第50回城戸賞大賞作品「祝日屋たちの寝不足の金曜日」全掲載
1974年12月1日「映画の日」に制定され、第50回目を迎えた優れた映画脚本を表彰する城戸(きど)賞。本年度の480作品の応募のなかで大賞に選ばれた「祝日屋たちの寝不足の金曜日」のシナリオ全文を掲載いたします。
タイトル「祝日屋たちの寝不足の金曜日」 山口耕平
あらすじ
政治家の不正疑惑から目を逸らすため、官邸の指示で急遽法改正がされ、その年のゴールデンウィークは9連休となった。しかし、連休まで2日を残した昭和の日、改正対応に振り回されていた総務省の藤野と同僚の芹沢は、休日出勤の途中で条文のミスにより連休の真ん中に平日が残っていることに気づく。
ミスを修正するには国会で改正案を議決する必要があるが、2日ではとても間に合わない。芹沢は日本中が大混乱に陥ることを恐れ、誰にも言わず隠し切ろうとするが、藤野はそれに反発し、告発のため大臣室に飛び込んでしまった。結局、大臣が不在で空振りに終わるが、藤野は政治に翻弄される組織の中で同期を亡くした悔恨から、このミスを公表し、現状を世に知らしめると心に決めていた。
芹沢は、休みを楽しみにする人たちのため、公表した上で改正を間に合わせようと藤野を説得。同じく休日出勤をしていた通信社記者の高岸と大臣秘書の島田に協力を求めた。
芹沢の作戦は翌朝一番に高岸がミスの事実と対応に国会の議決が必要という記事を配信し、全関係者に状況を共有した上で、島田が幹部を招集し一気に意思決定を図るものだった。当初は反発し合いながらも、立場を超え徹夜で準備を進めた4人であったが、編集長の反対で想定通りの記事は配信されなかった。
芹沢は作戦を変更し、取材と称して与野党国会対策委員長と総理に直接必要性を伝えることに。島田と藤野が記者に成りすまし議員会館と首相官邸に潜入。島田は議員秘書に疑惑の目を向けられるも間一髪で逃げ切り、藤野も警備員に怪しまれながらもぶら下がり記者に成りすまし、総理に噛みついて「すぐに議決する」との回答を得て、改正が実現した。
その日の夜、居酒屋に集まった4人は1日を振り返り、互いのミスを非難しあっていたが、9連休を喜ぶ周囲の客の姿に、やり遂げた仕事の意味を認識し、笑顔で杯を交わした。
●登場人物
芹沢悠太(36) 総務省行政管理局、企画調整室、係員
藤野歩美(26) 総務省行政管理局、企画調整室、係員
島田美穂(36) 総務省大臣官房、秘書
高岸一馬(34) 総合通信、政治部記者
潮見啓治(38) 総務省行政管理局、企画調整室、係長
岸辺信一(62) 総理大臣
大内慶三(70) 総務大臣
上牧一郎(80) 民自党、幹事長
原 勝地(78) 民自党、国会対策委員長
細水昭子(64) 改政党、国会対策委員長
柿谷優子(32) 改政党、秘書
デスク
室長
課長
局長
事務次官
○首相官邸・前(夜)
T『2月某日』
到着する黒塗りの車。
上牧一郎(80)、降りて玄関に進む。
○同・エントランスホール(夜)
ホールを横切っていく上牧。
慌てて撮影を開始する、テレビクルーとカメラの前に立つ記者。
記者「えー、いま上牧幹事長が、首相官邸に入りました。岸辺総理の次男の私大不正入学疑惑で政権の求心力が低下する中、打開策について協議するものと見られます」
○同・総理執務室(夜)
ソファーに対面で座る、上牧と岸辺信一(62)。
机には週刊誌の記事『諮問会議就任と引換えに総理の息子を裏口入学?』。
岸辺「(呆れて)本当にふざけた記事ですよ。経済諮問会議の委員は30人もいる。俺がいちいち確認してるわけがない……野党の連中もみんな知ってるくせに」
上牧「メディアは記事を売りたい。野党は俺たちを攻撃したい。ただそれだけだ」
岸辺「……なんにしても、政策には全く関係ない。明日にはぶら下がりで説明しますんで。グループには迷惑はかけません」
上牧「……それで済む話じゃないだろ」
岸辺「! どういうことでしょう」
上牧「真実なんてどうでもいいんだ。国民もメディアも意識するのはイメージだ」
岸辺「イメージで、持たないと?」
上牧「なあ総理。今の状態で、この7月の参院選を乗り切れると思うか?」
岸辺「しかし……」
上牧「なんでもいいんだよ。新しい話題を提供すれば、国民はすぐに忘れる」
と、胸元から資料を出し、机に広げる。
岸辺「(資料を見て)これは……」
上牧「いいアイデアだろ。話題性抜群」
岸辺「しかし……祝日法については、特別法を間もなく国会に提出する段取りで……」
上牧「知ってるよ。大丈夫。俺が課長に電話いれとくから」
岸辺「……」
○合同庁舎8号館・外観(翌日・夕)
高層の建物に夕日が差している。
○同・8階・企画調整室(夕)
事務机に並んで座る藤野歩美(26)と潮見啓治(38)。
藤野、パソコンでメールを書き、添付ファイルに「祝日法の特別法(最終)」を添付し送付。
藤野「よし! (潮見に)送りましたー!」
潮見「お疲れ。やっと政治案件が終わったな」
藤野「副総裁の不倫疑惑から始まり……」
潮見「長かったな……今日は早く帰れよ」
藤野「はい!」
と言いながら、スマホを操作する。
「体調どう? 今日は早く終わるし、ご飯作りに行くよ」と誰かに送る。
斜め向かいの席の芹沢悠太(36)、立ち上がり、室内に向け声を張る。
芹沢「5時から総理会見始まるみたいです!」
潮見「! なんの件で?」
芹沢「祝日法関係っぽいです!」
藤野「え! 今終わったとこなのに?」
× × ×
藤野と潮見、各自のパソコンでワイドショーの中継を見る。
画面の中には会見をしている岸辺。
岸辺「今年のゴールデンウィークを9連休とすることについては、大変ご好評をいただいているところです。そこで、国民の声にさらにお答えする形で、土曜日が祝日の場合でも祝日が振替られるよう、同時に改正することとします。これによって……」
藤野「! これって……」
潮見「まさかこんなタイミングで……」
藤野「法制課に電話します!」
と、電話をとる藤野。
それを斜め向かいから見ている芹沢。
