デビュー53年目のあがた森魚に聞く、アルバムを発表し続ける理由と宇宙観点の恋愛論「今の時代にもボニー&クライドみたいな二人が人知れずロマンチックな恋愛をしているかもしれない」
あがた森魚
1972年に「赤色エレジー」でデビューし今年53年目を迎えたあがた森魚が、10月30日に最新アルバム『オリオンの森』をリリースした。
東日本大震災が発生した2011年から毎年オリジナルアルバムをリリース。コロナが日常生活を脅かした2020年6月から今年6月までの4年間、北区・王子の飛鳥山公園にて各自楽器を持ち寄り。公園内を練り歩くフリーコンサート「タルホピクニック」を毎月開催するなど、御年76歳とは思えぬ精力的な音楽活動に驚く。
時に自由に語り、時に客席を歩き。今日もどこかでギター片手に新譜と旧譜を織り交ぜ歌い続けているだろう彼の瞳は、ピュアな少年のように輝いている。今回は、最新アルバム『オリオンの森』を皮切りに毎年アルバムを作り続ける背景と、彼の歌に欠かせない恋愛の話を聞いてみた。
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■デビュー53年目にして毎年アルバムを発表あがた ちょっと、ビデオカメラで動画を録らせてもらっても良いですか? 映像日記を付けていまして。
――ど、どうぞ! 映像日記ですか。良いですね。いつ頃から付けていらっしゃるんですか?
あがた 90年代初頭あたりかな? あるときから、自分の日常をスナップのように記録してみたいと思うようになったんです。自分の日常や活動をインデックス化していたい。それが「あがた森魚」の"ルビ(振り仮名)"になる。大袈裟な言い方かもしれないけど、そういう意識が常にどこかにあるんですよ。
――ルビ、ですか。面白いです。活動の数だけ色々な読み方ができそうですね。
あがた 確かに、そうですね。余談だけどね、以前『わんだぁるびぃ2021』『わんだぁるびぃ2022』というアルバムを出していて。"るびぃ"っていうのは、文字の"ルビ"のことなの。......とか何とか言って、相当、自分のことが好きなだけかもね。自分にルビをふるなんてね(笑)。
――実際デビュー以来、歌手のみならず映画監督、俳優業、文筆業......と、幅広く活動されています。それに加えて、東日本大震災が発生した2011年からは毎年オリジナルアルバムを発表。今年でデビュー53年目とは思えない創作・活動意欲です。自分のことが好きじゃないと、できないですよね。
あがた 僕は1972年に『赤色エレジー』という楽曲でメジャーデビューしました。自分でも「いい歌できちゃったなー」と思いはしたものの、想像以上の大ヒット。当時のオリコンシングルランキングで最高7位までいきました。林静一さんが『ガロ』で連載していた同名の漫画から影響を受けて、僕が勝手に主題歌を作った、同棲中の若い男女の恋愛ソング。歌を通して、自分が受けた感動を世の中の人たちと共有できて、スゴくうれしかったのを覚えています。
恋愛だけじゃない。喜びや悲しみ、人間のおっかなさ、戦争の愚かさだって、何でも分かちあうことができる。歌ってスゴいよね。贅沢な表現を続けさせてもらっているなーと、つくづく思います。
――アルバムを発表したあとも、リリースとしてイベントに出演されるなどお忙しいはずです。どう次の制作に気持ちを切り替えていらっしゃるのですか?
あがた まぁ、毎年のことだからね。その時々によるというのが、正直なところ。「今度はこういうアルバムにしたいな」と明確なテーマを持って作り始めることもあるけれど、思いを巡らす中で数年前に作ったアルバムのことを思い出したりもする。イメージとしては、テーブルの上に散在している楽曲をギューっと寄せ集めて、コラージュする作業に近いかな。そうして、リアルタイムな自分らしさに集約していく感じです。
それこそ、先月出したニューアルバム『オリオンの森』に関して言えば、本当は昨年リリースの予定でした。ただ、制作期間中に起こったウクライナ侵攻に意識が引っ張られるうちに、収集がつかなくなって......。結局、旅のモチーフに切り替えて『遠州灘2023』というアルバムを作りました。"オリオン"というモチーフ自体は、2018年のアルバム『理想の靴下と船』の1曲目「オリオンの腕」が元となっています。と、こんな具合に、あっちこっち行き来しながら作り続けているんです(笑)。
――何が何でも毎年1作はアルバムを出すぞ、と(笑)。そのバイタリティは、どこから湧いて来るのでしょう?
