【密着ルポ】最後(?)のプロ野球トライアウト 野球人生を懸けた男たちの喜びと嘆き「意思表明の場。それだけでも意味があると思う」
11月14日、ZOZOマリンスタジアムは快晴。スタンドでは3000人以上が選手たちの人生を懸けたプレーを見守った
所属球団から戦力外通告を受けた参加者たちにとっては野球人生を懸けた勝負の場であり、それを見守るファンにとっては秋の風物詩となっているトライアウト。その存続に今、黄信号がともっている。「もはや意義は失われた」とする否定派の耳に、選手たちの思いは届くか? *年齢は11月25日時点
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■NPBが終了意向、選手会は継続を希望「12球団合同トライアウトが今回で最後になる」
そんなニュースを最初に目にしたのは今年8月のことだ。2001年にスタートし、今年で数えること24回。主催者のNPBは、各球団での持ち回りが3周した区切りの年であること、スカウトは年間通じて戦力外になった選手のプレーを見ており、トライアウトで獲得される選手が減少傾向にあることなどを理由に、「開催の意義は失われている」との考えを示した。
しかしその一方で、日本プロ野球選手会は「トライアウトをやる意味はある」と続行を望んでいる。選手会の森忠仁事務局長が言う。
「海外や社会人、独立リーグなどからスカウトが来ていることもあるし、お世話になった人たちに最後の姿を見せる引退試合としての性質もある。NPB側の意思は確認していますが、選手会としては、参加する選手たちの意見を聞いてみてから今後の方向性を考えたいと思います」
そして11月14日。24年の12球団合同トライアウトは快晴のZOZOマリンスタジアムで開催された。
参加は投手33人、野手12人。主な戦力外選手のうち中日・中島宏之、阪神・岩田将貴(まさき)、加治屋蓮(かじや・れん)、DeNA・石川達也、楠本泰史(たいし)らは参加を見合わせたものの、午前10時30分、3420人の観客に見守られながら、投手ひとりが打者ふたりと対戦する実戦形式のシート打撃が始まった。
小林珠維(23歳)投手/内野手《ソフトバンク》:2年前から二刀流挑戦。この日は投げて2奪三振、打っても二塁打と活躍。「大谷選手は意識するレベルの方ではないです。自分のできることをやるだけ。憧れはあります」
「ZOZOマリンの真っさらなマウンドに最初に足跡をつけられたことが一番うれしかった」と振り返ったのは、二刀流選手の小林珠維(じゅい/ソフトバンク育成・23歳)。最速147キロで連続三振を奪った後、打者としても右中間へのツーベースヒットを放ちアピールした。
「投げて打ってと、少年野球みたいな気持ちでやれました。トライアウトに意味はないと僕はまったく思っていなくて。シーズンで評価されていなくても、少しでも爪痕を残して『あいつやっぱりいいよな』って気持ちにさせることができると思ってプレーしていますし、ホークスのユニフォームでのプレーをお世話になった人たちに見せられる最後の機会でもありますからね」
柿木蓮(24歳)投手《日本ハム》:18年夏の甲子園を制した大阪桐蔭のエース。「もともと緊張しいで、今日も緊張しながら投げました。(根尾昂ら高校の同級生が)みんな頑張っている。僕もまだ野球を頑張りたい」
一方、続いてマウンドに上がった中村亮太(ソフトバンク・26歳)は三好大倫(ひろのり/中日・27歳)に右前、黒川凱星(かいせい/ロッテ育成・20歳)に中前と初球を安打され、わずか2球で終わってしまった。
「地元が千葉なので『ZOZOマリンで投げられる』って喜んでいたんですけど、2球で終わっちゃいました(苦笑)。ただ、この結果だけで獲得が決まるわけじゃない。今日までしてきた練習を明日もあさってもして、来年のキャンプやオープン戦にマックスを持っていけるように。シーズン中に見てもらえていると思いますから、この結果は『うわー、ちくしょー』となるものでもないですし、トライアウトはあってもなくてもいい。今回はマリンだから受けに来て、家族も見に来てくれました。交通費の無駄になっちゃいましたけど(笑)」
ただ、シーズン中にプレーを見てもらえなかった選手もいる。佐藤宏樹(ソフトバンク育成・25歳)は今季序盤、2軍で2勝0敗・防御率1.74と好投するも、故障で5月からリハビリに専念。復帰直前に戦力外となった。