ワイドショーの画面、スタジオに戻る。
MC、解説、ゲスト3人が話している。
MC「よくわからない説明でしたね。つまり、総理は何をしようとしているのでしょう?」
解説「はい。まず先々月、総理は今年のゴールデンウィークを9連休にすると突然宣言しました。日本の祝日は『国民の祝日に関する法律』略して『祝日法』で決まっていますので、これの特別法を作って対応することになっています。具体的には」
と、フリップを出す。
『5/12 34567 89
土日 祝祝祝木金 土日
↓ ↓↓
5/12 34567 89
土日 祝挟祝挟祝 土日』
解説「特別法で今年だけ、4日の祝日を7日に移動します。すると祝日に挟まれた平日が2つできますね。ここで、祝日で挟まれた平日は祝日になるという祝日法のルールを利用して、9連休にするということです」
MC「で、今回は、さらに何を?」
解説「今回はこれと全く別の話で、現在、祝日が土曜日に重なる場合は、祝日の振替はされませんが、振替をするように見直すものです。これは、特別法ではなく、祝日法自体の改正が必要になります」
MC「この突然の宣言。息子の裏口入学疑惑から目をそらすためとも言われていますが、みなさん会見をどう受け取られましたか」
ゲスト1「完全に目眩しでしょう。9連休だって副総裁の不倫疑惑の時に突然出てきた話だし。国民を馬鹿にしてる」
ゲスト2「法律の専門家として言えば、同じ祝日ですが、9連休のためには特別法を作っています。今回は、祝日法そのものの改正なので、全く別の動きになりますから、一緒にすることの意味がわからない」
ゲスト3「いやぁ、僕は素直に嬉しいですけどね。だって祝日の土曜って、損した気分じゃないですか。休みが増えるのはサラリーマンにとっては嬉しいことですよ」
MC「まあ確かに、休みになる分には悪いことじゃないですけどねぇ。疑惑についてもしっかり説明して欲しいもんですね」
○同・外観(深夜)
まばらに電気がついている。
○同・8階・企画調整室(深夜)
深夜1時を回る掛け時計。
事務机に並んで座り、それぞれパソコンで必死に作業する藤野と潮見。
藤野、ふとスマホを見ると誰かから「何時にくるの?」のメッセージ。
藤野、それを見て、頭をかかえる。
気付かずに作業を続ける潮見。
○同・6階・法制課会議室(翌日)
前日と同じ服装の藤野、潮見と法制課係長と担当が資料を手に協議している。
法制課係長「しかし無茶苦茶ですね」
法制課担当「いくら不正入学疑惑から目を逸らしたいからって。法改正なんて」
藤野「(疲れ切り)私たちに言われても」
法制課係長「まあ、それはそうだ」
潮見「一応、概要資料、要綱、案文・理由、新旧対照条文、参照条文、あと法制課さんは関係ないですが、参考として議員説明資料とQAと報道発表資料を用意しています」
法制課担当「すごい! これを一晩で?」
藤野「早期審議、施行が室長の指示なので」
法制課担当「実際に土曜日が祝日に重なるのは再来年なのに」
法制課係長「完全なる政治案件……」
藤野と潮見「……」
○同・8階・企画調整室・会議室(日替わり)
藤野と潮見、室長と課長が向かい合って机に座り、協議をしている。
室長「まあ、こんなとこか。お疲れさん」
藤野「(事務的に)ありがとうございます」
ぼーっと宙を見ている潮見。
課長「いや、これは弱いな」
藤野「(顔をしかめて)弱い?」
室長「(焦って)ああ、確かにQAは……」
課長「いやいや、そうじゃなくて。根拠だよ。なぜ土曜日も振替をしないといけないかの根拠。誰の何のためなんだ?」
藤野「根拠もなにも、これは官邸から……」
室長「(言葉を遮り)確かにそうですね。改正の経済効果とか、その辺りをしっかり検証して資料にしましょう」
藤野「(怒りを抑えて)今からですか」
室長「そんなに大層なものじゃなくて大丈夫だし。な、できるよな、潮見くん」
ぼーっと宙を見続けている潮見。
室長「潮見?」
潮見「(気づき、力なく)あ、はい」
藤野「……」
○同・同・同(日替わり・深夜)
事務机のパソコンで一人作業する藤野。
室内には藤野以外は誰もいない。
壁に掲げられたホワイトボードの潮見の欄に「休み(当分の間)」の表記。
○同・外観(日替わり・早朝)
建物に朝日が差している。
○同・8階・企画調整室(早朝)
壁際のソファーに横になり眠る藤野。
室内には、他に誰もいない。
芹沢、入ってきて、藤野に気づく。
芹沢「!」
机の電話が鳴る。
芹沢、素早く電話を取る。
芹沢「企画調整室。はい。藤野は、いまちょっと。すぐ? わかりました、伝えます」
自分の名前が会話に出たことで目を覚まし、体を起こす藤野。
芹沢、電話を切り藤野の前に行き
芹沢「衆議院の法制局から、最終の法案データを今すぐ送れって。かなり急いでた」
藤野、目をこすりながら
藤野「(眠そうに)はい……送ります」
と、立ち上がって自席まで行き、座る。
芹沢、心配げに藤野を見ながら、藤野の机の斜め向いの自席に向かい座る。
藤野、パソコンのスリープを解除して、フォルダを開き、2つのファイル「祝日法の特別法(最終)」と「祝日法の特別法(改訂)」を見比べ
藤野「えーっと……こっちか」
と言いながら、日付が古い「祝日法の特別法(最終)」を送付する。
藤野ふと、机上のスマホを確認する。
3日前、誰かに送った「体調どう?」、というメッセージが未読のまま。
芹沢「藤野」
藤野「(スマホを見ながら)……はい」
芹沢「よかったら、コーヒー飲んで」
と、机越しに缶コーヒーを差し出す。
藤野「どうも……」
と、力無く受取り、そのまま机に置く。
芹沢「……」
藤野、立ち上がると、ソファーに向かい、倒れ込むように寝転び再び眠る。
○国会議事堂・外観(日替わり)
衆議院議長(声)「これより採決をいたします。本案に賛成の諸君の起立を求めます」
○国会議事堂・衆議院議場
ほぼ全議員が出席し、出席者全員が立ち上がっている。
衆議院議長「総員起立と認めます。よって、本案は全会一致をもって可決されました」
