映画監督への27年越しの思いに込めた「ありきたりな言葉じゃなくて」渡邉崇監督インタビュー
12月20日(金)から全国公開となる「ありきたりな言葉じゃなくて」は、実話をヒントに、ある事件に巻き込まれた新人脚本家の挫折と再起を描いた痛烈な青春ドラマだ。本作で長篇劇映画初監督を飾るのが、テレビ朝日映像で数々の報道番組やドキュメンタリー映画「LE CHOCOLAT DE H」(19)を手掛けてきた渡邉崇。高校生の頃から27年かけて実現したという映画監督への思いを聞いた。
渡邉崇(わたなべ・たかし)
2003年、テレビ朝日映像に入社。『ワイド!スクランブル』のディレクターを12年間務めたのち、『人生の楽園』などのドキュメンタリー番組やwebムービーの演出を手掛ける。また、ドラマ『レンタルなんもしない人』(20年/テレビ東京)の制作プロデューサーとしても活躍。19年には世界的ショコラティエ・辻口博啓を追ったドキュメンタリー映画「LE CHOCOLAT DE H」で監督デビューを果たす。同作はサン・セバスティアン国際映画祭やシアトル国際映画祭など、これまでに世界5カ国、10の映画祭で正式上映され、高く評価された。
映画監督デビューまでの道のり
──高校生の頃から映画監督を目指し、27年かけて実現したそうですが、その経緯を教えてください。
渡邉 僕の高校のOBが岩井俊二監督で、3年生の時、ちょうど「スワロウテイル」(96)が公開され、講演に来てくださったことがあるんです。そのお話が面白く、映画を撮ってみたいと思うようになりました。そこで当時、映画が盛んだった早稲田大学に進学し、映画サークルで8ミリ映画の制作を始め、東京学生映画祭でグランプリをいただいたこともあります。ただ、そのまま映画の現場に入る決心もつかず、卒業後は塾講師などをしながら自主映画の制作を続けていました。そのうちそれも行き詰まり、2003年にテレビ朝日映像に入社しました。
──映画監督への思いはその後も持ち続けていたのでしょうか。
渡邉 そうですね。実は東京学生映画祭で僕の前年にグランプリを受賞したのが耶雲哉治監督で、翌年が小泉徳宏監督だったんです。耶雲監督はのちに映画館の上映前に流れる「NO MORE 映画泥棒」の映像や「映画刀剣乱舞」(19)などを手掛け、小泉監督は25歳のとき「タイヨウのうた」(06)で商業映画デビューし、「ちはやふる」(16~17、三部作)などを監督しています。その間にいる自分だけが何もできていない悔しさがあり、「映画をやりたい」という思いはずっと持っていました。そこで、29歳のときに(映画専攻がある)東京藝術大学の大学院を受験してみたり、その後もシナリオ学校に通ったりと、地道に活動を続けていました。
──今回は所属するテレビ朝日映像の社内で映画プロジェクトが立ち上がったことをきっかけに、初監督が実現したそうですね。
渡邉 弊社社長の発案で映画プロジェクトがスタートし、当初、僕はそのプロジェクトリーダーを任されていました。応募のあった45本の企画の中から、僕もかかわった選考を経て映画化が決定したのが、栗田智也(原案・脚本)さんと弊社の陣代(適/企画)が共同で提出した企画です。ただ、当初は企画者が監督することを想定していたのですが、栗田さんは本業が放送作家、陣代はプロデューサーということで、監督する人間がいなかったんです。そこで、深くコミットして一緒に脚本を作り上げた僕がやるべきでは……という社内の空気もあり、監督を引き受けることになりました。
──渡邉さんは栗田さんと共同で脚本も執筆されていますね。
渡邉 栗田さんの体験がベースだったこともあり、最初は僕と栗田さんで実話をトレースするような脚本を書き上げました。それを、スクリプトドクターの三宅隆太(脚本協力としてクレジット)さんにチェックしてもらったところ、「ファクト(事実)はあるが、パッション(情熱)がない」と指摘されて。そこから1年以上を費やし、僕と栗田さんの書いた脚本に、三宅さんからアドバイスいただくというやり取りを20回くらい繰り返し、なんとか決定稿に辿り着きました。普段、映画を主戦場にしていない僕らだからこそできるものを、という方向で書き進めた結果、「美人局(つつもたせ)的な事件に巻き込まれた」という事実以外はほぼフィクションとなり、「番組制作あるある」を含め、自分たちを投影したような主人公の物語になったんです。
ドキュメンタリー以上の真実をフィクションで
──主人公の新人脚本家・藤田拓也を演じるのは、NHKの朝ドラ『らんまん』(23)で注目を集めた前原滉さんです。前原さんの起用の経緯を教えてください。
渡邉 以前、僕がプロデューサーを務めたテレビドラマ『レンタルなんもしない人』(20)に、前原くんがゲスト出演してくれたことがあるんです。そのとき、眼鏡をかけた彼の、何かを内に秘めたような佇まいに惹かれて。今回、脚本を書くときも彼の写真を机に貼り、当て書きのような感じで拓也には前原くんのイメージを重ねていきました。さらに実感を持って演じてもらえるように、クランクインの半年くらい前から前原くんとディスカッションを重ね、脚本を書き上げたんです。
──拓也とかかわる女性・りえ役の小西桜子さんの、謎めいた存在感も見事です。
渡邉 小西さんとは今回が初対面ですが、以前から素敵なお芝居をされる方だと思っていたので、僕の希望で出演をお願いしました。りえは表に出ないバックストーリーが多く、小西さんならそういう表には出ない部分にも真摯に向き合ってくれるだろうという期待もあって。実際、僕が気づかない部分を彼女に指摘していただき、りえに反映した部分も多くあります。
──お芝居の「間」などにリアリティがあり、初監督とは思えない見応えのある映画に仕上がっています。撮影の際に心掛けたことは?
