歴史的不漁で漁獲枠が76%減。スルメイカが食べられなくなる日まであと少し!? 庶民の味方のはずがマグロやタイより高級に!
気軽に食べられなくなってしまったスルメイカ
庶民の味方だったスルメイカの価格が、不漁により高騰し、気軽に食べられなくなってしまった。今後、漁獲量が増えることは? 安くなることは? 専門家にスルメイカの未来予測を聞いた!
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■この10年で漁獲量は8分の1、価格は4倍に!「イカ刺し」「塩辛」「イカ天」「あたりめ」などの原料となるスルメイカが激減し、価格が高騰している。
立ち食いそばチェーン店の「小諸そば」は今年1月、「現在、『いか』の原材料費が著しく高騰しているため『いか天そば』『いか天せいろ』の販売を終了させていただきます」と、イカ天メニューの終売を発表した。
イカ天そばが人気ベスト3に入るという東京・四谷の立ち食いそば店「つぼみ家」は、イカ天そばの価格を昨年11月に520円から540円に値上げしている。
「値上げをしたのは、イカ不足によって仕入れ値が上がってしまったからです。今よりもっと仕入れ値が上がったらさらに値上げをするか、立ち食いそば屋の値段に合わないような金額になるならやめてしまうこともありえます」
「つぼみ家」の人気メニュー「いか天そば」(540円)も食べられなくなる日が来るかもしれない......
活イカの刺し身などを提供する「イカセンター新宿総本店」も「活きたスルメイカは今、ほとんど入ってこないですね。この5年くらいは品薄状態が続いています」という。
イカ不足による価格の高騰は、庶民の食事に大きな影響を与えているのだ。
2016年から一気に漁獲量が減っている。それと反比例するように価格は高騰している(水産庁のデータより作成)
では、実際にどのくらいスルメイカは減っているのだろうか。水産庁の「水産物流通調査」によると、2014年の漁獲量は17万2688tだったが、23年は2万1248tと約8分の1に。
長年イカの水揚げ量日本一を誇っている青森県八戸市でも、「スルメイカの水揚げ数量は、14年は3万1372tでしたが、24年は3982tです」(八戸市水産事務所)という状況だ。
卸売価格はどうだろう。水産庁の「水産物流通調査」によると、14年の生スルメイカは1㎏当たり276円だったが、23年には1㎏当たり942円。なんと、この10年で4倍近くに値上がりしていたのだ。
こうしたスルメイカの激減を受けて、水産庁はスルメイカの漁獲枠を24年度の7万9000tから、25年度は過去最少の1万9200tと約76%削減した。
スルメイカの資源数の確保が狙いのようだが、これで激減に歯止めがかかるのだろうか。国立研究開発法人水産研究・教育機構の岡本 俊氏に聞いた。
――まず、なぜスルメイカが減っているのでしょうか。
岡本 スルメイカは主に太平洋側に分布しているものと、日本海側に分布しているものがあります。太平洋側は2015年から16年に環境の影響を受けて大きく資源が減少しました。一方で日本海側は、この3、4年で一気に減っています。このふたつの大きな系群が、どちらも減ってしまったというのが要因だと思います。
――環境の影響というのはなんでしょうか?
岡本 太平洋側に関しては、15年は産卵域である東シナ海の水温が冷たすぎたんです。親が卵を産んでも子供が生き残れる状態ではなかった。また、16年は冷たすぎる海域と暖かすぎる海域がそれぞれ広がっていました。この2年間の産卵環境が悪くて資源が大きく減ってしまったと考えられます。
また、その年は当時の数からすると世界全体でスルメイカを獲りすぎてしまったというのもあります。ただ日本海側に関しては、まだ明確なところがわかっていません。
――太平洋側は水温が低かったことが減少の理由のようですが、最近は地球温暖化の影響で海水温も上がっているのでは?
岡本 15年の2月は九州でも雪が降るなど、とても寒かったんです。また、温暖化の観点からすると、平均的に見れば暖かくなるけれども、極端な現象が増えるということもいわれています。
例えば、夏は極端に暑く冬は極端に寒いなどです。ですから、当時のスルメイカの産卵域の水温が冷たかったとしても不思議ではありません。
――では、今のスルメイカの減少は、そのときの影響が続いていると?