議場の前に座る岸辺や大内慶三(70)らが立ち上がり、礼をする。
大きな拍手が起こる。
○藤野の家・リビング(夜)
藤野、テーブルに座り、パソコンで新聞記事「9連休法案が可決 土曜祝日も振替に」を見ている。
藤野「(しみじみと)おわった……」
机に置かれたスマホが振動し、確認すると、登録していない携帯番号。
藤野、怪訝な表情で電話に出る。
藤野「はい……(驚いた表情で)え!」
メインタイトル
『祝日屋たちの寝不足の金曜日』
○地下鉄丸の内線・車内(日替わり)
T『4月29日 木曜日(昭和の日)』
まばらに乗客がいる車内。
座席に座り眠る芹沢。
芹沢、夢の中で「その前日及び翌日が『国民の祝日』である日は、休日とする」という藤野の声が聞こえ目を覚す。
芹沢「ん、夢か……なんで祝日法の条文を」
と伸びをしながら、車内を見渡し
芹沢「そうか、今日は祝日か」
と腕時計を見ると13時半。
「まもなく霞ヶ関」のアナウンス。
芹沢、身支度をして席を立つ。
○同・霞ヶ関駅・地上の出口
芹沢、地下から出てくる。
○合同庁舎8号館・前
『総務省』のサイン。
芹沢、鞄から名札を出し、首にかけながら敷地に入って行く。
○同・通用口・中
入ってくる芹沢。
受付に警備員1がいる。
警備員1「ああ、芹沢さん。今日も休日出勤ですか? 部屋はもう開いてますよ」
芹沢「誰か来てるの?」
警備員1「ええ、昼過ぎに女性が」
芹沢「了解」と言い、去って行く。
○同・1階・エレベーターロビー
入ってきた芹沢、エレベーターのボタンを押すと、一つの扉が開く。
芹沢、開いた扉に入ろうとして出てきた高岸と鉢合わせる。
芹沢「わ! びっくりした。高岸氏か」
高岸「そんなに驚くなよ。記者の休日出勤なんて珍しくないだろ」
芹沢「休みの日になんの取材?」
高岸「取材じゃなくて、記者クラブで昨日の夜から資料の読み込み。何せ取材に対する総務省の回答がわかりにくくてね」
芹沢「会社ですりゃあいいのに」
高岸「こっちのが居心地がいいんだよ」
芹沢「ふーん。なんにせよお疲れ」
と芹沢、エレベーターに乗る。
高岸、去りながら振り返らず。
高岸「また帰ってくるけどな」
芹沢「(呆れて呟く)もう、家だな……」
エレベーターの扉が閉まる。
○同・8階・エレベーターロビー
芹沢、エレベーターから降りてくる。
○同・同・企画調整室前廊下
『企画調整室』のサイン。
室内からドタバタと音がする。
芹沢来て、音を聞いてから入る。
○同・同・企画調整室
自席の横で、段ボール箱を重ねる藤野。
芹沢入ってきて
芹沢「やっぱり藤野か。何してる?」
藤野「あ、おはようございます。法案の決裁をゴールデンウィーク前に政務課に送らないといけなくて、その準備です」
芹沢「ゴールデンウィーク? それなら明日1日、平日があるだろ」
藤野「明日は打ち合わせが詰まってて」
芹沢「……法案って、まさにそのゴールデンウィークを9連休に変えたやつか」
藤野「そうです。途中で急遽変更された」
芹沢「究極の政治案件……だな」
藤野「……」
芹沢、ため息をつきながら
芹沢「さんざんこき使われて、最後まで休日出勤。俺ら国家二種の宿命だな」
藤野「そうなんですかね……でも、芹沢さんも休日出勤よくしてますよね」
芹沢「俺らみたいな10年選手は、もう癖になっちゃってるんだよ。でもこれからを担う若手職員はそれじゃダメだ」
藤野「あー……でも、もういいんです」
芹沢「え?」
藤野「私……もうやめようと思ってて」
芹沢「……」
藤野「昔は、同期が首相レクに参加したって聞いて、自分もいつかは、って思ってたんですけど。毎日振り回されて、徹夜で調整して、こんな生活もういいかなって」
芹沢「そうか……」
藤野「……やっぱり、反対しないんですね」
芹沢「どういう意味?」
藤野「いや、なんとなく芹沢さんなら反対しないかなって思って正直に言いました」
芹沢「とても止められない。藤野の言うとおり、この組織はおかしい……」
藤野「……芹沢さんは、辞めないんですか?」
芹沢「辞めてもいいけど……辞めたら、毎日イライラしちゃいそうで……」
藤野「イライラ? どうして?」
芹沢「この世の中には、まだまだいっぱい苦しんでる人がいるけど……ここにいれば、その人たちのことを『助けよう!』って思える。だって、それが俺たちの仕事だから」
藤野「(何かを思い出し)!」
芹沢「でも、もしやめたら、『誰か助けろよ!』って思うだけになる。苦しんでいる人のために、直接何かをすることはできない。それが、なんかしっくり来なくて」
藤野「……芹沢さんは公務員の鏡ですよ。仕事も優秀だし」
芹沢「まさか……(呟くように)優秀なら、ここで祝日屋なんてやってないよ」
藤野「え?」
芹沢「なんでもない……早く片付けて帰れよ」
藤野「了解です」
藤野、資料整理を再開する。
藤野の机には芹沢が以前渡した缶コーヒーがまだある。
芹沢、缶コーヒーをチラリと見てから、自分のデスクに座り、パソコンを開く。
○首相官邸・総理執務室
ソファーに対面で座り、世論調査の結果を見ている上牧と岸辺。
上牧「9連休のおかげで、支持率が戻ってきた。これで7月の参院選は乗り切れるな」
岸辺「でも……こんなことは何度も……」
上牧「(言葉を遮り)何度でもするんだよ 選挙に勝てなきゃ、意味ないんだから」
岸辺「(勢いに負け)……はい」
上牧「祝日に悪かったな。この結果をすぐに見せたくてな……じゃ、また明日」
と、席を立ち、部屋を出ていく。
岸辺、突如机の資料を鷲掴みにし、ぐちゃぐちゃに丸め、壁に投げつける。
岸辺「(息を荒げ)はぁはぁ」
○合同庁舎8号館・8階・企画調整室
芹沢と藤野、それぞれ自席でパソコンに向かって作業している。
芹沢、ふと腕時計を見る。
15時30分を示す腕時計。
芹沢「(独り言)もうこんな時間か。(斜め向かいの席の藤野に)まだやってんのか?」
藤野、必死の形相でパソコンの画面を見ていて、芹沢の問いかけに呟く。
藤野「私、やってしまったかも」