「今日はまず、戦力外から1ヵ月で投げられる状態まで持ってこれたという喜びがありました。僕みたいにリハビリ中に戦力外通告を受けてしまった選手には、今の状態を見せることができるトライアウトはありがたいです」
岡田明丈(31歳)投手《広島》:2015年D1位。17年には12勝を挙げ37年ぶりのリーグ連覇に貢献も20年以降は1軍登板なし。「しっかり自分のストレートを投げ切ることができました。あとは待つだけ」
3年前にトミー・ジョン手術を受けた15年の広島のドラ1・岡田明丈(あきたけ/31歳)は今季は育成契約でスタート。7月に支配下登録されるも、1軍登板はなく戦力外に。この日は最速149キロ、全球ストレートで空振り三振を奪うなど、復活を強烈にアピールした。
「登板前からストレートしか投げないと決めていました。肘の不安もほとんどないし、シーズン中でもあまりないようなボールが投げられて、すごく自信になりました」
髙田琢登(22歳)投手《DeNA》:2週間前には地元・静岡で、くふうハヤテのトライアウトも受験。「実家に帰ったときに父が『野球を続けてほしい』と言ってくれた。僕自身もやり切るまで野球をやりたい」
高卒4年目左腕の髙田琢登(たくと/DeNA・22歳)は春先に絶不調に陥り、夏過ぎから調子を取り戻すも戦力外に。しかし、それにもかかわらず、球団が費用を負担してオーストラリアのウインターリーグに参加できることになった。
「本当にありがたいです。それだけに何がなんでも野球を続けていきたいし、届かなかった1軍のマウンドをもう一度目指したい。
僕みたいにシーズンで力を出し切れなかった選手にとって、最後のチャンスがあるのはとても意義があること。NPBでもそれ以外でも、野球を続ける可能性が少しでも広がるなら、トライアウトという制度は本当にありがたいと思います」
■引退から5年たった"大学院生"が......この日、スタンドにはNPB、社会人、海外、独立リーグなどの156人のスカウトに加え、保険会社など一般企業に勧誘する人々まで集まり、選手たちに熱視線を送った。NPB在京球団のあるスカウトは言う。
「ドラフトが終わると、足りない部分を他球団を戦力外になった選手で穴埋めしていくんだけど、やっぱりシーズン中のプレーをずっと見ているから力はわかっている。
獲得に当たっても、トライアウトに出たかどうか、出たとして結果がどうだったかより、自チームの事情が優先。近年は戦力外になってもトライアウトに出ない選手が増えたし、まあ、終わるのも時代の流れかもしれませんね」
陽岱鋼(37歳)外野手《オイシックス新潟》:かつて日本ハム、巨人で活躍し、NPB通算1164安打、13年には盗塁王。今回の参加者中最年長も、シートノックでは衰え知らずの強肩を披露した。「勝負できるのは肩と足。それだけは若い子に負けないように頑張りました」
一方、「最後かもしれない」からこそ参加したという選手もいる。台湾のスター、陽岱鋼(よう・だいかん/37歳)は21年に巨人を退団後、米独立リーグを経て、今季所属したオイシックス新潟(NPB2軍のイースタン・リーグに参加)のユニフォームで登場。第1打席でレフトへ惜しい当たりを飛ばすも、無安打2三振1四球でトライアウトを終えた。
「最後と聞いて、経験してみたくて。参加している選手がどんな気持ちなのか。誰でも出られるものではないので、出られることに感謝して出ました。その結果、4打席がどれだけ大事かあらためて感じた。これからの野球人生、日々努力して頑張ります」
清宮虎多朗(24歳)投手《楽天》:18年育成D1位で、今季初の支配下登録。「球速はトミー・ジョン手術(21年)から復帰してから153、54、55と出て。翌年、腕が振れるようになって55、59、61って出ました」
この日、150キロ台を連発して最も目を惹(ひ)いた最速161キロ右腕・清宮虎多朗(せいみや・こたろう/楽天・24歳)もやはり「最後だから」という理由で参加した。
「正直、悩みました。トライアウトを受けて何が変わるわけでもないですし、NPBに戻れる可能性は限りなく低いのですが、社会人や海外などほかの可能性が広がるならアリだとも思うし。来年トライアウトがなくなっている可能性もあるし、自分の練習も兼ねて参加しました。今は受けて良かったと思っています。シーズンと違っていい状態で臨めましたしね」
結果を残しても獲得にはつながらない―もはや形骸化したといわれて久しいトライアウトだが、それでも選手たちはさまざまな理由でこのグラウンドにやって来る。
