【モーリー・ロバートソンの考察】「めんどくさい」をすべてお金で解決する"現代病"のコストとリスク
イチオシスト
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、現代人が知らず知らずのうちに支払っている深刻な「コスト」について考察する。
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ここ最近、私は"沼"にハマっていました。30~40年前に製造され、設計図すらまともに残っていないヴィンテージのシンセサイザーの修理と改造です。
さまざまな部品を探してネットを漂流し、超ニッチな客層を相手にしてきた、ひとクセもふたクセもありそうな商売人と、英語メールでやり取りを繰り返す。なかなか骨が折れます。
特に、ICチップの一種である「SAD1024」の追跡と購入はハザード満載でした。まず、品物がない。あまりにも珍しいので、購入した人物の動画を調べるなどしてジャーナリストのスキルを駆使する必要がありました。
日本のメルカリに相当する欧米の「Reverb」や「eBay」にいくつか出回っていますが、写真と名称が異なっていたり、販売元の情報がほとんどないなど、基本的に怪しげです。
すると、「倉庫を整理していたら大変な掘り出し物があった。SAD1024とほかの珍しいチップ、計27枚を995ドル(約15万5000円)プラス送料でどうだ」というオファーがありました。
ところが決済寸前になって、「あなたはこのプラットフォームで購買者としての評価が1件もない。信用できない。PayPalの支払い手順の変更が必要だ。『商取引』の枠ではなく『個人間送金』の枠で支払ってほしい。さもなくば売らない」とのメッセージが届いたのです。
いぶかしく思ってひと通りリサーチした結果、それはよくある詐欺の手口でした。PayPalの「個人間送金」枠で送金した場合、その後に商品が届かなくてもプラットフォーム側は責任を負わずに済むようなのです。
そこでさらにリサーチを続け、最終的には少し高い単価で販売しているオランダの業者と、英国の別の個人から同じチップを購入しました。チップが届いた後、こちらのシンセサイザーのシステムで動作するのかも問題になるのですが、2ルートで仕入れたもののうち片方がうまくいけばいい、というギャンブルです。
この「超めんどくさい」手間と授業料を払って得た経験、完成品を手にした時の手応えから、あらためて考えたことがあります。
現代社会で私たちが享受するコンビニエンス(便利さ)は、実は「思考停止」や「機会損失」と引き換えになっている。「めんどくさい」を避けようとするあまり、「東京から横浜に新幹線のグリーン車で行くようなムダ遣い」や、「本当にやりたいことの切り捨て」を無自覚に繰り返している――と。
「めんどくさい」を避けるために生じるコストは、インフレや円安の影響をもろに受けます。一方で、誰しも「めんどくさい」をすべてお金で解決することをやめ、小さな抵抗を試みることはできます。
人を見極め、複数の選択肢を確保し、自らの判断でリスクをとる。泥臭い手間やある種の"探偵ごっこ"をあえて取り入れることで、生き抜く力を取り戻せると思うのです。
そして、もうひとつ。現代の便利さの多くは、見えにくくされている「搾取」の上に成り立っています。
例えば、ある宅食サービスの配達従業者は、「待遇が不十分でも継続的に雇ってくれればいい」高齢者や、「旧103万円の壁の範囲内で融通をきかせながら働きたい」主婦の方が多く、健全な賃上げが起きづらいシステムが成立しているといいます。
安すぎる価格の裏にはしばしば構造的な歪みが潜んでいること、その歪みがいつか自分にもはね返ってくるかもしれないことは、社会のすべての構成者が自覚するべきでしょう。
記事提供元:週プレNEWS
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