芹沢「! なに? どうした!」
芹沢、立ち上がり、急いで藤野の後ろに回り、パソコン画面を確認する。
『国民の幸福で豊かな生活形成を図るため時限的に祝日を確保する法律』というタイトルの文書が開かれている。
芹沢「9連休のために作った祝日法の特別法? これがどうかしたのか?」
藤野「わたし……やっちゃったかもしれないです。間違ったかも……」
芹沢「(少しイラついて)だから何が?」
藤野「ここ」
藤野、震える手で画面を直接指差す。
画面には『同法第3条第3項の規定の適用があるものとする』とある。
芹沢、何かに気づき
芹沢「(焦り)まさか、そんな」
と藤野を押しのけパソコンで検索し、参議院のページで祝日法の条文を開く。
芹沢「やっぱりそうだよな。最新の祝日法では、この規定は『4項』に変わってる」
芹沢、何かを思いつき。
芹沢「このデータは本当に最新?」
藤野「国会で議決されたものです」
芹沢「原本を確認しよう。最終版はどこ?」
藤野、段ボール箱を指差す。
芹沢、それを持ち上げ
芹沢「打ち合わせスペースでやろう」
と二人で窓際の打ち合わせ机に移動し、段ボールを机に置き、座る。
芹沢「落ち着いて整理しよう。まず、この特別法は、9連休のために、今年だけ5月4日のみどりの日を7日に移動させる法律だ」
藤野「その通りです」
芹沢「そして、重要なのは、移動することで『祝日と祝日に挟まれた平日』を2つ作ることだ。なぜなら、祝日法3条3項の『その前日及び翌日が『国民の祝日』である日は、休日とする』という規定で、平日が祝日になるから。でもこれは、特別法で移動した祝日には自動的には適用されない」
藤野「はい……だから、特別法の中に、移動する祝日についても祝日法の3条3項の規定が適用されると規定しました」
芹沢「ただ……『3条3項』は変わることになった。新たな官邸の指示で、土曜日が祝日の場合にも振替休日を確保する条文が3項にきたから、4項に移動してしまった」
藤野「(力無く)はい。だから、特別法は4項に修正したつもりだったんですが……」
芹沢「……特別法の最終版の原本を見せて」
藤野、段ボールから青いファイルを取り出し、開き、芹沢の前に示す。
そこには『3項』とある。
芹沢、大きく深呼吸し目を閉じる。
○同・1階・警備員控室
警備員1、2が休憩でお菓子を食べながらテレビのワイドショーを見ている。
画面ではMCとゲストが話している。
MC「さあ、ここからは明後日から始まる、ゴールデンウィーク特集です! ちなみにゲストの皆さんのご予定は?」
ゲスト3「映画を毎日3本見る予定です!」
ゲスト1「私、初めてソロキャンプに挑戦しようと思ってます。長野に行きます」
ゲスト2「私は、子供達も休みなので、初めて家族で海外旅行に行こうと思ってまして」
MC「さーっすが、弁護士さんはリッチですねぇ。羨ましい。でも、予定がない方も大丈夫。ここからは、関東近郊のおすすめスポットをご紹介していきますよー!」
警備員1「景気いいねぇ」
警備員2「俺らには関係ないわな」
○同・8階・企画調整室
打ち合わせスペースで必死に資料を見ながら話す芹沢、藤野。
芹沢「すべてはあのバタバタのせいか」
藤野「国会に特別法を送った直後、突然、土曜の祝日も振替休日を認めろという話が」
芹沢「通常ありえないタイミングだ」
藤野「すぐに、特別法の修正をしたんですが。私が寝ぼけて古いデータを送ってしまっていたみたいで」
芹沢「うちの調査担当のチェックは?」
藤野「CCで笹川さん宛てに送っていました」
芹沢「笹川さん……じゃあ、だれも見ていないってことか」
藤野「はい、メンタルで休み出したタイミングで。うちの潮見係長も同じく……」
芹沢「でも、両院の法制からのチェックも来るのに、誰も気づかなかったのか?」
藤野「みんな、限界状態で……」
芹沢「まずいな。議決された条文が間違っていたということは、このままじゃあ……」
芹沢、藤野をしっかりと見て
芹沢「9連休がなくなる」
○同・12階・秘書課前廊下
『秘書課』のサイン。
○同・同・秘書課
手前に受付と執務スペース、奥に大臣室への扉がある。
受付に島田美穂(35)が座り、奥の執務スペースに秘書課長が座っている。
大内、資料を手に大臣室から出てきて
大内「ちょっと、君」
島田「(立ち上がり)はい」
大内「(資料を見せて)この総理への説明資料、やっぱり1ページにまとめた方がいい。すぐに担当課に伝えてくれ」
島田「以前、問題ないと回答をいただいて、すでに内閣府に送ってしまっていますが」
大内「ええ? まだ早いだろ」
島田「3開庁日前がルールなので」
大内「いいよそんなルール。総理がわからないと意味がないだろ。すぐに連絡して」
島田「(不満げに)……はい」
大内「あと、ゴールデンウィーク、やっぱり6日は出てくることにしたから」
島田「! 6日ですか……」
大内「そうそう。その日、カミさんがいないからちょうどいいなと思って」
島田「……」
大内「今日もノってきたから、資料全部見ていくよ。10時くらいまでかかるかも」
と大臣室に戻っていく。
島田、振り返り、秘書課長に
島田「聞いておられましたか?」
秘書課長「(冷たく)ああ。6日、お願いします。また代休取ってくれたらいいよ」
島田「(やるせない表情)……」
秘書課長「そうだ。あと、この間借りてたボイスレコーダー返しといてね」
島田「……」
○同・外観(夕)
夕日に照らされる建物。
○同・8階・企画調整室(夕)
一人自席でパソコンに向かう芹沢。
窓から夕日が差し込み、顔を照らす。
芹沢「(独り言)やっぱり、無理だな……」
芹沢、立ち上がり、窓際に行き、夕景と眼下の国会議事堂を眺める。
芹沢、扉のノック音に気づき、見る。
扉が開き、島田、入ってくる。
島田「やっぱりいた。好きだね、休日出勤」
芹沢「! なんだよいきなり。そっちもだろ」
島田「私は大臣の随行で仕方なく」
芹沢「そうですか。で、なんの用?」
島田「借りてたボイスレコーダー返しに来た」
と、レコーダーを渡す。
