名作アジア映画『天使の涙』から見る「香港」という都市ならではの価値観
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映像美で評価されたアジア映画の巨匠ウォン・カーウァイの作品『天使の涙』。香港の最新情報に詳しい清水さん曰く、単におしゃれ映画としてではなく、違った角度からも見てみると面白いのだそう。
イチオシスト:清水 真理子
新聞社、出版社を経て2012年よりフリーの編集・ライターに。
2005年に北京電影学院(Beijing Film Academy)にて北京語を学び、2006年に香港へ。現地情報誌の編集部で2011年までの5年間を香港で過ごす。現在は日本と香港を行き来しながら、香港の情報を発信するほか、インバウンドビジネスにも携わっている。女性らしいセンスで、現地のおすすめ情報をご紹介。All About 香港 ガイドを務める。
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それまでカンフー・アクションのイメージが強かった香港映画界に新風を起こした王家衛(ウォン・カーワイ)監督。代表作といえば1994年に上映された『恋する惑星』ですが、香港人の価値観や風習へとさらに迫れる作品としておすすめしたいのが、もともと「恋する惑星」での一部として考えられていた『天使の涙』です。
センスあふれる映像美から単に「おしゃれ映画」とくくられがちですが、それだけではありません。登場人物のセリフや行動、舞台となる環境に香港という街のDNAを感じられる作品なのです。
劇中では、殺し屋が銃を乱射したり、エージェントが殺し屋のアジトのゴミ箱をひっくり返して動向を探ったり、宿屋の息子が深夜に勝手に他人の店をのっとり営業したり、恋人を友人に奪われた失恋娘が異様な執着心で復讐しようとしたり……。登場人物はかなりヤバイ人たちですが、よくよく観るうちに純粋で不器用な人間性に愛おしささえ感じてしまうから不思議です。
家賃の高騰で引越しは日常茶飯事だし、海外に留学や異動、移住する人も少なくありません。特に都心部の多国籍なエリアでは人の流れがひと際多く、すれ違う人はそれこそ星の数なのです。
それを踏まえて作品を観ると、その舞台も“すれ違い”を演出するのにぴったりな、2つの多国籍なエリアだと気づきます。ひとつはインドなどアジア系人種が集まるエキゾチックな尖沙咀(チムサーチョイ)。
なかでも重慶大廈(チョンキンマンション)はランドマーク的存在です。宿屋の息子のモウはこの重慶大廈に住んでいます。今でこそ治安がよくなりつつある重慶大廈ですが、当時はかなり怪しさをまとった場所でした。
ちなみに、安宿や両替商、インド料理屋などが入っていることから今でもバックパッカーの聖地として有名な場所です。
怪しい雰囲気の尖沙咀に対して、明るい印象を与える多国籍エリアが金融街・中環(セントラル)。欧米人が多く住み、常に英語が飛び交うエリアです。劇中でモウが失恋娘と出会う場所です。
ここは観光地としても人気のエリアで、前作『恋する惑星』でおなじみとなったヒルサイドエスカレーターをはじめ、おしゃれなお店が集まるSOHOや、週末には一帯がクラブ状態で盛り上がる蘭桂坊(ランカイフォン)などがあります。
洗練された人たちが集まる、東京で言うと六本木のような場所なのです。劇中で映る地下鉄MTR中環駅の赤い壁はSNS映えする場所としても人気。香港の地下鉄は駅ごとに違う色の壁になっているので、観光で街歩きをする際には、各駅の壁を撮るのもおすすめです。
また、ライバルに果たし状を書くシーンでは、漢字を忘れた失恋娘が「恥を知れの“恥”ってどんな字だっけ?“箸”でいいわ。音が似ているから」と、近い発音の字を使うのも香港ならではの習慣。日本語なら平仮名やカタカナがありますが、香港人いわく、漢字を忘れたら似た字や似た音の字を代用するのだとか。「伝わればいい」というおおらかな性格がうかがえますね。
モウが、夜な夜な見ず知らずの店を勝手に開けて営業するシーンは、彼の破天荒なキャラクターを際立たせるだけでなく、香港の高騰する家賃事情も表現しています。実際、モウはモノローグで「せっかく高い賃料を払っているのに昼間にしか営業しないのは不経済だ」と言っています。
香港ではせまい部屋に大家族で住むのは当たり前で、商売をする場合もできるだけスペースを無駄なく有効活用する発想はごく自然のこと。といっても、モウのように勝手に人のお店を開けちゃいけませんが……。
こんな風に、迷信深くて、おおまかで適当だけど、効率を重視する、というとってもチャーミングな香港の人たちの性格を、本作からは伺い知ることができるのです。
DATA
