誤情報が拡散するレプリコンワクチン 有効性と安全性は確認されていても、なぜ専門家が「現時点では選択する理由がない」と話すのか
10月から新型コロナワクチンの定期接種が始まった
10月1日に新型コロナウイルスのワクチン定期接種が始まったところ、新たな選択肢の「レプリコンワクチン」が混乱と分断を招いているという。なぜそうなった? 実際の安全性は? 感染症の専門家、岩田健太郎氏にいろんな疑問をぶつけてみた!
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■シェディングは起こりえない10月から始まった新型コロナワクチンの定期接種。65歳以上の人などが対象だが、それ以外の人も全額負担での任意摂取も可能で、ワクチンを打つか否かは個人の判断に委ねられている。
ところが今、接種に関して大きな混乱が広がっている。というのも、今回から新たに国内での使用が認可された「レプリコンワクチン」の安全性に疑念があるという主張がネットなどを中心に広く拡散しているのだ。
レプリコンワクチンを販売する製薬会社だけでなく、接種予約の受付を始めた医療機関へのイヤがらせ電話や、SNSでの誹謗(ひぼう)中傷、さらには「レプリコンワクチン接種者お断り」を掲げる飲食店や美容院まで現れているという。
なぜレプリコンワクチンは忌避されるの? そもそもどんなワクチンなの?
「レプリコンワクチンは、基本的にこれまで使われてきたファイザーやモデルナと同じmRNA(メッセンジャー)ワクチンの一種です」と語るのは感染症のスペシャリストで神戸大学教授の岩田健太郎氏だ。
「mRNAワクチンは、新型コロナウイルスの表面にある『スパイクタンパク質』という部分のみの情報を持つmRNAを脂質の膜で包んで注射。その情報を基に、体内で抗原となるスパイクタンパク質が作られ、この目印に反応して新型コロナに対する免疫が働くという仕組みです。
そしてレプリコンワクチンは、いわばその応用編。従来のmRNAワクチンでは、体内で作られたスパイクタンパク質がすぐに分解されてしまうのに対し、レプリコンワクチンは接種したmRNAに自己増幅能力があるため、一定期間、抗原となるスパイクタンパク質を作り続けます。
そのため、ワクチンの効果が従来型よりも長く持続することが期待されているのです」
レプリコンワクチンの「コスタイベ」を接種する、製造元のMeiji Seikaファルマ社の小林大吉郎社長
だが、この「体内に入ったmRNAが自己増幅する」という特徴に対して、強い拒否反応を示す人がいるのだという。これが人間の遺伝情報に影響を及ぼし、ワクチン接種者から非接種者への「シェディング」と呼ばれる感染が起きると主張する人々が現れているのだ。
「今年8月、『新型コロナウイルス感染症予防接種に導入されるレプリコンワクチンへの懸念 自分と周りの人々のために』という緊急声明を発表して話題になった『日本看護倫理学会』という団体の主張などがまさにそれです。
しかし、先に結論から言うと、そんなことはありえません。
まず、すでに述べたようにmRNAワクチンが体内で作り出すのは感染性を持ったウイルスそのものではなく、スパイクタンパク質だけ。レプリコンワクチンの場合、mRNAが一定期間、体内で自己増幅するのは事実ですが、これもスパイクタンパク質の遺伝子だけですから、それがウイルスそのものにならない限り、細胞の外に飛び出して感染性を持つことはできません。高校レベルの生物の知識があれば、誰でもわかるはずのことです」
岩田教授は、こうしたシェディング説のような誤情報の拡散が「差別などの深刻な人権侵害を引き起こす」ことを懸念する。
「これって日常生活ではほぼ感染のリスクがないのに、長年ハンセン病患者を不当に隔離していたのと同じ話で、『日本看護倫理学会』と、仮にも名称に『倫理』という言葉を掲げている団体が、ファクトに基づかない情報の拡散で差別を助長するというのは、絶対にあってはならないことだと思います」
■正直、これまでのワクチンで十分ただし、そんな岩田教授もレプリコンワクチンの接種は積極的に勧めないという。
「あくまでも個人的な意見ですが、僕は待ったほうがいいと思います。
もちろん、シェディングが起きるとか、人間の染色体に変異を起こすといった主張は荒唐無稽な主張ですし、レプリコンワクチンも第3相試験という臨床試験で有効性と安全性は確認されています。
また、このワクチンが日本でしか承認されていないことを問題視している人もいますが、それはアメリカなどほかの国で『承認を却下された』という意味ではなく『まだ承認されていない』ということ。それでいうと国産のコロナ治療薬として広く使われているゾコーバもほぼ日本でしか承認されていません。
私がレプリコンワクチンの接種を積極的に勧めない理由は簡単で、少なくとも現時点では、既存のワクチンに代えてレプリコンワクチンを選択する理由がないからです」
岩田健太郎教授
というと?
「まず、接種者の体内で抗体が作られる時間が長続きする点が果たしていいことなのかは、まだ判断できません。
逆に抗体が長持ちすることで心筋炎のような自己抗体性の副作用のリスクが高まるといった可能性もあります。
そう考えると、すでに世界中で数億人が接種し、副反応に関する大量のデータも蓄積されているモデルナやファイザーのワクチンと比べて、市場に出てから間がないこのワクチンがベターだと考える根拠は乏しい。
これは、ワクチンに限らず、すべての医薬品についていえることですが、新薬によほど明確なアドバンテージがない限り、使用実績が多くて副作用リスクのデータも十分にある従来の医薬品を優先して使うのが合理的だと思います」
また、今の状況ですでに3回以上コロナワクチンを接種している人が、今後も定期的に追加接種を受ける意味があるのか? ワクチン接種や実際のコロナ感染による重症化予防効果が、どの程度、長続きするのかについても明確な答えは出ていないという。
「根拠のないシェディング説やそれによる差別は論外ですが、今後は『ワクチンは是か非か』『敵か味方か』といった単純な二項対立にのみ込まれるのではなく、ひとりひとりが冷静にファクトと向き合い、自分で考える姿勢が求められているのだと思います」
●岩田健太郎 Kentaro IWATA
1971生まれ。神戸大学医学部付属病院感染症内科教授。2001年の炭疽菌テロの際はニューヨークで、03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)感染拡大時は北京で診療に当たり、14年にはアフリカ・シエラレオネでエボラ出血熱対策に携わった感染症のスペシャリスト。著書に『僕が「PCR」原理主義に反対する理由』など
取材・文/川喜田 研 写真/時事通信社 共同通信社
記事提供元:週プレNEWS
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