芹沢「レコーダーくらい買えよな。天下の大臣官房なんだから」
島田「あるんだけど、大臣に詰め寄るしつこい記者対策で全員持つことにしてたの。もう解決したけど……で、何を黄昏てるの?」
芹沢「考え事だよ。色々と」
島田「ふーん……」
島田、扉の開く音を聞き話を止める。
藤野、室内に入ってくる。
藤野「買ってきま……(島田を見て)あ」
島田「今日は一人じゃないんだ……」
芹沢「ああ、ちょっとね。(藤野に)この人は大臣秘書の島田さん。俺の同期」
感情なく頷く藤野。
芹沢「(島田に)何の話だっけ?」
島田「いや、何でもない。私帰るわ。今日も深夜までお付き合いだし。お邪魔しました」
と部屋を出て、扉を閉める。
芹沢「……」
藤野、肩にかけていたエコバックを窓際の打ち合わせ机の上に置く。
芹沢「ありがとう」
とバックの中身を出すと、中身はボトルのお茶1つとおにぎり2つ。
芹沢「藤野の分は?」
藤野「食欲が湧かなくて。お気持ちだけいただきます」
と、芹沢にICカードを返す。
芹沢「それはわかるけど、ちょっとお腹に入れておいたほうがいいよ。座って」
藤野、力なく座る。
芹沢、自分の席からコップを持ってきて向いに座り、コップにボトルのお茶を自分用に半分入れ、おにぎり一つと半分残っているボトルを藤野に渡す。
藤野「お父さんみたいですね……」
芹沢「年齢的にはお兄ちゃんだろ」
芹沢と藤野、食べながら話す。
芹沢「でも、やっぱり、どう法解釈をしても、挟まれた日が祝日になるとは読めないな」
藤野「……じゃあ、課長に連絡を?」
芹沢「(とぼけた顔で)ん?」
藤野「えっ? 報告しないんですか?」
芹沢「……」
藤野「まさか、隠そうと?」
芹沢「報告したところで、どうしようもない。そもそも、室長、課長から大臣まで報告していくだけでも1週間はかかるんだから。そのうちに休みは終わってる」
藤野「だからって……」
芹沢「それに、きちんと対応するなら、法改正が必要だ。国会の衆参両院で本会議を開催して、国会議員が出席し、議決を経なければいけない」
藤野「それは、そうですが……」
芹沢「今日は4月29日の昭和の日。そして明後日からもうゴールデンウィークは始まる。つまり……唯一の平日である、明日中にその手続きを全てしないと間に合わない」
10秒ほどの沈黙。
芹沢「そんなこと、できるわけないだろ」
○総合通信本社・外観(夕)
高層ビル、多くの窓に明かりが灯る。
デスク(声)「そんなこと、できるわけないだろ」
○同・編集室(夕)
資料が積まれた机が並ぶ執務室の一角で立ち話をする高岸とデスク。
高岸「でも、国交省担当なんかは、官邸パスも持って両方に取材を……」
デスク「お前はダメ! 総務省専門だ!」
高岸「効率性から言っても……」
デスク「お前、こないだも総務大臣のとこ飛び込んだんだろ? クレームが来てんだよ、そんなやつが官邸に入れるわけないだろ!」
高岸「あれは、言い訳をするから……」
デスク「それより、上から言われた大臣家族のペット虐待疑惑はどうなってんだよ」
高岸「あんなの取材する意味ないでしょ。もっと国民にとって価値のある報道を……」
デスク「俺だってそう思うよ! でもやりたいことがあるなら、上の言うこと聞けよ!」
高岸「……」
× × ×
机に座り、宙を見つめる高岸。
同僚がバタバタと働いている。
ふと立ち上がり、壁のホワイトボード上の自分の所在を示す磁石を『記者クラブ』に変えて去る高岸。
○同・8階・企画調整室(夜)
暗い執務室で、窓際の打ち合わせ机の周りだけ照明がついている。
藤野と芹沢、そこに向かい合って座る。
表情は硬く、お互い腕を組んでいる。
藤野「隠し通すつもりですか?」
芹沢「公表する必要がないと言ってる」
藤野「同じことです」
芹沢「じゃあ、何千万人もの国民を大混乱に陥らせたいのか? それに、俺たちも無傷じゃあ済まない。メディアに叩かれ、検証会議を開き、半年は休みなしだ」
藤野「……」
芹沢、一度、窓から眼下の国会議事堂を眺め、視線を藤野に戻し
芹沢「もし、大混乱が起これば、岸辺政権は確実に崩壊する。なんなら、政権交代だってあり得る。俺たちがそのきっかけを作ることになっていいと思うか?」
藤野「……」
芹沢「気付いているのは、今、世界中で俺ら2人だけだ。このまま進めばいいんだ」
藤野「……」
芹沢「もういい。もう遅いし帰ろう」
芹沢、席を立ち、自席に戻る。
藤野、それを追うように、青いファイルを手に席を立って自席に戻る。
芹沢、パソコンの終了操作をする。
「バタン」という扉が閉まる音。
芹沢、藤野の席をみると、誰もいなくなり、青いファイルもない。
芹沢「(独り言)どこに……」
と席を立ち、何かを思いつくと「まさか!」と廊下に向かって駆け出す。
○同・12階・秘書課(夜)
受付に座りカレンダーを見る島田。
奥の執務スペースには誰もいない。
島田「(イライラして独り言)いったいどこで代休とるんだよ。大臣は毎日来るのに」
廊下側の扉が突然開く。
青いファイルを持った藤野、入ってきて、受付に来て
藤野「すみません! 大臣にお話が」
島田「! あなた、さっきの」
藤野「企画調整室の藤野です」
島田「大臣? アポないよね?」
藤野「ないですが、緊急の用事で」
島田「何言ってるの?」
藤野「本当に緊急で、どうしても……」
島田「無理です。総務を通して」
藤野「日本中の人に影響することで」
島田「どういうこと? 説明して」
藤野「それは……ここでは」
島田「では、帰ってください」
藤野「いらっしゃいますよね!」
藤野、大臣室への扉上部の小窓の灯りを見ながら言う。
島田、立ち上がり
島田「いい加減にして! 何訳のわからないこと言っているの。遊びじゃないのよ! そんな簡単に通せません!」
藤野、少し後ろに下がり
藤野「(不本意そうに)……わかりました」
と、廊下の方に向いて歩き出す。
それを見た島田、席に座る。
廊下への扉の前に来た藤野、振り返り、突然大臣室の扉に向かって走り出す。