天使の涙
監督:ウォン・カーワイ
時間:96分
センスあふれる映像美から単に「おしゃれ映画」とくくられがちですが、それだけではありません。登場人物のセリフや行動、舞台となる環境に香港という街のDNAを感じられる作品なのです。
\d払いがとってもおトク!/
破天荒だけど人間味あふれるキャラクターが織り成すストーリー
作品の舞台になるのは、中国返還前の混沌とした香港。孤独な殺し屋(レオン・ライ)とエージェントの女(ミシェル・リー)に面識はありませんでしたが、ドライな殺し屋に女は密かに想いを抱くようになります。一方、口のきけない宿屋の息子・モウ(金城武)は、失恋娘(チャーリー・ヤン)に初めての恋をします。2つの恋愛が交差する群像劇です。劇中では、殺し屋が銃を乱射したり、エージェントが殺し屋のアジトのゴミ箱をひっくり返して動向を探ったり、宿屋の息子が深夜に勝手に他人の店をのっとり営業したり、恋人を友人に奪われた失恋娘が異様な執着心で復讐しようとしたり……。登場人物はかなりヤバイ人たちですが、よくよく観るうちに純粋で不器用な人間性に愛おしささえ感じてしまうから不思議です。
対照的なエリアを舞台に描かれる香港の”すれ違い”
本作では、単に都会の孤独とすれ違いが描かれているわけではありません。意識して観ていただきたいのは、「香港」という独特の環境でのすれ違いです。香港は人口密度が高いものの、そこに暮らす人たちは一定の場所に定住しないのが特徴。家賃の高騰で引越しは日常茶飯事だし、海外に留学や異動、移住する人も少なくありません。特に都心部の多国籍なエリアでは人の流れがひと際多く、すれ違う人はそれこそ星の数なのです。
それを踏まえて作品を観ると、その舞台も“すれ違い”を演出するのにぴったりな、2つの多国籍なエリアだと気づきます。ひとつはインドなどアジア系人種が集まるエキゾチックな尖沙咀(チムサーチョイ)。
なかでも重慶大廈(チョンキンマンション)はランドマーク的存在です。宿屋の息子のモウはこの重慶大廈に住んでいます。今でこそ治安がよくなりつつある重慶大廈ですが、当時はかなり怪しさをまとった場所でした。
ちなみに、安宿や両替商、インド料理屋などが入っていることから今でもバックパッカーの聖地として有名な場所です。
怪しい雰囲気の尖沙咀に対して、明るい印象を与える多国籍エリアが金融街・中環(セントラル)。欧米人が多く住み、常に英語が飛び交うエリアです。劇中でモウが失恋娘と出会う場所です。
ここは観光地としても人気のエリアで、前作『恋する惑星』でおなじみとなったヒルサイドエスカレーターをはじめ、おしゃれなお店が集まるSOHOや、週末には一帯がクラブ状態で盛り上がる蘭桂坊(ランカイフォン)などがあります。
洗練された人たちが集まる、東京で言うと六本木のような場所なのです。劇中で映る地下鉄MTR中環駅の赤い壁はSNS映えする場所としても人気。香港の地下鉄は駅ごとに違う色の壁になっているので、観光で街歩きをする際には、各駅の壁を撮るのもおすすめです。
独特のセリフから知る香港ならではの価値観
劇中のセリフも香港を知るヒントになります。たとえば、失恋娘が、妊娠したという恋のライバルに電話で「今から猪年の子なんて産めるわけないでしょ!」と言い放つシーン。これは、中華圏では猪年は金運に恵まれるといわれていて、出生率がぐんと上がるという背景からの言葉です。また、ライバルに果たし状を書くシーンでは、漢字を忘れた失恋娘が「恥を知れの“恥”ってどんな字だっけ?“箸”でいいわ。音が似ているから」と、近い発音の字を使うのも香港ならではの習慣。日本語なら平仮名やカタカナがありますが、香港人いわく、漢字を忘れたら似た字や似た音の字を代用するのだとか。「伝わればいい」というおおらかな性格がうかがえますね。
モウが、夜な夜な見ず知らずの店を勝手に開けて営業するシーンは、彼の破天荒なキャラクターを際立たせるだけでなく、香港の高騰する家賃事情も表現しています。実際、モウはモノローグで「せっかく高い賃料を払っているのに昼間にしか営業しないのは不経済だ」と言っています。
香港ではせまい部屋に大家族で住むのは当たり前で、商売をする場合もできるだけスペースを無駄なく有効活用する発想はごく自然のこと。といっても、モウのように勝手に人のお店を開けちゃいけませんが……。
こんな風に、迷信深くて、おおまかで適当だけど、効率を重視する、というとってもチャーミングな香港の人たちの性格を、本作からは伺い知ることができるのです。
\d払いがとってもおトク!/
DATA
天使の涙
監督:ウォン・カーワイ
時間:96分
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