あがた 先ほどおっしゃっていただいた通り、きっかけは震災でした。数年も経てば、きっと人々の記憶から3・11は薄れていく。僕に何ができることは?と考えた結果、「2010年代は毎年アルバムを発表し続けよう」と決心しました。気づけば2020年代に突入した今も続いているわけだけど、元を辿れば、子供の頃に大人たちから沢山のプレゼントをもらった経験が大きく影響している気がします。
――と言いますと?
あがた 僕は終戦から3年後の1948年生まれ。いわゆる団塊の世代です。戦後復興の中で子供時代を過ごした、言い換えれば、大人たちから文化的なエンターテインメントをドーンっとプレゼントされて育った世代なんです。
というのも、例えば、当時の月刊少年漫画誌『少年倶楽部』『少年』には、本誌と別に小さな冊子が必ず3~4冊ほど付いてきたんですよ。お正月の号には10冊くらいあったんじゃないかな。読んでも読んでも、まだ続きが読める! これがどれほど嬉しかったか。
――10冊も! 戦後の子供達に夢を持ってもらいたいという、大人のはからいでしょうか。
あがた そうだね。子供の頃に見たウォルト・ディズニーの映画『海底二万哩』『ファンタジア』も、カバヤ児童文庫も、東映の時代劇やチャンバラ映画も、全てに、夢とロマンが詰まっていました。それから、小学校の入学祝いにもらった文房具の詰め合わせセットも忘れられません。中に入っているのは、文具屋でバラ売りされている普通の鉛筆と消しゴムなんだけど、贈り物として包装されてギフトになっているだけで特別な気持ちになりました。
そんな当時の感覚が、ずっと心の中にある。だから僕も、色んなものを詰め合わせてプレゼントしたい。あなたに、喜んでもらうために......。そういうモチベーションなんですね。
――では、ニューアルバム『オリオンの森』についても聞かせてください。とにかく遊び心に富んだサウンドが楽しげで、幻想的かつ郷愁的な印象も受ける。歌詞中に「宇宙」「銀河」といった言葉のほか「船」「汽車」「バス」など乗り物も多く登場していることからも、旅をしているような気分になるアルバムでした。
あがた ありがとう。まさに「銀河の旅」から着想を得て作ったアルバムだったので、そう感じてもらえて何よりです。もう少し詳しく説明するとね、天文学上で銀河を構成する渦のへりのことを"腕"と言って、なかでも太陽系にいちばん近い"腕"を"オリオンの腕"と言うんだけど、ぼくらの太陽系は今、億年単位で"オリオンの腕"から"ペルセウスの腕"に移動中なんだそうです。その果てしない銀河の旅路の上に現代があると思うと、感動せずにはいられなかった。たかだかそんなことが、今回のアルバムを作ったきっかけです。
「QQQ きゅうぴっど」という楽曲では、「オリオン湾」「ペルセウス湾」と「腕」を「湾」に置き換えて、旅を表現している
――実に壮大なテーマですが、時に宇宙に思いを馳せては「愛」を歌にしてきた、あがたさんらしいアルバムのような気もします。
あがた 最近、胸を痛める出来事が本当に多いじゃない。自然災害に世界情勢......他にも色んな問題がありますよね。ただ「木を見て森を見ず」って言葉があるように、目の前のことばかり見ていると本質を見失うというか。「たまには夜空を見上げて、僕らの太陽系を思い出してみようよ。僕らは、億年単位の壮大の旅の中にいるんだよ」って。そう思うと自分自身の在り方、立ち位置が、また違って見えて来ませんか? 同時に、"万象への愛着"みたいな感覚も湧いてくる。それで目の前の悩みが全てクリアになるわけじゃないけど、僕の音楽を聴いてくれる"あなた"へのプレゼントとして、そんな僕の思いを届けたかったんです。
