“タイムリープ×青春ミステリ” ―誰も見たことのないありそうでなかった映画「リライト」
タイムリープによる矛盾が多重発生した末に迎える衝撃的な結末が、“SF史上最悪のパラドックス”として評判を呼んだ法条遥の同名小説を映画化した「リライト」。6月13日より公開される同作は大林宣彦監督の名作映画「時をかける少女」へのオマージュを随所に感じさせつつも、青春映画を数多く手掛けてきた松居大悟(監督)と“時間もの”を得意とする上田誠(脚本)の最強タッグにより、タイムリープの矛盾を突くような展開が斬新かつ刺激的で、誰も見たことのない“タイムリープ×青春ミステリ”となっている。
青春時代のタイムリープの謎が10年の時を経て明らかとなる物語
物語の舞台は、2009年と2019年の夏の尾道。2009年の夏、高校生の美雪(池田エライザ)は、2009年の夏、転校生の保彦(阿達慶)と恋に落ちる。保彦はある小説を読んでこの時代に憧れ、300年後からタイムリープしてきた未来人だった。そして、出会って20日が過ぎた7月21日、高校内で起きた事故に保彦が巻き込まれたと思った美雪は、保彦からもらっていた一時的にタイムリープできる薬を使い、10年後に翔ぶ。すると、美雪は27歳になった未来の自分と出会い、保彦が無事であることを告げられると共に、「あなたが書く小説」だと一冊の本を見せられる。それは保彦がこの時代にやってくるきっかけとなった小説だった。現代に戻った美雪は、この夏に体験した自分と保彦の物語を小説にすると約束し、未来に戻る保彦を見送る。自分がこれから書く小説を未来の保彦が読むことで、時間のループが美しく完結すると信じた美雪は、小説を書き始める……。
高校生の美雪と未来人の転校生との出会いから別れまでの20日間の淡い恋模様を、冒頭で濃密に描くここまでの物語は、爽やかだがありきたりな青春SFに見える。しかし、これはあくまで物語のはじまりや序章でしかない。本作はここから独自の展開を見せていく。
10年後の2019年、上京して小説家になった美雪は、ようやく保彦との物語を小説として完成させる。そして、運命の日の7月21日、尾道の実家に帰省した美雪は出版間近の小説を手に10年前の自分を待つが、なぜか高校生の美雪は現れない。さらには美雪の書いたその小説と同じ物語が他にも存在することが判明し、盗作疑惑がかけられる。なぜ10年前の美雪は現れなかったのか、10年前の保彦との思い出は“私だけの物語”ではなかったのか……。保彦がこの時代に来るきっかけの小説を書いたのは主人公の美雪なのかが疑わしくなり、そもそも美雪は主人公なのか、冒頭の物語も本当に“はじまり”なのかといったことまで揺らぎ始める。
本来はここまでのあらすじも全く知らずに見ていただきたいところだが、ここまで書いてきたこともあくまで序盤ともいえ、ここからさらに一瞬も目が離せない急展開を見せていく。初見の驚きや楽しみを奪わないためにも、これ以上の具体的な物語への言及は避けるが、数々のタイムリープSF作品の疑問や矛盾を巧妙に突いたような展開は、その種の作品を数多く見てきた人こそ特にドキドキワクワクさせられ、グイグイ惹き込まれるはず。タイムリープSFを皮肉ったブラックコメディ的な要素もあり、原作が「SF史上最悪のパラドックス」「筒井康隆の『時をかける少女』のバッドエンド版」「イヤミスSF」と評されたことにも頷ける。
若手実力派俳優たちが勢揃いしたキャスティングと「時をかける少女」へのオマージュ
主人公の美雪を演じるのは、俳優のみならず歌手やモデルやカメラマンとしても活躍し、長編映画「夏、至るころ」(20)と「MIRRORLIAR FILMS Season4」(22)の短編『Good night PHOENIX』では映画監督も務めた池田エライザ。そのクリエイティブで華やかさと陰の雰囲気を併せ持つ個性や存在感は、小説家の職に就く美雪という役に説得力を与えている。
その同級生役も、劇中で2019年の現在と10年前の高校時代という二つの年齢を演じ分ける必要があることから、共演陣にも池田と同じく演技力の確かな若手実力派俳優たちが揃う。過去に松居作品への出演経験がある橋本愛(「ワンダフルワールドエンド」15)、山谷花純(「男子高校生の日常」13)、大関れいか(「私たちのハァハァ」15、「ちょっと思い出しただけ」22、「不死身ラヴァーズ」24)、森田想(「アイスと雨音」18)、福永朱梨(「手」22)などに加え、松居作品初参加の久保田紗友、倉悠貴、前田旺志郎など、今後さらなる活躍が必至の手練れの若手俳優たちが多数出演。彼らの今しか見られない芝居や豪華共演が堪能できるのも、本作の大きな魅力となっている。