岡本 きっかけは15年の産卵環境だと考えられますが、その後、産卵環境が良くなっても増えていません。太平洋側のスルメイカは、寿命1年の間に産卵域の東シナ海から三陸沖に行って成熟し、また東シナ海に戻ってきますが、その回遊過程の環境が影響しているのかもしれません。
また、そもそも親イカが非常に少ないため、産卵環境が良くてもなかなか増えてこなかったのかもしれません。
■漁獲量よりも漁獲枠が大きい理由は?――マグロがイカを食べているという話も聞きますが......。
岡本 そこも、まだよくわからないんです。近年、マグロが増加しているということはありますが、マグロの胃の内容物を調べてみてもスルメイカに対する平均的な依存度が高いというわけではありません。
また、かつてマグロもスルメイカもたくさん漁獲されていた時代には、両者の間に正の相関(どちらも増えていた)も見られていたため、客観的な解析結果などがあってマグロのせいでイカが減っているとはなかなか言えない状況ではあります。
――日本海側のスルメイカはこの3、4年で急激に減ったということですが、これが今、一番の危機ということになるのでしょうか。
岡本 太平洋側に比べて、日本海側は数的には多く残っていたんですが、この数年で、過剰漁獲されていたわけではないにもかかわらずガタガタと一気に減ってしまいました。それが漁獲量の減少に影響していると思います。
不漁が続いているため水揚げされる数が少ないスルメイカ。おすし屋さんでマグロよりも高くなる可能性もある!?
――では、その減ったスルメイカを戻すために、何か対策はしているのでしょうか?
岡本 環境に関してはどうしようもないので、スルメイカに適した環境が戻ってくるのを待つしかありません。人間ができることといえば、あとはもう漁獲量をどうするかということくらいです。
ただ、スルメイカは日本だけでなく、韓国や中国などの外国も獲っているわけで、日本が漁獲量を減らしたから、すぐに増えるというわけでもありません。
――今年度のスルメイカの漁獲枠が、昨年度の7万9200tから1万9200tに約76%減りました。ただ、昨年度のスルメイカの漁獲量は1万2000t弱と、今年度の漁獲枠に届かない状態です。
本来なら漁獲枠を漁獲量より小さく設定することで、イカをあまり獲らないようにして、数を増やそうと考えると思いますが、それが逆になっているのはなぜですか。
岡本 現在の漁獲枠は、世界中の国を含めて生物資源をある管理目標に基づいて持続可能に利用していくには、どれくらいの量だったら可能かという「生物学的許容漁獲可能量(ABC)」から計算されているんですが、日本は研究者が提示したそのABCに0.6をかけた値としています。
この0.6はどこから出てきた数字かというと、日本が全世界の漁獲量に対して、過去に最も多く漁獲していたときの割合が60%だからです。
しかし、今の日本のシェアはそれほどありません。韓国のほうが多かったりします。日韓比でいえば、1対2とか1対3です。これは獲ろうとしても獲れないということもありますし、漁業者が減っているという理由もあります。
一方で漁業関係者の経営を考えると漁獲枠を極端に小さくすることは難しいという議論もあります。また、そもそもわれわれ研究者が資源量を多く見積もりすぎてしまっている可能性もあります。それらの結果として漁獲量より漁獲枠が大きくなってしまう場合も出てきます。
――でも、対策としては漁獲量を少なくしなければいけないわけですよね。
岡本 現実的な問題は置いておいて、どうすればいいかというと全世界的に漁獲量を少なくするという方法はあります。ただ、国際的な取り決めをしないと外国に漁獲枠を設けることはできません。日本が一生懸命スルメイカを獲らないで資源を守っても、外国が獲ったら意味がないという発言は何度も出ています。
――スルメイカは養殖できないんですか。
岡本 できないことはないと思います。実際に親イカに産卵させて、孵化させるところまではできています。ただ、それはあくまでも研究ベースで、大型のブリやマグロとは違って費用対効果が悪いので、事業としては成立しにくいのかと思います。
――ちなみに、今からスルメイカを禁漁にしたら2年後、3年後は増えていくんでしょうか。
岡本 今から禁漁にしても、すぐに昔の資源水準まで回復する可能性は低いと思います。
――じゃあ、来年、再来年もスルメイカは高いままだと。今でもマグロの赤身よりもグラム単価が高かったりしますが、今後はスルメイカが高級魚になるということですね。
岡本 もうすでに、そんな感じになっていると思います。
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スルメイカの卸売価格は23年に1㎏当たり942円で、高級魚のマダイは780円、ビンナガマグロは458円だった。25年のスルメイカの卸売価格はこれよりも上がっているはずだ。
日本が漁獲量を減らしたり、禁漁にしてもスルメイカはどんどん減っていく。このままだと価格はどんどん上がっていって、立ち食いそば店でイカ天そばを食べることはできなくなるかもしれない。
そして、スルメイカが食べられなくなる日まで、あと少しなのかもしれない......。
取材・文/村上隆保 写真/PIXTA 時事通信社
記事提供元:週プレNEWS
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