島田「! ちょっと、なにしてるの!」
島田、立ち上がる。
廊下側の扉が開き、芹沢、入ってきて
芹沢「(藤野に)おい! やめろ!」
藤野、大臣室の前に来て、ドアノブに手をかけたところで、動きを止める。
島田、藤野と芹沢を交互に見る。
藤野「(振り返り)公表しましょう!」
芹沢「なんで公表にこだわるんだ?!」
藤野「公表しなきゃ変わらない!」
芹沢「落ち着けって!」
藤野「止めないで!」
藤野、ノブを回し、大臣室に入る。
○同・同・大臣室(夜)
20畳ほどの、大きなデスクとソファーセットがあり、壁際に豪勢な棚とアートが飾られた部屋。
照明が付いているが、誰もいない。
入ってきて、呆然と立ち尽くす藤野。
芹沢と藤野、遅れて入ってくる。
島田「(冷たく)先ほど帰られました。在室かどうかがわからないように、電気はいつもつけるようにしてるの」
芹沢「藤野。戻って話そう」
藤野、答えず、動かない。
島田「何? 男女関係のもつれ?」
芹沢「違うよ。仕事。ちょっともめてね」
島田「(疑って)ふーん。大変ね」
芹沢「藤野、とりあえず出よう、な」
芹沢、藤野が胸に抱えていた青いファイルを取り、大臣室を出る。
藤野、渋々芹沢についていく。
○同・同・秘書課(夜)
藤野、芹沢、廊下に向かう。
島田、大臣室から扉越しに
島田「(慇懃無礼に)あの、芹沢くん」
藤野と芹沢、立ち止まり、振り返って
芹沢「はい……」
島田「今、誰もいなかったからいいけど、これって、結構大事件だよ。もしSPがいたら……そこはわかってる?」
芹沢「はい。すみません」
と芹沢だけ頭を下げる。
島田「私は変に報告したりしないけどさ、ちゃんと状況をまた教えてね」
芹沢「わかりました」
島田「(笑顔で)お幸せにー」
芹沢「(呆れて)……」
○同・8階・企画調整室(夜)
芹沢、藤野入ってくる。
藤野、無言で自席に向かい、座る。
芹沢も自席に座り、青いファイルを机に置くと、藤野を見る。
芹沢「……なんでそこまで公表にこだわる。公表したってしょうがないだろ」
藤野「……」
芹沢「この国をめちゃくちゃにして、なんの意味がある?」
藤野「(涙ぐんで)この国は……この国は一度めちゃくちゃになったほうがいい!」
芹沢「! 何言ってんだよ」
藤野「週刊誌がありもしない記事を掲載して、それを隠すために新法を作って、国民は狙い通りまんまと忘れて……狂ってる」
芹沢「……」
藤野「誰のための、なんのための法律ですか? 総理のため? メディアのため? 国民のためでは絶対にない!」
芹沢「……でも、公表しても一緒だろ」
藤野「どれだけおかしなことが行なわれているか、それを明らかにする」
芹沢「それなら、後でもいいだろ」
藤野「それじゃあ誰も真剣に考えない。実際に国中が大混乱になって……やっと、初めて一人一人が考えるようになる」
芹沢「でも、それで誰のためになる。みんなが困るだけだろ」
藤野「いつかは、この国のために……国民のためになるはず!」
芹沢「……違うだろ?」
藤野「えっ?!」
芹沢「……同期の敵討ちじゃないのか?」
藤野「!」
芹沢「聞いたよ、4年目の子が、この春に亡くなったって……」
藤野「(泣きながら)彼は熱い思いを持って……必死で。なのに、この組織が……」
芹沢「……」
藤野「このままじゃ、何人死んだって同じ! この国は、ずっと変わらない!」
芹沢「わかった。わかったよ……でも、本当に日本のためを思うなら、単に公表するのは、違うんじゃないか?」
藤野「……じゃあ、どうしろと! このまま隠しておいて、後ですみませんでした? それじゃあこれまでと同じ。犠牲を伴っても、今、公表すべきなんですよ!」
芹沢「……もしかしたら、犠牲をなくす方法があるかもしれない」
藤野「え!?」
○合同庁舎8号館・外観(夜)
多くの窓に明かりが灯る。
○同・3階・記者クラブ前の廊下(夜)
『総務省記者クラブ』のサイン。
○同・同・記者クラブ(夜)
プレスリリースを投函するポスト、簡易な壁で仕切られた各社のデスクブース、打ち合わせ机がある。
総合通信と書かれたブースで、パソコンに向かっている高岸。
室内には他には誰もいない。
ノックに続き、扉を開けようとする音。
高岸立ち上がり、扉の前に移動し
高岸「はい、どなたですか?」
芹沢(声)「あー。高岸氏。いてよかったー。ちょっと話があってさ。鍵あけてよ」
高岸「芹沢? なんの件?」
芹沢(声)「詳しくは中で話すよ」
高岸「……いやだ。お前がこんな時間に来たってことは碌な話じゃない」
○同・同・記者クラブ前の廊下(夜)
扉の前に立つ芹沢と藤野。
芹沢「いや、違うって。えーっと、そうだ。なんか女の子紹介してって言ってただろ?」
藤野「!」
高岸(声)「え? そりゃ、言ってたけど」
芹沢「今ここにいるんだよ」
高岸(声)「えっ!?」
藤野「(小声で)セクハラですよ!」
芹沢「(小声で)しょうがないだろ。合わせて! (大声で)挨拶して」
藤野「ふ、(声色を変えて)藤野でーす」
○同・同・記者クラブ(夜)
高岸、扉を開錠し、戸を開ける。
芹沢と藤野が立っているが、藤野、不機嫌な表情で高岸を睨みつけている。
高岸「!」
芹沢と藤野、部屋に入ってきて
芹沢「(笑顔で)お邪魔しまーす」
藤野「(低い声で)どうも」
高岸「(呆れて)まただましたな」
芹沢「ちょっと相談があってさ。とりあえず座ろうよ」
と、藤野と高岸を打ち合わせテーブルに誘導し、3人で座る。
× × ×
高岸「ちょっとまって、ちょっとまって!」
混乱して頭を抱える高岸。
高岸「それが本当なら、9連休の真ん中にぽっかり穴が開く。6日が平日? ウソだろ」
芹沢「残念ながら本当だ。そして全国民がその影響を受ける。この一文字のミスで」
高岸「そんなふざけた話聞いたことないぞ、どえらい記事になるぞ」
芹沢「おそらくね」
高岸「(何かに気づき)ん? でも……一体なぜ俺に?」
芹沢「……ちょっとお願いがあるんだ」
芹沢と藤野、高岸をじっと見る。
高岸、深くため息をつく。
○同・12階・秘書課(夜)
