混沌化するイスラエル。欧米諸国との関係はどう変わっていく?
6月12日、ガザ北部アル・スダニーヤ地区にて支援物資の到着を待つパレスチナの人々。中東の衛星テレビ局「アルジャジーラ」によれば、物資配給所に集まった人々をイスラエル軍が攻撃する事態も起こっている
ハマスによる越境攻撃をきっかけに、1年半以上続いているイスラエルによるガザ攻撃。多数の民間人の犠牲者が出ているものの、基本的に欧米はイスラエル支持だった。
しかし、今年に入って一気に"手のひら返し"が起こる一方、イスラエルのイラン攻撃によって"揺り戻し"も起きている。イスラエルと欧米諸国間の関係性の変化について、中東ジャーナリストと現代史研究者に話を聞いた。
■欧米諸国が一気に手のひら返し?80年近く続くパレスチナ―イスラエル問題【年表①参照】は、2023年10月7日のハマスによるイスラエルへの越境攻撃を境に激動の時を迎えている。攻撃直後、イスラエルは自衛権の行使を訴え、ガザ地区への大規模な攻撃を開始した。
ガザ地区はパレスチナの南西部に位置し、地中海とエジプトに面している種子島ほどの大きさの地域。この小さな土地に約200万人のパレスチナ人が住む。軍事衝突以来、ガザ保健省によればすでに5万5000人が死亡し、その半数以上が女性と子供だという。
パレスチナ側にこれほどの被害が出ているにもかかわらず、軍事衝突の発端がハマスのテロであったことも影響し、G7などの先進国はいずれもイスラエルに同情的だった。イスラエルの自衛権を認め、ガザでの悲惨な事態が報道されてもイスラエルへの公的な非難はあまり行なわれてこなかった。
だが、少し前から風向きが変わってきていた。
今年3月、米トランプ政権はイスラエル政府と連携せず、ネタニヤフ首相の頭越しにハマスと直接交渉を開始したと発表。米国籍の人質の解放を目指している。さらに米国とイスラエルの溝を感じさせたのは、6月13日のイスラエルによるイランへの大規模攻撃だ。
トランプ政権はイランに緊張緩和の働きかけをし、イスラエルにもイランを攻撃しないよう自制を求めてきたが、ネタニヤフ首相いわく「自衛のための必要な措置」として、攻撃を強行した。
ガザでの死者の半数以上は女性や子供。写真の少女は6月10日のガザ南部ハンユニスへのイスラエル軍の攻撃によって負傷し、ナスル病院で治療を受けたが、イスラエル軍の封鎖によって医療物資は枯渇しつつある
一方、欧州諸国はどうか。今年4月、フランスのマクロン大統領は6月にもパレスチナ国家を正式承認する可能性を示唆し、イギリスのスターマー首相もパレスチナの国家承認が「重要」だとする覚書をパレスチナ自治政府と交わした。
5月にはイギリスのラミー外相が「イスラエルによる状況の悪化に深い衝撃を受けた」とコメントし、自由貿易協定(FTA)締結を目指した交渉を停止。さらに同月、英仏にカナダを加えた3ヵ国は共同声明を発表。イスラエルに即時停戦を求め、パレスチナ国家の承認に関して連携していく姿勢を示した。
特筆すべきはドイツの変化だ。ドイツはナチス政権下で起こったユダヤ人に対する大量虐殺(ホロコースト)の反省から、伝統的に親イスラエルの姿勢を維持してきたが、メルツ首相は同じく5月にイスラエルのガザ攻撃を「理解できない」と異例の非難を行なった。
2023年10月の軍事衝突開始直後のイスラエル擁護の論調と比較すると、まさしく〝手のひら返し〟の変化だが、これはイスラエルに対してどれほどの影響力があったのだろうか。
■国連の影響力とトランプの行動原理中東在住のジャーナリスト曽我太一氏は国際世論の変化を加味しても、「現状の国際社会の圧力の効果は限定的」と語る。
「国連総会では、イスラエルとハマスの軍事衝突に関していくつもの決議が採択されています。総会にはイスラム教国が多く、発展途上国の多くもパレスチナに同情的なので、採択までは持っていけます。ですが、決議に実効力を持たせることができる先進国の多くは採択を棄権します」
国連の決議は事実上骨抜きになってきたわけだ。2024年7月には国際司法裁判所(ICJ)が、イスラエルによるパレスチナ占領は国際法違反と勧告。11月には国際刑事裁判所(ICC)が、ネタニヤフ首相とガラント前国防相に戦争犯罪や人道に対する犯罪の疑いで逮捕状を出したが、これらの効果も限定的だという【年表②参照】。
