アスリートの政治発言、日本ではなぜタブー?【松田丈志の手ぶらでは帰さない!~日本スポーツ<健康経営>論~ 第14回】
先日、松田が委員長を務めるJOCアスリート委員会主催のフォーラムで、「スポーツと社会を繋ぐ:オリンピアンが挑む新たな役割」というテーマで討論が行なわれた。今回はスポーツと政治、スポーツと社会との関わり方について語る(撮影/阪野弘和)
現在、私はJOCアスリート委員会の委員長を務めています。そのJOCアスリート委員会が企画・主催するフォーラム「The 2nd JOC Athletes' Forum」が先日開催されました。さまざまなプログラムがある中で、私がモデレーターを務めたセッションでは「スポーツと社会を繋ぐ:オリンピアンが挑む新たな役割」というテーマで議論しました。
登壇者には、朝日健太郎さん(参議院議員・バレーボール)、中西真知子さん(大阪府貝塚市議・トライアスロン)、牛山貴広さん(長野県諏訪郡原村村長・スピードスケート)を迎え、さらに室伏広治さん(スポーツ庁長官・ハンマー投げ)にはビデオメッセージでご参加いただきました。
このセッションを通じて伝えたかったメッセージは、「元アスリートが行政機関や政治などさまざまなポジションに就くことで、スポーツの価値を社会に伝え、影響を与えることができる」ということです。
私は子供の頃からスポーツやオリンピックが大好きで、「スポーツを政治利用するな」「スポーツと政治は切り離すべきだ」という言葉をよく耳にしてきました。そのため、なんとなく「そうあるべきなのだろう」と感じていました。しかし、現実はどうでしょうか。直近の東京オリンピックを見ても、「結局、政治で決まるんだな」と感じた方は多いのではないでしょうか。
この体験を通じて、私は「スポーツと政治は切り離せるものではなく、むしろ密接に関係している」と強く実感しました。スポーツは日本という社会の一部であり、民主主義のもと、さまざまな価値観を持つ人々が共存する社会において、スポーツの価値を政治に伝え、法整備を進め、適切な予算配分を目指すことが重要だと考えるようになりました。
討論には(写真中央右から順に)朝日健太郎氏(参議院議員・バレーボール)、牛山貴広氏(長野県諏訪郡原村村長・スピードスケート)、中西真知子氏(大阪府貝塚市議・トライアスロン)を迎え、さらに室伏広治氏(スポーツ庁長官・ハンマー投げ)もビデオメッセージの形で参加した(撮影/阪野弘和)
今回のフォーラムでは、登壇者の皆さんがそれぞれの立場から、政治とスポーツの関わりについて語ってくださいました。事前の打合せも含めて、私も大変勉強になりました。
朝日健太郎さんは、「国会での仕事は法律の制定と予算配分であり、スポーツ施策にも直接影響を与える」と語りました。しかし、現在の仕事のうちスポーツ関連は約10%程度であり、これは今の日本社会の縮図でもあるとのことでした。スポーツ振興を単に訴えるだけでは反発もあるため、ヘルスケアや健康と結びつけることで共感が生まれやすくなるという視点を持たれていました。
また、スポーツは実力主義の世界ですが、政治は民主主義のもとで動いており、多数決が重要であるため、仲間作りが不可欠であるという点も印象的でした。
牛山貴広さんは、引退後スケート教室を運営しながらスケート人口を増やそうと努力したものの、地域のスケートリンクが突然閉鎖された経験から、政治や行政の力の重要性を痛感したそうです。現在、長野県には4人の元アスリート首長が存在し、それぞれがスポーツを活かした政策を進めています。
牛山さん自身も部活動の地域移行を進めていますが、予算不足が課題となっているとのこと。政治家は「やって当たり前」の世界であり、成果を出しても褒められることは少なく、批判されることのほうが多いという厳しさについても語ってくださいました。
中西真知子さんは、女性の働き方や子育て世代の社会活動促進をライフワークとしており、引退後もトライアスロンクラブを経営しながらスポーツの普及に努めています。また、市の「賑わい創出」において、スポーツツーリズムとグルメの融合を検討するなど、新たな試みを行っています。
一方で、行政組織の縦割りが課題であることも実感しており、スポーツを活用したまちづくりには、より横断的な取り組みが必要だと考えています。政治活動と選挙活動は別物であり、市政改善が目的でも、それだけでは選挙には勝てないという現実についても触れられました。
アスリートが政治に関与するには、3つのステップがあると考えています。
関心を持つ - まずは政治がスポーツや社会にどう影響しているのかを知り、関心を持つことが重要です。以前の私は「政治には興味がない」と思っていましたが、今ではそれは「自分たちの国や人生に興味がない」と言っているのと同じことだと感じています。
意思表示をする - 次に、投票に行く、政治に関する意見を発信するなど、自らの意思を示すことが必要です。日本には、アスリートや著名人が政治的な発言をすることをタブー視する風潮がありますが、海外ではスポーツ選手が社会問題について発言することは一般的です。日本でも、自分たちのスタンスを明確にすることは今の社会に必要なことだと感じています。
政治の世界に挑戦する - 最終的には、自ら政治の舞台に立ち、政策決定の場に関与することも選択肢となります。これまで述べてきたように、アスリートも社会の一員として、自らのフィールドを代表して意思表示をし、民主主義の中で議論する必要があると考えています。
フォーラムの様子。松田は現役を退いてから、スポーツと政治は切り離せるものではないと感じるようになったという(撮影/阪野弘和)
私は政治の世界を経験したことはありませんが、政治家という仕事は決して簡単なものではないと想像しています。さまざまな価値観を持つ人々の中で、限られた予算をどう配分するか、既存の法律をどう改正するかを決めることは、大きな責任を伴うものです。その一つひとつが社会に影響を与え、時に厳しい決断を迫られることもあるでしょう。
しかし、だからこそスポーツの持つ力をより多くの人に理解してもらい、社会の中でその価値を最大限に発揮できるようにすることが求められています。スポーツには、人と人をつなぎ、社会に活力を与え、国境を越えた平和の架け橋となる力があります。また、スポーツを通じた地方活性化、心身の健康への貢献、そこから派生する医療費の削減、コミュニティ形成による生きがいの創出といった側面も見逃せません。
スポーツの価値は、競技の場にとどまらず、社会全体に広がるものです。その力を可視化し、多くの人々に理解してもらうことで、スポーツの真の価値を社会に広めることができるのではないでしょうか。
スポーツを通じて、より良い社会をつくるために。今こそ、アスリートが政治に関心を持ち、その力を発揮するべき時なのかもしれません。
文/松田丈志 写真提供/阪野弘和
記事提供元:週プレNEWS
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。