですね。彼らは日本のpixivから拾った画像イラストでTシャツや抱き枕などを作り、露店などで販売していました。こうした海賊版グッズ売りが減っています。
こんなのを買うぐらいだったら、AIにイラストを作らせ、それをプリントしてくれる業者に頼んだほうがいいと考える消費者が増えているようです」
■アニメ化AIでイケメン、美女が不要に中国のAIは動画生成に定評がある。Kling(クリング) AIなど外国人のユーザーが多いサービスも生まれている。そうしたAIにはアニメ風画像・動画の出力を売りにするものも多い。
「現在、中国でも大手制作会社のちゃんとしたアニメでは、少なくとも表に見える部分では、ほとんどAIは使われていません。これはクリエーターに敬意がないと、アニメファンがキレることを恐れているためです」と賈さんは言う。
オタクを怒らせると厄介なのは日本も中国も変わらないようだ。オタクが見ないようなアニメにAIが使われるケースもあるが、アニメーターのAI失業は話題になっていない。
「むしろ脅威なのはショートドラマのAI活用でしょう」
今、中国発のショートドラマが世界を席巻している。スマホで見ることを想定して作られた縦型動画で、1話数十秒から20分程度と、テレビドラマより短時間で視聴ができる。
シーズン冒頭は無料、後半は有料課金というパターンが一般的だ。その市場規模は中国では24年に年間500億元(約1兆円)に発展し、なんと映画市場を超えたという。
市場は大きいが、それ以上に競争も激しい。24年には大手プラットフォームで公開された作品だけで1424作。多額の制作費を投じた大作で勝負するよりも、ともかく大量に新作をばらまいて、どれかがヒットすることを期待するビジネスモデルだ。制作費を安くあげられれば、それだけ手数を増やせる。そのため、AI活用には積極的だ。
ラブコメなどは似たようなストーリーが多いので、AIに台本を書かせることが始まっているほか、動画生成AIに作らせたエフェクトを組み合わせることも。
ショートドラマの人気作品。どれも似たようなストーリーなので脚本もAIにお任せできるのがメリット
「今、盛り上がっているのは俳優が演じたドラマをAIでアニメ風に加工する方式です」
アニメ化ツールを提供している霊境AIを利用すると、既存のショートドラマと比べて70~90%も安い制作費でドラマが制作できるという。また、制作費が少ないショートドラマだと、無名の俳優、安っぽい衣装、イマイチなエフェクト、平凡な背景とチープさが画面ににじみ出てしまうが、アニメ化すれば気にならない。
ショートドラマの主な視聴者は25~45歳で、より若い世代はチープさを敬遠して、あまり見ていない。だが、アニメ化によって2次元に慣れ親しんだ若い世代を取り込むことが期待できる。実際、ドラマ『オフィス生存指南』はリアル版では18~25歳の視聴者は12%だったが、アニメ化すると58%にまで増加した。
「もしショートドラマのアニメ化が定着すれば、弱小制作会社が作る無名アニメと競合する可能性があります。どちらも、なんの気なしに見る時間潰しのカテゴリーだからです。アニメ業界にAI失業があるとするならば、アニメ化ショートドラマに弱小制作会社が潰されるパターンが一番ありえそうな話です」と賈さんは予測する。
既存の実写版ショートドラマをAIがアニメ化。アニメ化するとあらが目立たず、さらにZ世代にも大ヒット
ショートドラマと似た構図を見せているのが、動画アプリ内の広告動画だ。中国版TikTok「抖音(ドウイン)」などでは商品を手にイケメンや美女がにっこりといった内容の広告動画であふれ返っているが、これも今ではAIで簡単に作れてしまう。
シンガポールに拠点を置くTopviewのAIは商品画像と宣伝文句だけアップロードすると、後はテンプレートを選ぶだけで簡単にアバターによる宣伝動画を作れてしまう。しかも、世界各地の19言語に翻訳するのもワンクリックだ。これにより、東欧の美女が中国の田舎町で商品モデルを務める仕事がAIによって奪われている。
また、本物そっくりのCG人間(AI搭載のアバター)を作れる、デジタルヒューマンの需要も高まっている。IT大手テンセントは実在の人物が話している3分の動画を素材として、わずか24時間でデジタルヒューマンを作り上げる技術を開発した。
本人の代わりに原稿を読み上げることができるほか、AIと組み合わせることで、簡単な受け答えが可能。すでにカスタマーサービスやライブ配信での商品販売に使われている。
中小零細ネットショップでもAIを使えば激安価格でモデルを起用可能。商品画像をアップするだけで、モデルが手にした完璧なCMを制作。ライバーも失業です
また、中国のAIはSNS投稿用の文案作成が定番機能だ。商品名をアップロードするだけで、数十種類ものバズる投稿テキストを作成してくれる。スパム投稿やサクラレビューを仕事にしていた〝キーボード戦士〟にもAI失業が忍び寄っている。
■新職種の登場で農村がAI村にこのように予想外の領域で進む中国のAI失業だが、中には少しぞっとするような話も聞こえてくる。
鋭い政府批判で知られる作家・王力雄(おうりきゅう)は『「ハイテク専制」国家・中国』(王柯[おうか]との共著、藤原書店、2022年)で、最近自宅を見張る警備員の数が減ったと明かしている。
以前ならば24時間態勢で反体制活動家を見張る必要があったが、今ではAI監視カメラをつけておけば問題ない。何か異変があればすぐに察知できる。反体制活動家を取り締まる国家安全部職員も、AI失業とは無縁ではないようだ。
AIによって新たに生まれる仕事もある。「データアノテイター」もそのひとつ。テキストや動画などのデータにタグづけをして、AIのトレーニングデータを作る仕事である。主に農村部の中年女性が担い手となるケースが多く、「わが村の主力産業はタグづけです」とするAI村も登場している。
AIの学習データをタグづけするデータアノテイター。農村部の中年女性の新たな職場となっている
最近、求人が激増しているのがロボタクシーの遠隔安全員だ。無人タクシーの商用運行が始まったが、まだ人間の介入が必要なケースもある。そこでリモートで監視し、いざというときは事故が起きないよう運転する役割を担う。ひとりで最大3台のロボタクシーを監視する。
異常が起きない限り何もやることがなく見ているだけの仕事だが、よそ見することは許されない。安全員を監視するAIカメラがあり、3秒以上よそ見をすると罰金処分になるのだとか。
中国で普及が進む無人走行のロボタクシー。実は事故が起きないよう、リモートで人間が監視している
一般企業でもAIの活用は進んでいる。特に今年1月に中国発の高性能AI「DeepSeek(ディープシーク)」が人気となったことが導入伸展の契機となった。保険会社や病院、自動車メーカーなどあらゆる企業で採用が進む。
ユニークなところでは地方政府での採用だ。深圳(シンセン)市福田区政府は「AI公務員を70人採用」と大々的に発表し、「憧れの公務員の枠が減る。AIじゃなくてボクを雇って」と騒ぎになったが、実際のAIの仕事は公文書の作成支援や修正、市民の苦情をどの部署に回すかの仕分けなど、かなり地味な活用が多い。大企業や政府での活用は米国が一枚上手か。
イケてるエンジニアやビジネスパーソンの職が消滅する、ピラミッドの上から崩れる危機がアメリカだとすれば、アングラ職業や下請けからAI失業が起きているのが中国流のようだ。
取材・文/高口康太 写真/アフロ 新華社/アフロ
記事提供元:週プレNEWS
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