■死ぬまで転がり続けていたい!――今回は、あがたさんと「愛」や「恋」についても話してみたいと思っています。というのも、ライブで度々「決して二人きりではないけれど、あなたと二人だけのデートだと思って、あなたのために歌います」とロマンチックな言葉を投げかけてくださいますよね。とても素敵だな、と思いまして。
あがた アハハ、ありがとう。「愛」や「恋」の話、良いですね。前提として、男と女/雌雄(しゆう)ってところで話をするけど、まず生物の本能として、子孫を残そうとするよね。つまり、男が女を求め、女が男を求めることは、宇宙(生命)の構造として我々に与えられた使命。人類として最も重大な営みと言えるはずなんだけど、昨今のニュースを見ていると、雌雄の無邪気な営み自体が反社会的な行為だと見做されることもあって。不思議な感じがするよね。
――有名人の色恋沙汰やそれに連なるトラブルが、たびたび世間を賑わせていますね。
あがた そのひとつひとつに対する良し悪しは僕には判断できないけど、あっちこっちで、雄(オス)からけしかけ、雌(メス)からけしかけ、押したり引いたり......もう必死じゃない! 人類としての本能と反社会的行為が背中合わせでせめぎ合っている、という事実を思うと、おっちょこちょいだなぁと、人類そのものが愛おしく思えてくるというかね。そのためにエロティシズムがあるとか、そんなふうに思うんだけども。
――良識だけでは語れないのが恋愛であると。実にロマンチックな発想ですが、対して最近は、恋愛にもコスパを求める風潮が多く見られます。
あがた そもそも人間同士の直接的なコミュニケーション自体が減ってきていますよね。そのほうがスマートかもしれないけれど、僕は少し面倒くさいくらいのほうが面白いと思います。コンビニに綺麗に陳列された商品のほうが社会的には優れているのかもしれないけれど、畑で採れたゴツゴツした野菜のほうが美味しいかもしれないし、オーガニックかもしれない。
別にどちらを選んでも良いんだよ。何をどう選ぶかは人それぞれだから。でも僕は、社会的にアンモラルで非常識だったとしても、瀬戸内寂聴さん(註:1)や宮城まり子さん(註:2)のような人たちが好きなの。実際、彼女たちだから説くことができた女性論、男女論、ヒューマニズムがあるわけです。
(註:1)20歳で見合い結婚、出産を経験するも、25歳で夫の教え子だった4歳年下の青年と駆け落ち。その後、人気作家となった後も同じく作家の井上光晴と約7年に渡り不倫関係に。出家後、85歳にして37歳の既婚男性と関係を持つなど、波乱万丈な生涯だった。
(註:2)既に妻子のいた小説家・吉行淳之介を吉行が亡くなるまでの35年間、愛人(パートナー)として支え続けた。吉行夫人もまた、終生離婚に同意をしなかった。
――事実だけを拾うと糾弾されても仕方のない恋でも、実態はとてもロマンチックだったり、愛おしかったりするものですよね。
あがた そういうのを賛美しすぎると、社会が混乱するのも分かる。それでも、今の時代もどこかで人知れずボニー&クライド(註:3)みたいな二人がいて、ものすごくドラマチックな恋愛をしているかもしれないじゃない。せっかく生きているんだから本能に従って、もっとはみ出して良いんだよ! と言いたいね。はみ出し方にしたって、内田裕也からビートルズまで、色んな先例があるんだからさ。
(註:3)1930年代、アメリカで強盗や殺人を繰り返した犯罪者カップル。世界恐慌と禁酒法により社会に対する市民の不信感が募っていた時代、自由を求め駆け抜けた美男美女の二人を英雄視する人も多かった。
――「はみ出していい」。その言葉、大事に受け取りたいです。少し話は変わるかもしれませんが、あがたさんのデビュー曲にして代表曲である「赤色エレジー」もまた「愛」について歌った楽曲ですよね。発表から50年以上経った今もなおライブで歌われていらっしゃいますが、歌への思いなど、当時から変化はあるものなのでしょうか?