「びっくりです。練習でも145キロしか出ないのに」と驚きを隠さないのは、この日、最速151キロを出した元ロッテの島孝明。
5年前に高卒3年目で引退を決めた後、國學院大学に進学し、現在は慶應義塾大学大学院に通う26歳は「もともとは英語を学びたかったんですけど、いろいろあって」動作解析やスポーツ科学を専攻。その間は野球部どころか草野球チームにも所属していないという。
島孝明(26歳)投手《元ロッテ》:高卒3年で引退、それから5年越しの初参加。「自己最速は153キロです。(ロッテの)吉井理人監督には登板前に挨拶させていただいて、『あ、ベンチで見てんだな』って」
「10月ぐらいに今年が最後だと聞いたので。今年は投げてきたし、後悔のない人生にしたいので」と、タンスの奥からロッテのユニフォームを引っ張り出して参加した。
「懐かしかったですね。すっごい緊張しましたけど。スピードが出たのは、ファンの人たちが励ましてくれたおかげもありますが、勉強してきた動作解析が生きた感覚があります。上半身と下半身の捻転差をつくったり、力の出しやすい体の角度などをフォームに応用してきました」
将来はアナリスト志望ながらも、現役選手として獲得の誘いがあれば「ビジョンとか条件とか、総合的に考えて」進路を決めたいという。
■継続に向けて問題は山積「トライアウトって意思表明の場でもあると思うんです」
そう言うのは、高木渉(わたる/西武・24歳)。
高木渉(24歳)外野手《西武》:17年育成D1位で、プロ2年目に支配下登録。「ヒット1本だけでしたが、自分らしい引っ張った強い打球が打てたので良かったです。もう1本打ちたかったですけどね」
「クビの報道が出て、応援してくれるいろんな人たちが『この選手、どうするんだろう』って思うでしょう。トライアウトに参加することで『野球を続ける意思があるんだ、良かったな』と思っていただけるのなら、自分はそれだけでも意味があると思うんですよ。
今日も一日プレーして、ほかの選手といろんな話をしました。野球の話だけですよ。みんな前向きで、楽しそうで。それだけでもね、あらためて野球っていいなって(笑)」
しかし、トライアウト終了後、"不参加組"の阪神・岩田(→DeNA)、加治屋(→楽天)、遠藤成(→オリックス育成)、DeNA・楠本(→阪神)、石川(→巨人)、ソフトバンク・仲田慶介(→西武)、佐藤琢磨(→ヤクルト育成?)、笠谷俊介(→DeNA育成)、日本ハム・黒木優太(→西武育成)、楽天・澤野聖悠(→ヤクルト育成?)らに獲得の話題が出る一方、"参加組"は25日現在、豪球でアピールした楽天・清宮を日本ハムが育成で獲得したほか、ロッテが「2球で終わった」ソフトバンク・中村との育成契約に関心を示しているとされる程度。現行のトライアウトでの採用率の厳しさをあらためて印象づける結果となっている。
「過去に参加した選手にアンケートを取っても、全員が『トライアウトがあって良かった』という意見で、否定的な声はありませんでした。選手が望むなら、選手会としてはやらない理由はありません。選手会の主催でやるのか、引退式のようなものだけになるのか、あらゆる可能性をこれから考えていきたいと思います」
西田明央(32歳)捕手《ヤクルト》:この日はキャッチャーがふたりしかおらず、出ずっぱりだったベテラン。「打席で子供の『パパー!』って声が聞こえて。ピッチャーには申し訳ないけど、それでヒットが打てました」今後は12月の選手会総会で方針が決定し、それからNPB側との交渉。NPB主催では難しいと判断されれば、来年以降は選手会主催、あるいはまた別の形でのトライアウトとなる。
ただ、引退試合という意味では、今オフに3回目が行なわれるイベント「THE LAST GAME」がある。また、民間の主催例としては、国内外の選手を対象にした「ワールドトライアウト」、2年前から沖縄で行なわれている「ジャパンウインターリーグ」などがあるし、過去には静岡市がNPBのトライアウトを誘致したこともある。それでも新たに開催するのなら、必要な場所、人員、費用など、乗り越えるべき問題は山積みだ。
選手たちの生き残りを懸けた物語は続いていくのか。それはトライアウトという制度の生き残りを懸けた、これからの展開次第だ。
取材・文/村瀬秀信 協力/杉田 純 撮影/村上庄吾
記事提供元:週プレNEWS
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