「ICJの勧告は国際法上の具体的な実効力はなく、象徴的なものでしかありません。今回の軍事衝突以前からイスラエルがパレスチナ側に入植地を建設していることや、東エルサレムに分離壁を建設していることは明確な国際法違反です。ですが、ICJの権限ではできることが限られている。
一方で、逮捕権を持つICCのほうには実効力があります。逮捕状が出ているネタニヤフ首相やガラント前国防相がICC加盟国を訪問すれば、逮捕することができます。実際に首相は逮捕状が出て以降ほとんど欧州を訪問していません。
ハンガリーは訪問しましたが、同国は首相を受け入れるためにICCを脱退しました。ポーランドは『首相がホロコーストの追悼式典に出席する場合は拘束しない』と発表しましたが、訪問はありませんでした。しかし、首相が欧州を訪問できないからといって、イスラエルの行動に大した影響はないでしょう」
ネタニヤフ首相はICC非加盟の米国をたびたび訪れており、トランプ大統領とは蜜月関係にあるともいわれていたが、昨今の関係の変化についてはどうだろうか。
「第1次トランプ政権は一貫してイスラエル支持の姿勢を取っていました。これはトランプ大統領個人の思想に基づくとする意見もありますが、私はむしろ思想より実利に基づいているとみています。
前政権では米国内で票田となっていたキリスト教福音派へのアピールとしてイスラエルを支持していた。今回は『ガザをリビエラのようなリゾートにする』などとパフォーマンス的な発言をしていますが、第1次政権ほどの強いイスラエル支持政策を実行しているわけではありません。
むしろ、中東担当大使に中東各国に強いコネクションを持つ事情通のビジネスパーソンを配置し、特に湾岸諸国との結びつきを強めています。イスラエルと対立するイランとも断続的に交渉を行ない、なんらかの核合意に向けて前進していましたが、イスラエルが攻撃を断行。
想定を上回る攻撃の応酬に発展する可能性もあり、戦闘をやめさせるため、トランプがイスラエルに圧力をかける可能性もありました」
一時は「蜜月関係」ともいわれたトランプ大統領(右)とネタニヤフ首相(左)。トランプ大統領はイスラエルによるイラン攻撃を「事前に把握していた」と語っているが、イランとの緊張緩和は継続できるのか、注視されている
イスラエル―イラン間で攻撃の応酬が続く中、トランプ大統領は「米国がイランの核開発を阻止するための軍事行動に出るかどうかは2週間以内に判断する」と述べる一方、「イランと話す準備も意思も対応能力もある」としていた。しかし、日本時間6月22日に米軍がイランの核施設3カ所を攻撃したと発表。世界に衝撃が走った。曽我氏は語る。
「22日時点で被害状況は明らかになっていないが、イスラエルはアメリカにイランを攻撃させることに成功しました。しかし、イランは濃縮したウランを別の場所にすでに移転させたとも言われていて、むしろ今回の攻撃がイランの核開発を加速させるリスクもあります。
もしそうなれば、近隣諸国の核開発への意欲も増すでしょう。中東における軍拡が新たな局面を迎えていると言えます」
イラン危機がさらなる拡大を迎えるのか、予断を許さない状況だ。
■異例の批判で揺らぐドイツの「国是」では、直近の米国以外の欧米各国についてはどうだろう。
「英仏カナダのパレスチナ国家承認検討は前進だと思いますが、この動きが変化を引き起こせるかは疑問です。むしろ、3ヵ国よりは引いた対応ではありますが、ドイツがイスラエル批判に転じたのは興味深いです」
これについては、ドイツ現代史を専門とする学習院女子大学の武井彩佳教授も注目している。
「2008年、当時のメルケル首相はドイツの首相として初めてイスラエルの国会で演説を行ないました。その際、イスラエルの安全保障はドイツの『国是(Staatsrason=国家の理性)』と宣言しました。
ホロコーストの〝加害者〟として、〝被害者〟の安全保障は国家運営の前提であるという認識です。ショルツ前首相も同じく『国是』という言葉を使っており、これがドイツのイスラエルに対する基本姿勢だったと言えるでしょう」
5月26日、ベルリンで開催された「WDRヨーロッパフォーラム2025」で異例のイスラエル非難を行なったドイツのメルツ首相。同氏の支持政党である中道右派「キリスト教民主・社会同盟」はもともとイスラエル寄りでもあったためさらなる驚きを呼んだ
それだけにメルツ首相の「理解できない」発言は、まさしく異例の発言だった。なぜここまで変化したのだろうか?