渡邉 前原くんや小西さんとは何度もディスカッションを重ね、2人から出てきた言葉をそのままセリフとして採用したものもあります。そんなふうに、事前に話し合いを重ねていたので、撮影では特にお芝居を大切にしました。二人のほかにも、内田慈さんや奥野瑛太さんなど、信頼する役者の方々に出演いただいた結果、皆さんのお芝居が魅力的だったこともあり、カットを割ることなく、長回しで撮るシーンが増えていったんです。
──劇中では「脳みそねじ切れるくらい考える」というせりふが何度も繰り返されます。印象的なフレーズですが、そこに込めた思いをお聞かせください。
渡邉 これは僕が普段から使っているもので、必死に番組を作っていると、体力的な疲労とは異なる「脳の疲れ」を感じることがあり、そんなとき「脳みそねじ切れそう」という言葉が出てくるんです。それが、拓也が脚本に取り組むときの姿勢を表す表現としてピッタリだと思って。
──そういう「生みの苦しみ」を描きたいという思いもあったのでしょうか。
渡邉 そうだと思います。僕がこれまでやってきたニュースなどの制作では、他人の基準を軸にものを作りますが、物語を作るには自分の中の軸が必要です。もちろん、どちらも大切なものですが、同じ「映像制作」でもこんなに違うのかと、その難しさを痛感しました。ただ、僕はそこを目指してきて、今回実現できたので、これからも諦めずにやっていくつもりです。
──ドキュメンタリー映画の経験に加えて今回、劇映画を経験し、ご自身の中で可能性が広がったという実感はありますか。
渡邉 そうですね。様々な事情でドキュメンタリーでは描けないことでも、フィクションなら描ける場合があります。だから、この先も映画を撮り続けていく上では、自分がもがいてきた「27年」という時間を無駄にすることなく、ドキュメンタリー以上の真実をフィクションで表現することに挑戦していきたいです。
──最後に、今後の構想があれば教えてください。
渡邉 次に撮ってみたいテーマは「お金」です。電子決済が普及した今、お金の価値が変わってきた気がするんです。例えば、街頭募金などを見ていると、邪魔な小銭をポイ、という感じで、お金をゴミのように扱っていると思うときがあって。これまで、詐欺や人の善意を欺く行為を何度も取材してきましたが、その中で感じたことを「お金」を通じて表現できるのではと。それを劇映画として撮ってみたいですね。そんなふうに、自分の撮りたいものを、時間をかけて準備しながら、これまでやってきた番組制作との両輪で映画を撮り続けていけたらと思っています。
取材・構成=井上健一 制作=キネマ旬報社
「ありきたりな言葉じゃなくて」
監督:渡邉崇
出演:前原滉、小西桜子、内田慈、奥野瑛太、那須佐代子、小川菜摘、山下容莉枝、酒向芳 ほか
2024年/日本/1時間45分
配給ラビットハウス
©2024 テレビ朝日映像
◎12月20日より全国にて公開
Story
32歳の藤田拓也(前原滉)は中華料理店を営む両親と暮らしている。テレビの構成作家をしながらドラマ脚本家を目指していた拓也は、売れっ子脚本家・伊東京子(内田慈)の後押しを受けデビューが決定した。
すっかり舞い上がってキャバクラを訪れた拓也は、そこで出会った“りえ”(小西桜子)という名の女性と意気投合する。ある晩、りえと遊んで泥酔した拓也が、翌朝目を覚ますと、そこはホテルのベッドの上。記憶がない拓也は、りえの姿が見当たらないことに焦って何度も連絡を取ろうとするが、繋がらない。数日後、ようやくりえからメッセージが届き、待ち合わせ場所へと向かう。するとそこには、りえの”彼氏”だという男・猪山衛(奥野瑛太)が待っていた。
記事提供元:キネマ旬報WEB
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