「優勝確率0.4%」から圧巻初V 最高のシンデレラ物語【舩越園子コラム】
PGAツアーの「WMフェニックス・オープン」開幕前、ベルギー出身の32歳、世界ランキング58位で臨んだトーマス・デトリーが優勝する確率は、ブックメーカーの予想では、わずか0.4%と算出されていた。
その小さな可能性を4日間72ホールで“100”に変え、PGAツアー初優勝を挙げたデトリーは、最高のシンデレラ物語を自ら生み出したと言っても過言ではない。ベルギー出身選手による優勝はPGAツアー史上初の快挙。今大会を欧州出身選手が制したのは、史上3人目となった。
デトリーは2位に5打差の単独首位で最終日を迎え、落ち着いたプレーぶりを維持していたが、ベテラン選手たちがチャージをかけ、デトリーとの差を縮めていった。とりわけ、ダニエル・バーガー(米国)の追撃は激しく、デトリーは終盤、バーガーから瞬間的に2打差まで詰め寄られた。
しかし、「最終日は自分の感情をコントロールできるかどうかがカギになる」と前日から語っていたデトリーは、PGAツアー未勝利ながらプレッシャーを跳ねのけて淡々と戦い続け、決して自分のペースを乱さなかった。
バーガーに詰め寄られても、すぐさま15番でバーディを奪い、3打差へ。そして、およそ2万人のギャラリーが詰め寄せたスタジアム型の名物ホール、16番(パー3)が何よりの見せ場となった。
バーガーがティショットをグリーン奥に外した後、デトリーは見事にピンそばを捉え、バーディパットをしっかり沈めてガッツポーズ。ティグラウンドでは、バーガーを応援するUSAコールが鳴り響いていたが、デトリーはそんなアウェイの環境を逆手に取ってモチベーションに変えていた。
バーディを奪い、「どうだ?」と言わんばかりに観客席に向かって左手を挙げ、自ら拍手と歓声を求めた。その姿には、米国では無名に近い欧州出身選手の意地とプライドが溢れ返っていた。
その勢いに押されたかのように、バーガーはボギーを喫し、2人の差は一気に5打差へ広がった。いい流れを作り出したデトリーは、4連続バーディで締めくくる圧巻のゴルフで6アンダー「65」をマーク。2位に7打差のトータル24アンダーでPGAツアー初優勝を挙げた。
ベルギーの首都ブリュッセルで生まれ、大学は米国のイリノイ大学へ。2016年にプロ転向。その年、欧州のチャレンジツアー「ブリヂストン・チャレンジ」で早々に勝利した。
「僕がプロキャリアにおいて優勝したのは、これまではチャレンジツアーの1勝だけ。でも、あのときは12打差で勝った」
以後、『優勝』の二文字からは遠ざかったが、「東京五輪」にも「パリ五輪」にもベルギー代表として挑み、2023年から参戦を開始したPGAツアーでは、着実に成績を向上させていた。昨季は「ヒューストン・オープン」で2位タイ、「全米プロ」では4位タイ、今季は開幕戦の「ザ・セントリー」で5位タイに食い込み、そして2度目の出場となった今大会で、ついに念願の初優勝を挙げた。
「信じられない。キャディのダニエルから『今、この瞬間を楽しめ!』とアドバイスされたことが大きかった。16番のティショットは、グリーン真ん中を狙い、ピンの下に付けさえすればと思って打った。あれほどピンに寄ったことは信じられない。あの一打はきょうの僕のベストショットだった。友人たち、そして家族に見守られながら勝利できたことが何よりうれしい」
ロバート・マッキンタイア(スコットランド)など欧州出身の選手仲間からシャンパン・シャワーで祝福され、愛妻と2人の子どもたちからハグとキスのセレブレーション。
デトリーの優勝は、とてもすてきなシンデレラ物語だった。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)
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