「ドイツは『国是』としてイスラエルの安全保障を支持してきましたが、これは日米同盟のような確固とした軍事同盟ではなく、米国がイスラエルに行なう規模の軍事支援をしているわけでもありません。そもそもドイツは国際法などの順法精神が強い国でもあり、ICJの判断に依拠して、イスラエルによるパレスチナ自治区への入植には明確に反対してきました。
2023年10月7日のハマスの攻撃はテロと受け止められ、当初はイスラエルの自衛権が支持されていましたが、イスラエルによる地上作戦の開始以降はパレスチナ擁護が多数派だったのではないかと思います。
メルツ首相の発言は、外交上の『国是』とは別の、こうした国内の実態を反映したものだったと言えます。とうとう出たか、というのが正直な印象ですね」
今後、ドイツは英仏カナダと歩調をそろえていくのだろうか。
「イスラエルとは〝加害者―被害者〟という歴史的経緯があるので、他国と完全に歩調を合わせるのは難しいと思います。とはいえ、ドイツ―フランスの関係も同じく強固なので、今回の非難発言もフランスと調整した後に出たものである可能性は高いです。
他国と連携しつつ『国際法上、イスラエルは擁護できないところにきている』とネタニヤフ首相に伝える意図はあるでしょう。今後、ドイツはイスラエルと一定の距離を取り、戦後の『国是』を見直していくことになるのではないでしょうか。
とはいえ、イスラエルへの対応を見直すべきだからといって、ドイツが戦後行なってきたナチスという過去の克服は無意味にはなりません。第2次世界大戦で同じく枢軸国だった日本としてもこれは強く認識しておくべきでしょう」
一方で、イスラエルによるイラン攻撃は、アメリカ以外の各国の対応にも大きな影響をもたらしている。16日、G7首脳らは「イラン危機の解決が、パレスチナ自治区ガザ地区での停戦を含む、中東における敵対行為のさらなる広範な緩和につながることを強く求める」という共同声明を発表しつつ、イスラエルの自衛権を支持した。
ドイツのメルツ首相にいたっては、翌17日にイスラエルのイラン攻撃を「私たちのために汚れ仕事をしてくれた」とコメント。武井氏は語る。
「ドイツはイスラエルに対し、核弾頭が搭載可能な小型潜水艦をこれまで何隻か提供してきましたが、これはイランがイスラエルを核攻撃した際の報復を想定したものです。イランの核開発の脅威については、ヨーロッパ諸国は認識を共有しています」
こと核問題となると、パレスチナ問題とは次元が異なるということか。
■3つの道筋と日本の選択アメリカすらも巻き込んだイスラエル―イラン間の衝突の影で、出口の見えない状況となっているパレスチナ―イスラエル問題。果たして今後どういった道筋があるのだろうか。前出の曽我氏は「3つの道しかない」と語る。
「ひとつ目の道は、イスラエルがパレスチナ全域の占領を続け、パレスチナ人を構造的に差別するアパルトヘイト国家として、未来永劫国際社会に非難されるというもの。
ふたつ目は、パレスチナを併合し、同様に国際社会から非難を浴びる道。
最後が、イスラエルとは別にパレスチナ国家を独立させる道です。
現実的には3番目の双方独立以外、真の解決策はありません。ですが、両者の関係はこじれにこじれており、第三者が仲介しなければ解決には至らないでしょうね。このとき、国際社会の役割は非常に重要です」
それでは、今日本に期待されることはなんだろうか。
「英仏がパレスチナ国家の承認に踏み込むとき、日本がどうするかはよく考える必要があります。国家承認は一度しか切れないカード。英仏と同時に切れば効果は高いですが、遅れれば効果は落ちます。もちろん、国家承認自体は具体的な影響力はないでしょうが、国際社会からのメッセージとして象徴的な力はあります。
また、『日本はどんなイスラエルと付き合っていきたいのか』を真剣に考えるべきでしょう。イスラエルの経済力をつくってきたのは自由民主主義的な気風であり、活発なスタートアップ企業やそれらへの投資が経済を牽引してきました。国際的に非難され続け、権威主義的な方向に向かうイスラエルで、これまでのような経済活動が維持される保証はありません。
最悪の場合、イスラエルが他国から経済制裁を受ける可能性もあります。食料自給率90%以上で『農業先進国』といわれるイスラエルも、実は主食の自給率は低いので、経済制裁が最も嫌がられるともいわれています。
こういった諸条件を踏まえて、日本も『どんなイスラエルと付き合っていきたいのか』を考え、有効に外交カードを切っていく必要があるでしょう」
一刻も早いイラン危機の緊張緩和、ガザでの停戦、そして将来的なパレスチナ―イスラエル問題の解決のため、日本政府にも的確な行動を期待したい。
*この記事は日本時間6月22日時点での情報に基づいています
取材・文/室越龍之介 写真/Getty Images
記事提供元:週プレNEWS
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