石破茂前総理がYouTuberトマホークのチャンネルに登場

イチオシスト
1月29日、「トマホーク」(登録者数34万人)がチャンネルを更新。前内閣総理大臣の石破茂氏のインタビュー動画を公開しました。
元浪人YouTuberトマホーク、前首相の石破氏にインタビュー
トマホークは大学受験の浪人中に動画投稿を開始したYouTuberで、現在は滋賀大学経済学部を休学中です。かつては多浪生へのインタビュー企画が動画の中心でしたが、現在は芸能・政治関係者へのインタビューを盛んにおこなっています。
今回は、トマホークと、元ゴールドマン・サックス勤務という経歴を持つ作家・田内学氏が聞き手となり、前内閣総理大臣の石破茂氏に話を聞くという、異色のインタビュー企画が実現しました。
石破氏は冒頭で、「皆様こんにちは。衆議院議員、前の内閣総理大臣、私が石破茂であります。どうぞよろしくお願いいたします」と自己紹介。トマホークは「豪華ゲストということで……」と、やや気後れした様子を見せていました。
石破氏が、田内氏の著書『お金のむこうに人がいる』を読み、感銘を受けて自身のブログで取り上げたことが、今回のインタビュー企画が成立するきっかけになったようです。収録は、衆議院の解散を控え、人影がまばらな議員会館で行われました。
父は官僚から鳥取県知事に
石破氏はまず、自身の出自や経歴について語ります。「そんなに名門の家ではない」としつつも、父親の二朗氏は参議院議員や内務省・建設省の官僚を歴任し、建設省では事務次官にまで登り詰めた人物だそうです。その後、二朗氏は東京都知事への打診を断って故郷の鳥取で知事になりました。
鳥取県八頭町で生まれ育った石破氏は、国語教員だった母の影響で、小学1年生のころから偉人伝を毎日1時間、朗読させられていたそうです。「心に刺さった人はいました?」と聞かれると、「まぁ、それなりに、どれも」と答えつつも、特定の偉人に強く憧れることはなかったと振り返ります。
石破氏は鳥取大学附属小・中学校を経て、慶應義塾高校、慶應義塾大学へと進学。大学では法律を専攻し、2年生のときには全日本学生法律討論会で1位に輝きました。最高裁判所の判決と異なる主張をしようとしたところ、教授から「判決と違うことを言うと良い点はつかないよ」と助言を受け、それに従って急きょ結論を変更したことが、優勝につながったといいます。
田内氏が「(石破氏は)弁論がすごい長けてる人っていうイメージが昔からある」と述べると、石破氏は「だってね、聞いてるほうが寝てしまっちゃしょうがない」と笑いを交えて返していました。
田中角栄氏に後押しされて政界入り
就職先としては朝日新聞社や国鉄も考えたそうですが、父・二朗氏の反対により断念します。その上で、「銀行というのは、名刺1枚で大会社の社長から年金暮らしのお年寄りまで、あらゆる人の人生と関わることができる」という父の助言を受け、三井銀行(現・三井住友銀行)に就職しました。
銀行員時代は、当時主流だった歯車式計算機の操作が苦手で、「入るところを間違えた」と後悔したこともあったそうです。
入社2年目に父親が亡くなり、石破氏に転機が訪れます。父の葬儀で葬儀委員長を務めたのは、元内閣総理大臣の田中角栄氏でした。石破氏がお礼を伝えるため角栄氏の屋敷を訪ねたところ、衆議院選挙への出馬を命じられたといいます。
角栄氏からは、「再来年は衆議院選挙をやる。そのときお前は25歳を超えている。日本で起こるすべてのことは、この家で決めるんだ」と強く背中を押され、2年後に銀行を辞めて政治の道へ進むことになりました。その後、角栄氏の事務所で政治を学び、29歳で衆議院議員に初当選します。初選挙では、「歩いた家の数しか票は出ない」という教えを守り、5万4千軒もの家を回ったそうです。
政治家人生で印象に残っている出来事として、敵対関係にあった小泉純一郎氏から防衛長官に抜てきされた経験も挙げています。
小泉氏の総裁選には「目いっぱい反対した」としながらも、突然本人から「君、防衛長官やってくれ」と声を掛けられたといい、「好き嫌いで判断しない。使えるか使えないかで決める」「あの人ははっきりしていた。天才だね」と、その人物像を語っていました。
動画のコメント欄では、
総理時代は様々な評価があるのは理解できるけど、石破談話はぜひいろんな人に食わず嫌いをせずに読んでほしい。戦争を理解する良い入り口になる
浪人生の人脈繋いで行ったら前総理までいくんや
インターネットの魑魅魍魎から元総理まで扱ってて草
といった反応が寄せられています。
記事提供元:YouTubeニュース | ユーチュラ
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