また、未来人の保彦役には、撮影当時に劇中の年齢と同じ17歳だった阿達慶をオーディションで抜擢。今回が映画初出演となるが、その新鮮な透明感は、不思議な魅力を持つ未来人という役柄にハマっている。そして、“未来から来た転校生”や“ラベンダーの香り”の描写、劇中に登場する小説タイトルなど、原作自体が筒井康隆の『時をかける少女』へのオマージュも込められていることから、今回の映画では大林宣彦監督の実写版映画「時をかける少女」へのオマージュを込め、舞台を原作の静岡県から広島県の尾道に変更。夏の尾道でオールロケを行い、美しい瀬戸内海とそこから吹く風、古い坂道や海沿いの道、神社やケーブルカーなど、普遍的なノスタルジーを漂わせる尾道の風景が、映画としての味わいを深めている。さらには、大林監督の“尾道三部作”(「転校生」82、「時をかける少女」83、「さびしんぼう」85)などに出演した尾美としのり、“新尾道三部作”の第1作「ふたり」(91)に主演した石田ひかりという、大林監督作の常連俳優の二人が出演しているのも、映画ファンには見逃せない。
“時間もの”の名手・上田誠脚本史上最大の緻密な時間のパズル
原作は小説ならではの叙述トリックがあり、シリーズ化もされていくが、映画は舞台を静岡県から広島県の尾道に変更した以外にも原作と異なる点が多く、一つの完結した作品ともなっている。そんな映画について原作者の法条は「全編にわたって、わりとゆったりと進行しているのに、要所でおさえるべきところをしっかりとおさえていて、それでいてくどくないような仕上がりになったのに驚いています。 展開上、過去編はさわやかに、それでいて含みを持たせなければならないのに、そうした難しい作りを、よどみなくストーリーに組み込んだ完成度が素晴らしいと思いました。 監督およびスタッフの皆様、そして出演者の方々に感謝を申し上げます」とコメントし、その出来栄えを称えている。
また、本作が初タッグとなる脚本の上田誠と監督の松居大悟は、松居の創作活動のきっかけが、映画化もされた上田の作・演出の舞台『サマータイムマシン・ブルース』を見たことに由来するため、師弟関係にあるという。そんな二人はかねてよりコラボレーションの機会を探っていた中、上田が松居に提案したのが、今回の原作小説だったそう。確かに“青春×タイムリープ”という題材は、松居と上田それぞれの得意分野を活かすのに最適に思える。しかしその脚本執筆は、映画「ドロステのはてで僕ら」(20)「リバー、流れないでよ」(23)やTVドラマ『時をかけるな、恋人たち』(23)など、数々の“時間もの”を手掛けてきた上田が「〈時間のパズル〉という意味では映画史上、少なくとも“自分史上最大のパズル”でした」と語るほど、難航を極めたようだ。複雑な時間軸と数多くの人物が交錯する物語だけに、タイムリープによって生まれる世界線や各キャラクターの行動の理由付け、その辻褄合わせも含めた緻密な時間のパズルを1本の映画として再構築するのは、嫌になるほど膨大な時間がかかり、脚本の第一稿をなかなか書き出せなかったと上田は明かしている。
脚本だけでなく撮影でも、本作ならではの難しさがあったことは、映画を見ると納得できることだろう。緻密かつ斬新なタイムリープSFと、様々な感情が混雑する若き日の輝きやもがきを写し出す普遍的な青春映画を、ミステリ要素も交えて掛け合わせた本作は、よくぞこれほど複雑な構造の物語を誰もが楽しめるエンタメ作品に昇華させたものだと唸らされる。結末を知った上で最初から見直すと、初見では気付かなかった伏線や細部にまでこだわった様々な描写にも目が留まり、何度でも見返したくなるはずだ。
文=天本伸一郎 制作=キネマ旬報社
「リライト」
6月13日(金)より全国にて公開
2025年/日本/127分
監督:松居大悟
脚本:上田誠
原作:法条遥 「リライト」(ハヤカワ文庫)
主題歌:Rin音「scenario」
音楽:森優太
出演:池田エライザ、阿達慶、久保田紗友、倉悠貴、山谷花純、大関れいか、森田想、福永朱梨、若林元太、池田永吉、晃平、八条院蔵人
篠原篤、前田旺志郎、長田庄平(チョコレートプラネット)、マキタスポーツ、町田マリー、津田寛治、尾美としのり、石田ひかり、橋本愛
配給:バンダイナムコフィルムワークス
©2025『リライト』製作委員会
公式HP:https://rewrite-movie.jp/
記事提供元:キネマ旬報WEB
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