あがた どうだろうね。聞く人がどう思うかは別として、僕自身の感覚としてはあまり変わっていない気がします。「愛は愛とて~」と歌ってはいるけれど、当時の僕は20歳そこそこ。同棲どころか女性のことすらよく分かっていない時期に作った歌だから、ブルースとしての「愛」じゃなく、「俺もあの二人みたいな恋愛をしてみたいな」って憧れ、イマジネーションなんだよね。
あれから大人になるにつれ、多少経験を重ねたとはいえ、初めて『赤色エレジー』という漫画を読んだときに得た感動、(作中に登場する)幸子と一郎という二人の幼(いとけな)い恋愛に対して抱いた愛おしい気持ちは変わらない。だから、今も歌い続けられているのかもしれないですね。
デビュー前の1971年、まだレーベルに所属する前に自主制作した「うた絵本 赤色エレジー」(幻燈社)。7インチレコードに林静一書き下ろし絵本、さらに塗り絵やメンコ、絵葉書2種がセットになった豪華作品。今手に取ることで感じる変わらない創作意欲とこだわりに、あがたさんの凄みを再認識する
――なるほど。そのように変わらぬ気持ちで歌い続けられる楽曲があることは、あがたさんにとって"支え"になっているのでしょうか?
あがた 「赤色エレジー」は大事な歌だよ。やっぱり、われながらいい歌だなって思う。ただ、これまでの人生で得た経験や評価は確かに自分だけの財産だし、間違いなく"あがた森魚"を形成するものではあるんだけど、「これが、あがた森魚の代表作です」とお墓にまで持って行くほどのことかと言われれば、そうでもない。
そんなことより、もっと次に行きたい。あるいは、次も何もなくて良い。だってさ、ロックンロールっていうのは常に転げているものじゃない。"ライク・ア・ローリング・ストーン"だよ。その発想に則って、今の考えを言っているわけじゃないよ。昨年、後期高齢を迎えたわけだけど......まぁ、そんなことはどうでも良いんだけどね。年を重ねたら自ずとロックに辿り着いた、という感じなんです。もちろん、色んな発想があって良いんだけど。
――カッコいいです。これからも毎年のアルバム制作、音楽活動を辞める気はない。と、捉えてよろしいでしょうか?
あがた まぁ、そういうことになるね。毎度「これが最後でも良い」という気持ちで、頑張ってアルバム制作に臨んでいるわけだけど、何だかんだでいつも未練タラタラなんです(笑)。「ああでもない」「こうでもない」とギリギリまでこだわって、色んなアレンジを試しては、周りのスタッフから「もうどれでも良いよ!」と半分呆れられ。完成させた自負はあっても、改めて聞き直すと「この歌い方で良かったかな?」と気恥ずかしくなっちゃう。その繰り返しです。だからこそ、また次を作りたくなるの。
あと5年、10年と言い続けて、どれほど経ったか分からない。90歳、100歳まで生きたいとは思わないけど、何かに欲情する気持ちがある限りは、春の訪れに気分が上がるような、あるいは日常と宇宙をごっちゃ混ぜにしたような、そんな歌を作って皆さんと遊べたら良いなーと思いますね。
●あがた森魚(あがた・もりお)
1948年9月12日生まれ 北海道留萌市出身
1972年『赤色エレジー』でデビュー。ニューウェイブ・バンド「ヴァージンVS」(1981年結成)や、ワールド・ミュージックの要素を取り入れたユニット「雷蔵」(1990年結成)など、音楽活動だけでも多岐にわたるほか、映画監督として『僕は天使ぢゃないよ』(1974)『オートバイ少女』(1994)『港のロキシー』(1999)などを制作、俳優としてテレビドラマや映画にも出演。2024年8月に発売されたハロー!プロジェクトのトリビュートアルバム『シューティング スター』にも参加。スマイレージ「あすはデートなのに、今すぐ声が聞きたい」をカバー。
公式X【@agatamorio50】
■ニューアルバム『オリオンの森』 定価/3,300円(税込)
2024年現在のあがた森魚の近未来憧憬デジャヴが集約されたエポック的アルバム。イナガキ・タルホ、ボブ・ディラン、フィル・スペクター等を起点として、ロック、ポップソング、オルタナ、ヒップホップ、民族音楽、トランスミュージック等へと実験的な音楽表現を幾多果敢にトライした。共同サウンドプロデュースは、伊藤彼方、塚原義弘。ジャケットのイラストは池田修三。写真は杉浦邦恵。
取材・文/とり 撮影/宮本賢一
記事提供元:週プレNEWS
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