受付に座り、スマホをいじる島田。
芹沢、藤野入る。
島田「遅い。いきなり電話してきて、なに?」
芹沢「ちょっと先に記者クラブによってて」
高岸、入る。
島田「! ちょっと! なんで総合通信の記者がいるの? また不法侵入?」
高岸「不法侵入とは聞き捨てならないな。あれは適法な取材行為だ」
芹沢「4人で話がしたくて」
島田「どういうこと? 突然、彼女と熱々なとこを見せたり、記者連れてきたり」
高岸「彼女と熱々?」
藤野「私、彼女じゃないです」
島田「そうなの?」
芹沢「それはもういいよ。そんなことより、本当に熱々の事件が起こってて、ちょっと協力して欲しいんだ」
島田「また? 私嫌だよ変なことするの」
芹沢「変なことじゃないよ、ちょっと手伝って欲しいだけだよ」
島田「手伝い?」
× × ×
受付横の打ち合わせ机に座る4人。
島田「いやだ! 私、絶対手伝わない!」
芹沢、焦りながら
芹沢「(高岸と藤野に)大丈夫。ここまでは想定内。(島田に)なあ、島っち、今回は総合通信も手伝ってくれるんだし、ね」
島田「だから余計に嫌! この人大っ嫌い!」
高岸「(芹沢に)これも想定内?」
芹沢「これは……え! そうなの?」
島田「こいつがさっき言ったしつこい記者!」
芹沢「! ……(高岸に)言っといてよ」
高岸「お前が無理やり連れてきたんだろ」
島田「何にしろ、私、もう帰るし」
芹沢「ちょっと待って。このままだと、9連休がなくなるんだぞ!」
島田「私、別に用事ないし、出てくる」
芹沢「……」
島田「そもそも、公表しなけりゃいいじゃん。何でそんな馬鹿正直なわけ」
藤野「……」
高岸「でも、俺、もう知っちゃったしね」
島田「(高岸に)それこそ協力しなさいよ!」
高岸「黙っとけってか? 無理に決まってるだろそんなの!」
島田「終わってから報道すればいいでしょ」
高岸「……もういいや、帰るわ」
と高岸、立ちあがろうとする。
藤野「あの!」
3人、藤野を見る。
藤野「私は、今すぐにでも公表したらいいと思ってます。そうやって、国民にこの国の限界を知ってもらうべきです!」
高岸「じゃあ、話は決まったな。そもそも、政権を助けるような真似はしたくない」
と、立ち上がり、背中をむける。
島田「私も同じ。知ったこっちゃない」
芹沢、突然立ち上がり、大声で
芹沢「俺だって、どうでもいいよ!」
他の3人「!」
芹沢「政治家もこの組織も、メディアだって、俺にとっては全部どうでもいい! どうなったっていい! 馬鹿な国の馬鹿な組織が潰れたって知ったこっちゃない!」
高岸、振り返り、芹沢を見る。
藤野と島田も真剣に芹沢を見ている。
芹沢「でもその後ろに……いっぱいいるんだよ! この休暇を楽しみにしてる人が! このどうしようもない馬鹿な国で毎日必死に生きてる人が! 俺は……俺はその人たちを幸せにするためにここに入った!」
藤野「……」
島田「……」
高岸、無言で席に座り
高岸「カッコつけんな。おれだって同じだ」
藤野「私も……最初はそうでした」
島田「多分私もそうだった。もう忘れたけど」
高岸「ま、できるだけの協力はするよ」
芹沢「……」
× × ×
受付横にある打ち合わせ机に座る藤野、島田、高岸。
横のホワイトボードの前に立つ芹沢。
芹沢「改正に反対する人はいない。条文もすぐ作れる。最大の問題は?(島田を見る)」
島田「世界一時間のかかるこの国の決裁?」
芹沢「その通り。大臣や首相に相談に行く前に、うちの幹部が色々と調べろと指示を出し、対応してる間に1日は終わる」
島田「でも、どうしようもなくない?」
芹沢「いや、方法はある。まず、明日中に法改正がいる、つまり、国会で議決しないとどうしようもないことを、朝一番でうちの幹部から、総理、国会議員まで、全員に知らせる。その上で動き出せば、きっとなんとか間に合う」
藤野「それは、どうやって?」
芹沢、高岸を見る。
高岸「えっ? なに?」
芹沢「明日の朝、総合通信が速報する。明日中に国会で議決が必要だって」
藤野「確かに。それなら、全員に情報が入る」
島田「大臣もすぐに動き出すか」
高岸「ちょっと、ちょっと待てよ。俺は、今日の夜にも報道するつもりだけど」
芹沢「ダメだ。夜に騒ぎ出すと、大臣が個別の幹部に連絡して、収拾がつかない。朝の出勤前、6時頃がベストだ」
高岸「プレスリリースじゃねーんだからな」
島田「協力してくれたっていいじゃない」
高岸「いや、だけど……」
藤野「(手を合わせ)お願いします!」
高岸「わかったよ。でも、記事の内容は、編集長が決める。約束はできないからな。特に俺は、信頼されてないから」
島田「でも、報道があったとしても、幹部連中をうまく動かせる? みんな自由に動いて、何度も同じ話して、大変だよ」
芹沢「そこは考えてる。後で説明するよ」
藤野「あの、あと、改正に必要な資料はどうするんですか? 前作成した時でも半日以上かかりましたけど……」
芹沢「もちろん、今から徹夜で作る」
藤野「(悲壮な顔で)やっぱり……」
島田「お疲れ様」
芹沢「いやいや、もちろん島っちにも手伝ってもらうよ」
島田「えっ! なんで」
芹沢「決裁、経緯まとめ、判例整理、記者会見のQA作成とやることは山盛りだろ」
島田「あのさぁ、私は、今日の昼からずーっと働いてるんだけど」
芹沢、藤野、高岸が同時にそれぞれ「俺も」、「私も」という。
島田「わかったよ……ここにいるのは休日出勤好きの変態ばっかなのを忘れてた……」
芹沢「OK。それで、資料もできれば」
藤野「持ち回り閣議、本会議、議決、公布、そして即日施行ですね」
島田「本当にそんなにうまく行くの?」
芹沢「うまく行くようにするしかない」
高岸「あのさぁ……」
芹沢「ん? なに?」
高岸「いや、その間、俺ってどうすれば?」
芹沢「高岸氏は、朝、報道さえしてくれればそれでいい」
高岸「(残念そうに)へぇ、そっか……」
島田「何かしたいの?」
高岸「まさか……」
藤野「なんか、物足りなさそうですね」
芹沢「もしよかったら、何か……」
