吉野家のラーメン"猛進出"は蛮勇か英断か...過去には手痛い失敗も
吉野家はアメリカや中国、インドネシア、シンガポールなどにも出店。海外店舗は992店にも及ぶ
なぜ今、よりによってラーメンに!? 牛丼チェーンの吉野家が、ラーメンを事業の柱のひとつとすると発表した。その本当の狙いは? 原材料費や光熱費が高騰している今、ぶっちゃけうまくいくのか? その未来を占った!
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■国内ではなく海外に照準「うまい、やすい、はやい」を武器に牛丼を日本の国民食へと押し上げた吉野家が打ち出した成長戦略は、意外なものだった。
吉野家ホールディングスは5月、ラーメン事業を吉野家、はなまるうどんに続く第3の柱とし、2029年度には売上高400億円(24年度比5倍)、そして34年度には「ラーメン提供食数世界一」を目指すとする中期経営計画を発表したのだ。
ただラーメン業界は原材料費や光熱費の高騰、人手不足のトリプルパンチに見舞われ、24年の倒産件数は前年比で3割以上の増加と、過去最多を記録。逆風が吹き荒れているのだ。にもかかわらず、なぜ吉野家は同業界への本格参入を決めたのだろうか?
「吉野家が狙っているのは国内ではなく、グローバル市場です」と語るのは、長年フードビジネスを研究する流通科学大学教授の白鳥和生(しろとり・かずお)氏だ。
「現在、外食経営者にとって最大のテーマは、人口が減る国内ではなく、いかに海外で稼ぐかです。その視点で見れば、世界中でジャパニーズフードとして認知されつつあるラーメンは、これ以上ない成長市場と言えます。
吉野家は以前から傘下に収める人気ラーメン店『せたが屋』『ばり嗎(うま)』『わだ商店』に加え、24年には関西で人気の鶏白湯(パイタン)ラーメン『キラメキノトリ』を子会社化しました。さらに同年5月には、スープや麺を開発・製造する宝産業を買収。
これらの動きからは、製造から販売までを一気通貫で手がけ、本気で世界一を目指すという意思を感じます」
せたが屋の「せたが屋つけ麺」(1450円、税込)。煮干しを使った濃厚なスープと、コシのある中太麺が特徴。世田谷区駒沢に本店を構えるほか、羽田空港などにも出店している
昨今のコスト増は、資金力の乏しい個人店を直撃する一方で、スケールメリットを生かせる大手にとっては好機とも言える。製造から店舗オペレーションまでを均質化することで、コスト増が吸収しやすくなるからだ。
同じ牛丼チェーンライバルのゼンショーホールディングスが「すき家」以外にもすしの「はま寿司」やハンバーグの「ココス」など、積極的に多角化を進める一方、吉野家は長らく牛丼頼みの一本足打法を続けてきた。
「実は吉野家も居酒屋や惣菜(そうざい)店など、さまざまな事業に挑戦してきた過去があります。ところがその多くが撤退に追い込まれています。
チェーン店として究極とも言えるほど洗練された吉野家の牛丼事業と比べて、ほかの事業の利益がどうしても見劣りしてしまい、結果として長続きしなかったのです」
ラーメン事業も例外ではなく、過去に手痛い失敗を経験している。
「2007年に1杯180円という低価格を売りにしていた『びっくりラーメン』を買収し、低価格路線での事業拡大を目指したものの、2年ほどで撤退に追い込まれています。このときの反省もあるため、今回は高単価・高付加価値路線を目指すはずです」
かつて、ラーメンには「1000円の壁」があるといわれていたが、今や人気店では1000円札1枚では足りないことも珍しくない。
「吉野家の柱である牛丼は、500円前後というイメージが定着していて大幅な値上げが難しいという問題があります。それに対して、柔軟な価格設定ができて1杯当たりの利益を確保しやすいラーメンなら、牛丼事業と並ぶ柱を築けると判断したのでしょう」
■「均質化」と「個性」の両立が成功の鍵吉野家にとって、グローバル進出は悲願だった。
「吉野家は50年以上も前から海外へ進出して、『ビーフボウル』として牛丼の世界展開を進めています。しかし、牛丼の海外市場は期待したほどの成長には至っていません。一方で、ラーメンは今や世界中で人気の日本食。牛丼で果たせなかったグローバル展開を、ラーメンで実現したい。それが吉野家の偽らざる本音でしょう」
しかし、その挑戦は「決して簡単ではない」と白鳥氏は語る。
「ラーメン業態の特徴は、多くの人がチェーン店より個人店を好む傾向があるという点です。そのお店ならではの個性的な味があるからこそ、お客さんはファンになり、何度も通ってくれる。
これをセントラルキッチンで完全に標準化してしまうと、そのお店の魅力が損なわれかねません。人気ラーメン店を買収したとしても、『チェーン化して味が落ちた』と熱心なファンにそっぽを向かれた瞬間に、ブランド価値はなくなってしまいます。
また、カウンター越しに見える職人の湯切りや丁寧な盛りつけといったライブ感も、ラーメン店が提供する魅力的なサービスの一部です。牛丼店のように機械化を進め、洗練されたオペレーションにすればいいというものでもありません」
均質化や効率化を進めすぎると、顧客が求める「ラーメン店の魅力」が消え去ってしまうという矛盾をはらんでいるのだ。
「しかも、ラーメンには地域性がある、という面も見逃せません。地域ごとに好まれる味があるため、全国どこでも同じ味では通用しないでしょう。
実はこの点は、海外でも同様です。欧米や東南アジアなどですでに一定の成功を収めている一風堂も、国内と海外ではスープの味を変えているんです。国内でも海外でも、その地域に合わせた味のローカライズは必須と言えます」
では、吉野家はどのような戦略で事業を拡大していくのだろうか。
「個性の異なる複数のブランドを使い分ける『多ブランド戦略』を取るはずです。すでに買収済みのお店も含めて複数のラーメンブランドを立ち上げ、地域に合わせて出店していくのでしょう。それらを軌道に乗せて地盤を固めていった先に、グローバル展開という夢の実現が近づいてくるはずです」
果たして吉野家はどんなラーメンでわれわれの舌をうならせるのか。その一杯が、牛丼に続く"日本の国民食"として世界に羽ばたく日が来るのかもしれない。
取材・文/伊藤将史 写真/共同通信社 時事通信社
記事提供元:週プレNEWS
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