大谷翔平、スイングスピードの変更でホームラン新記録なるか!? 「ボンズ超え」の条件とは?
6度目の月間MVPを受賞したドジャースの大谷翔平
5月には自身&球団最多タイ記録となる月間15本塁打を放った大谷翔平(ドジャース)。さらなる進化を遂げた今季のバッティングについて、野球評論家のお股ニキ氏が分析する。
※成績は日本時間6月10日時点。
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■5月の大谷は「進化の完成形」。バットの長さとスイングスピードの変更5月に自身&球団最多タイ記録となる月間15本塁打を放ち、自身6度目の月間MVPを受賞した大谷翔平(ドジャース)。5月末時点での22号到達はシーズン62本塁打ペースとなる驚異的ハイペースだ。
日本人初の60号到達だけでなく、2001年にバリー・ボンズ(当時ジャイアンツ)が記録した「シーズン73本塁打」の世界記録更新も夢見てしまう。
2001年にMLB最多本塁打記録(73本)を樹立したバリー・ボンズ(当時ジャイアンツ)。その年の前半戦では39本塁打を記録
「今季の大谷は自己修正能力が桁違い。5月の15本塁打という数字は好調がゆえではなく、技術と感覚がさらに進化した必然の結果です」
こう語るのは、何人もの日本人メジャーリーガーをサポートしてきたピッチングデザイナーで、『週刊プレイボーイ』本誌おなじみの野球評論家、お股ニキ氏だ。
「開幕当初は昨季よりも1インチ長い35インチ(88.9cm)のバットを使っていましたが、その後、34.5インチ(87.6cm)のバットに微調整したようです。4月はその新しいバットへのアジャスト段階でしたが、5月になって早くもすべてが噛み合い、現在は『進化の完成形』とも言える状態です」
具体的にどのような進化があったのか? 「今季の大谷はバットの長さだけでなく、スイングに関しても非常に細かく調整している」とお股ニキ氏は分析する。
「今季の大谷はバットヘッドの移動距離を短縮し、よりコンパクトなスイングになりました。その結果、バットヘッドの加速時間も短縮され、スピードボールへの対応力が向上。また、変化球に対しても、ギリギリまで見極めてからバットを振り始めることが可能になりました」
今季はスイングスピードをあえて落として対応するシーンも見られるなど、これまで以上に打席で余裕が感じられるという。
「特筆すべきは、『インターセプトポイント(スイング始動の判断位置)』は後方に保ちつつ、『ミートポイント(実際にボールをとらえる位置)』は投手側へ前進させるという、本来相反する要素を両立させた点です。
つまり、『より長く見て、より前で強く打つ』という理想的なスイングが実現できているということ。これは大谷ならではの技術的ブレイクスルーであり、今季の本塁打量産を支える最重要ファクターです」
さらに、構えと身体操作で微細すぎる最適化が進んでいた。
「大谷は4月から5月にかけて、着地する前足の爪先角度を微調整しています。5月以降は体が開きにくくなり、力をためて一気に解放できるようになりました。
巨人の阿部慎之助監督が現役時代に実践していた『ツイスト打法』のように上、下半身で捻転差を生み出し、インパクト時のエネルギー伝達効率が飛躍的に向上しました」
こうしたさまざまな微調整、チューニングが見事にハマり、5月の爆発を生み出せたのだ。
「総じて言えるのは、『ゾーンに入った』のではなく、『ゾーンを構築した』ということです」
実際、本塁打数以外にもさまざまな数値が向上している。ボール球スイング率は4月の32%に対し、5月は22%と大きく改善した。
「ボールを長く見極められるからこそ、無理に打ちにいかず、的確に打てる球はとらえ、ボール球に手を出さないという選択ができています。その割に四球が少ないのは選球眼が良すぎるため、相手投手がストライクゾーンで勝負せざるをえない状況に追い込まれている、と言えます」
例年、対左投手のほうが打率は低く、今季4月も2割台だったが、5月は3割超えと大きく向上させた。
「対左投手の打率が高くなったのは、『超後方ミート』戦略が有効に機能している証拠です。現状、左投手から打った本塁打は右投手に比べてかなり少ないですが、今後は改善されていくと思います」
■本塁打数新記録なるか? 「シーズン60本」は十分狙える過去をさかのぼると、オールスター前の最多本塁打数はボンズがシーズン本塁打記録を作った01年の39本。残り1ヵ月でこの数字にどれだけ近づけるのか? 〝6月男〟の異名を持つ大谷ならば5月以上に打てるはず......とつい考えてしまいがちだが、お股ニキ氏はそのような安易な期待にクギを刺す。
「例年6月に打ちまくるからさらに打つだろう、というのは、上がった株をさらに追いかけて買うような思考です。今季は例年の好調が1ヵ月前倒しで来た、ととらえるのが自然。月間15本以上は、何度も簡単に達成できるものではありません」
だからといって、大谷の新記録がありえない、と言いたいわけではない。
「技術的進化によってゾーンを構築できる今の大谷ならば、再び量産態勢に入る可能性は十分あります。その見込みも含め、オールスター前までに34本前後なら桁違いですし、30本でも規格外。
常にハードルを越え続けて前人未到の数字を残す男なので、ボンズを超える前人未到の『前半戦40本塁打&シーズン74本塁打』も不可能ではないかもしれませんが、現実的な目標としては大谷自身にとって未知の領域である『シーズン60本塁打』でしょう。個人的には十分狙えると思います」