藤野「たとえば、記者会見のQAとか」
高岸「QA!?」
島田「それいいじゃん! だって、いっぱい意地悪な質問思いつくだろうし」
高岸「(不機嫌に)それって嫌味?」
島田「(笑顔で)あ、わかった?」
芹沢「でも、本当にいいかも」
高岸「……別にいいよ。いつも総務省の回答には不満があるしな」
芹沢「よし! じゃあ決まり!」
○同・8階・企画調整室(深夜)
芹沢と高岸、入ってくる。
高岸はパソコンを抱えている。
芹沢、自席のパソコンを持ってきて高岸と窓際の打ち合わせ机に向かう。
高岸、向かいながら室内を見て。
高岸「結構、子綺麗にしてるんだな」
芹沢「子綺麗というか、メンタル休みが多すぎて、机が空いてるだけだよ……」
高岸「! まじか。これ全部? やばいな」
芹沢「もう限界だよ……」
打ち合わせ机に来た二人。
机に対面で座り、パソコンを開く。
芹沢「よーし」
高岸「じゃ、やるか!」
○同・12階・秘書課(深夜)
藤野と島田、ノートパソコンや資料を持ってきて、打ち合わせ机に置く。
島田「さあ、やるよ!」
藤野「はい!」
というと、向かい合って席に座り、それぞれ作業を始める。
○同・8階・企画調整室(深夜)
机に対面で座る芹沢と高岸。
芹沢、紙資料を読み込み
芹沢「うーん。さすが記者。こんな嫌味な質問なかなか思いつかない……」
高岸「褒めてんのかよ」
芹沢「たぶんね。回答もセットで助かるよ」
高岸「……お前らはいつもこんなことばっかりしてんのかよ」
芹沢「そうだけど。なんだ、無駄だってか? そっちが聞くから仕方ないだろ」
高岸「いや、大変だなと思ってな。これから、質問には気をつけようかな」
芹沢「そうしてくれよ。これを上げていくのがまた大変なんだから。総理の目に触れるまで何十人もチェックするんだからな」
高岸「! これも全部チェックされるのか?」
芹沢「普段はな。でも、明日はそれどころじゃないから、後ろの方がすっ飛ぶかもな」
高岸「! じゃあさぁ……一つ仕掛けてみないか」
芹沢「ん?」
○同・12階・秘書課(深夜)
島田、藤野、机の上の大量の書物を見ながら、パソコンを操作している。
壁にかけられた時計は深夜2時。
○同・8階・企画調整室(深夜)
打ち合わせスペースに向かい合って座り、パソコンを操作する芹沢、高岸。
芹沢、ふと顔をあげて。
芹沢「そういや、記事ってうまくいきそう?」
高岸「ああ、さっきまとめてデスクに送ったけど……あ、コメント来てたわ……」
芹沢「どう?」
高岸「やっぱ、一筋縄では行かないわな」
芹沢「……」
高岸「すぐ戻って交渉する。こっちは、もういいな」
と、鞄を持ち立ち上がる高岸。
芹沢、立ち上がって
芹沢「ああ、大丈夫。記事を頼むわ」
高岸「努力はする。でも、正直わかんないわ。おれ、デスクの信用ないからな」
芹沢「やっぱ、3年前のあれか……」
高岸「ま、あれだけじゃないけどな。今でも重要な取材は他のやつが担当してる」
芹沢「……」
高岸「せいぜい祈っててくれ」
と部屋を出ていく高岸。
ふと時計を見る芹沢。
午前3時を指す時計。
芹沢、眼下の国会議事堂を眺める。
○同・外観(早朝)
建物に朝日が差している。
T『4月30日 金曜日』
○同・12階・秘書課(早朝)
缶コーヒーを飲みながら、窓から朝焼けを見る島田。
藤野やってくる。
島田「コーヒーいる? 机に置いてるよ」
藤野「あ、あります(缶コーヒーを見せながら)3月に芹沢さんにもらってたやつ」
島田「えらく寝かしてたんだね」
藤野「当時は飲む気力もなくて……」
島田「大変だったね……」
缶コーヒーを飲みながら話す二人。
藤野「……(朝焼けを見て)綺麗ですね」
島田「……何度この景色を目にしたことか」
藤野「今日も、何人もいるんでしょうね……徹夜で仕事をしている職員が」
島田「ほんと……バカな国だよ」
藤野「お国柄、ですかね」
島田「でも昔は、ここまでひどくはなかった」
藤野「え? 今よりハードだったんじゃないんですか?」
島田「肉体的にはね。でも……自分たちが正しいと思うことができていた」
藤野「……」
島田「今は……政治家が、国民がいいと思うだろうと思うことを命じられてしているだけ。やりがいを見つける方が難しい」
藤野「……」
島田「心を壊すか、やめるかどっちかだね」
藤野「心を壊す……」
島田「……芹沢くんも、一度潰れたの」
藤野「! そうなんですか?」
島田「昔はもっと、何ていうか、鋭かった。性格も、話し方も」
藤野「確かに……実は5年前、就職ガイダンスの時、話していたのが芹沢さんで」
島田「! そうなの?」
藤野「昨日思い出しました。苦しんでいる人を直接助けることができるのが私たちの仕事だって話してくれて。私、それでここに入ったんです。同期もみんなそうだった」
島田「そっか……彼は熱かったからね。私たちの同期一の出世頭で大臣官房のエースだった。でも……3年前に心を壊して」
島田、缶コーヒーを飲み終え、近くの机に置く。
藤野もそれに倣う。
島田「大臣官房が開発した補助金のアプリ『コマド』。あれを担当してた」
藤野「個人情報が漏洩した?」
島田「そう。委託先のミスが原因で……その時、対応を一手に引き受けたのが彼だった。内部の人間は、みんな責任回避で逃げる中、なんとか漏洩被害を防ごうと」
藤野「ひどいですね」
島田「総合通信が最初にミスの情報をつかんだけど、情報拡散を防ぐために報道するタイミングを調整してくれたらしい」
藤野「それって、高岸さん?」
島田「多分。でも、他社に出し抜かれて、結局3万人の情報が流出。スクープを逃した高岸氏は今も社内で冷遇されてるらしい。芹沢君も、大臣官房から祝日屋に……」
藤野「祝日屋?」
島田「ああ、企画調整室の別名。『国民の祝日に関する法律』を担当してるから祝日屋」
藤野「なんか、楽そうな職場に聞こえますね」
島田「実際、昔
記事提供元:キネマ旬報WEB
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。