「パリ、テキサス」「ニックス・ムービー/水上の稲妻」、「PERFECT DAYS」と共に今振り返りたいヴィム・ヴェンダースの旅路

このたびヴィム・ヴェンダース監督の代表作である「パリ・テキサス」4Kレストア版が3月14日に発売となる。これを機会に「ニックス・ムービー/水上の稲妻」、最新作にして、カンヌ国際映画祭での受賞(役所広司が主演男優賞、作品としてエキュメニカル審査員賞)も話題となった最近作「PERFECT DAYS」(23)と共にあらためてヴェンダースの世界に浸ってみた。
巨匠の最後の日々を見つめて

「ニックス・ムービー/水上の稲妻」(80)の『ニック』とはハリウッドの巨匠ニコラス・レイ監督のこと。レイと親しかったヴェンダースが、病に冒され死を目前としたレイの姿を捉えたドキュメンタリー、と一言でくくれるほど単純な作品ではない。
「夢の中でも映画を撮らずにはいられない」と、この作品中で語るヴェンダースは明らかに『役』を演じている。演出が入っていることを、ヴェンダースは最初から隠そうとしない。それはレイも同じだ。ドキュメンタリーの形を取った劇映画であることは明らかなのだが、しかし実際にレイに迫っていた死の影は真実なのだ。そして役を演じながらも、尊敬し愛す老映画作家が急激に死に近付いていくヴェンダースが見せる感情も。
全編にわたりレイは赤い、あるいは赤の入った服を着ている。レイ監督作品である「理由なき反抗」(55)でジェームズ・ディーンが着用したことで、映画ファンにとって『青春』と『死』、相反する二つの要素のシンボルとなった赤いジャンパーを想起させずにはおかない。これもまた見事な演出である。
死を目前にした男と、それを虚実交えて映像に記録しようとする男との間の、友情のよう何かが、観るものの魂に触れる。
【パーフェクト】な日々とは

東京、渋谷で働くトイレ清掃員、平山を役所が演じるのが「PERFECT DAYS」。平山は質素な暮らしを送ってはいるが、身近な自然を慈しみ、カセットテープで音楽を楽しみ、読書も満喫している。酒もほどほどに嗜んでいる。金銭的には豊かではないにしても一見すると文字通り‘完璧な日々’を送っている。こんな暮らしも悪くはない。いや、こんな暮らしこそ理想ではないか。最初のうち観客はそう感じる。
だが、物語が進むにつれて平山の過去がうっすらと浮かび上がってくる。ぼくたちは平山が厳しい仕事に耐えきれず、電話の相手に声を荒らげるところも目撃する。ヴェンダースの敬愛する小津安二郎の作った映画の登場人物たちがそうであるように、平山の静かで穏やかな佇まいの中には激しい感情が渦巻いているのである。そのことを完璧に表現するラスト、役所の長時間のクローズアップが、ことさらに素晴らしい。‘完璧な日々’など存在するのか、それとも喜びだけでなく、怒りや悲しみもあってこそ、本当の‘完璧な日々’なのか、そうだとすればレイとヴェンダースが映画を作りながら戯れていた日々は‘完璧’だったのかもしれない。観ていて様々な思いが去来する。
終盤近く、ガンを患い余命短いある登場人物と、平山が影踏みをして戯れる場面は「水上の稲妻」のヴェンダースとレイの姿と重なる。こんなことに気付くのもディスクで続けて鑑賞する醍醐味だろう。
ヴェンダースの旅は続く

そして「パリ・テキサス」。妻子を捨てて失踪した中年男トラヴィス(ハリー・ディーン・スタントン)は久々に再会した幼い息子と共に妻ジェーン(ナスターシャ・キンスキー)のいるヒューストンに向かう。もしかしたら、平山にもおなじような過去があるのではないか?トラヴィスもまた、平山のように寡黙だ(何せ、初めて口を開くのが物語が始まって26分経ってからなのだ)。
伝説のロックバンド、ニルヴァーナのボーカルで若くして自らの命を絶ったカート・コバーンがもっとも愛した映画が「パリ・テキサス」だった。黒澤明が愛した百本の中にも「パリ・テキサス」は入っている。そして「パリ、テキサス」と言えば、ライ・クーダーの素晴らしい音楽。
人生という旅において満ち足りた生活をしているように見えても、どこか満たされていない、決して満たされることのない、魂の渇き。それゆえに続く孤独。アメリカのテキサスと日本の東京、平山とトラヴィス。まったく違う世界で対照的な生き方をしている主人公を描いているようでいて「PERFECT DAYS」は合わせ鏡のような映画なのだ。つまり、ヴィム・ヴェンダースの映画だということだ。
安定よりも『ロード』を選んだトラヴィスの来し方と行く末は、孤独で満たされないものかもしれないし、それでも、いや、だからこそ『パーフェクト』なものなのかもしれない。そのどちらなのか、それとも両方なのか、おそらくヴェンダース自身にも、その答えは出ていない。だから彼は映画を作り続ける。映画を作るという旅は続く。夢の涯てまでも。
文=鬼塚大輔 制作=キネマ旬報社
『パリ、テキサス【4Kレストア版】 4K UHD Blu-ray』
●2025年3月14日(金)発売/価格:6,600円(税込)
1984年/西ドイツ、フランス/本編146分
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:ハリー・ディーン・スタントン、ナスターシャ・キンスキー、ハンター・カーソン、ディーン・ストックウェル
© 1984 Road Movies Filmproduktion – Argos Films Courtesy of Wim Wenders Stiftung – Argos Films
発売・販売元:TCエンタテインメント 提供:東北新社
詳細はこちら⇒https://www.tc-ent.co.jp/products/detail/TCBD-1682
『ニックス・ムービー/水上の稲妻【4Kレストア版】 Blu-ray』
●2025年2月14日(金)発売/価格:5,720円(税込)
1980年/西ドイツ/本編86分
監督:ニコラス・レイ、ヴィム・ヴェンダース
出演:ニコラス・レイ、ヴィム・ヴェンダース、ロニー・ブレイクリー、トム・ファレル、スーザン・レイ
© 1980 Road Movies Courtesy of Wim Wenders Stiftung
発売・販売元:TCエンタテインメント 提供:東北新社
詳細はこちら⇒https://www.tc-ent.co.jp/products/detail/TCBD-1683
『PERFECT DAYS 豪華版5枚組BOX【UHD+Blu-ray+DVD】』
●2024年7月26日(金)/価格:14,300円(税込)
2023年/日本/本編124分
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
© 2023 MASTER MIND Ltd.
発売元:ビターズ・エンド 販売元:TCエンタテインメント 発売協力:TCエンタテインメント、スカーレット
詳細はこちら⇒https://www.tc-ent.co.jp/products/detail/TCBD-1609
記事提供元:キネマ旬報WEB
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