過去、MLBでシーズン60本塁打以上を記録したのは6人だけ。90年代以降の現代野球で見ると、ボンズを含めて、マーク・マグワイア(当時カージナルス)、サミー・ソーサ(当時カブス)、そして現役のアーロン・ジャッジ(ヤンキース)の4人しかいない。
「4人のうち、ジャッジ以外の3人はいわゆる『ステロイド時代』の選手。その意味でも、比較対象として最も適当なのは、22年に62本を放ったジャッジでしょう。大谷同様に驚異的なパワーと選球眼を持ち、甘い球は確実に仕留める。また、広角に長打を打てる技術も共通点です」
では、大谷とジャッジの違いは何か? お股ニキ氏は以前から「ジャッジは再現性の鬼、大谷は即興性の鬼」と表現しているが、今季はさらにその傾向が顕著だ。
「前述のとおり、今季の大谷は持ち前の自己修正能力がさらに高まりました。打席ごとにスイングを最適化し続けており、まるで生成AIのように常にものすごいスピードで進化を遂げています。
対して、シーズンを通して『完成されたひとつの型』で打ち続けるのがジャッジ。今季は6月に入っても4割近い打率をキープし続けており、三冠王も狙える状態です」
再現性が高いだけあって、62本塁打を放ったシーズンは前半戦33本、後半戦29本とほぼ均等だ。一方、大谷が本塁打王に輝いた過去2年を見ると、44本塁打の23年は前半32本に対し、後半は12本と激減。
対して、54本塁打の昨季は前半29本で後半は25本。やはり、シーズンを通した積み重ねこそ、新記録を目指す上で重要な要素だとわかる。
「最大の課題は持続性です。この歴史的なパフォーマンスをどれだけ維持できるか」
5月に15本塁打を放った大谷だが、6月4日以降は今季ワーストタイの7試合連続本塁打なしを記録。ただし、6試合連続安打をマークするなど、決してバットが湿っているわけではない。
「長いシーズンにおいて、打撃の波を完全になくすことは不可能ですし、いかに波を小さくできるかがポイントになります。数字を積み重ねられる選手とは『不調の期間が短く、なおかつ不調の底が浅い選手』ですが、さらなる進化を遂げた今季の大谷なら心配はないでしょう」
ちなみに、62本塁打を放った22年のジャッジでさえ、9試合連続本塁打なしという期間があった。
「大谷としてはデータに裏打ちされた自己修正能力で日々の微調整を続け、不調の兆候を早期に検知し、修正する。このプロセスの継続こそが重要です」
■ついに投手復活! 二刀流復活の影響は?後半戦の持続性、という点で気になるのは、オールスター明けと噂される「投手復帰」についてだ。一昨年の本塁打数が後半で激減した要因として、この年の8月途中に右肘を痛めるまで投手で奮闘し続けた影響も考えられる。
「現在の歴史的領域にある打撃に集中すれば、誰も成し遂げたことのない大記録を樹立する可能性はあります。打席に立つ機会の減少、疲労やケガのリスクを考えれば、『打者専念』がチームに貢献する上では最適解かもしれません」
2度目のトミー・ジョン手術からの復帰を目指し、リハビリ中の大谷。二刀流完全復活はオールスター明けの予定だ
それでもお股ニキ氏は「投手・大谷」が「打者・大谷」に及ぼす影響を鑑み、「二刀流再挑戦を見守るべき」と語る。
「大谷翔平というアスリートの本質、根源にあるのは『投手であること』への渇望です。彼にとって投打のバランスを取ることが自然なリズムであり、投球動作が打撃に必要な体幹や感覚を研ぎ澄ます相乗効果を生んでいる可能性はこれまでも指摘されてきたとおり。リスクはもちろんありますが、われわれは前人未到の挑戦を見守るべきなのでしょう」
また、本塁打数を増やす、という点では、どれだけ勝負してもらえるかも重要な要素だ。相手も敬遠や「四球もOK」という攻め方を徹底してくることが予想されるが、対応策はあるのか?
「敬遠への最大の対抗策は、『ボール球を振らない』という規律を徹底すること。5月の大谷のようにストライクゾーンの球だけを確実に仕留める打撃を続ければ、相手バッテリーは四球で歩かせるか、痛打を浴びるかの苦しい選択を迫られ続けます」
チームとしては、大谷の後を打つ打者の存在が重要になるという。
「『1番大谷、2番ムーキー・ベッツ、3番フレディ・フリーマン』の打順はMLB最強であり、この流れを断ち切らせないためにも後続の援護は不可欠。
4番を打つことが多いテオスカー・ヘルナンデスら後続打者が勝負強さを発揮し、『大谷を歩かせても次の一打で失点する』という重圧を与え続けることができれば、おのずと大谷との勝負は増えていきます」
明るい材料は、〝打者天国〟と呼ばれるクアーズ・フィールドでのロッキーズ戦をまだ7試合も残している点だ。
「気圧が低いため、通常なら外野フライの打球もスタンドまで届いてしまいます。しかも、今季のロッキーズは近代MLBワースト記録を大幅に塗り替えるペースで黒星を重ねており、チーム防御率もリーグ最下位。大谷にとっては本塁打量産の絶好の機会と言えます」
歴代最多となる「シーズン74本塁打」の偉業も視野に入る大谷だが、ほかにもベーブ・ルース(当時ヤンキース)が104年前に樹立した「シーズン177得点」というMLB記録への挑戦も期待されている。
「歴史に眠る偉業を掘り起こしてくれるのが大谷の魅力。新記録を期待したいです」
すでに「5月中の60得点超え」という史上初の快挙も達成。今年もどれだけ前人未到の記録を成し遂げるのか。大谷の挑戦はここからが本番だ。
文/オグマナオト 写真/時事通信社
記事提供元:週プレNEWS
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