【試乗】フォルクスワーゲン ティグアン TDI 4MOTION R-Line:EVシフトの今、あえて「400Nmのディーゼル」を選ぶ工学的正義
イチオシスト
EVシフトが叫ばれる中、VWが放つティグアンTDI。進化したディーゼルエンジンと4MOTIONがもたらす「圧倒的なトルク」と「長距離性能」は、自動車を愛する我々に工学的な快感と旅の自由を再提示する。宮崎での長距離試乗でその真価を問う。
南国の太陽が降り注ぐ宮崎。フェニックスの並木が風に揺れ、どこか異国情緒さえ漂うこの地で、私は今、一台の「内燃機関の傑作」と対峙している。フォルクスワーゲンの屋台骨を支えるベストセラーSUV、新型『ティグアン』だ。
今回連れ出したのは、ラインナップの中でもハイエンドに位置する「TDI 4MOTION R-Line」。車両本体価格は6,552,000円。決して安い買い物ではない。しかし、先に結論を言ってしまえば、これは「機械としての自動車」に信頼と性能を求める40代、50代の男性たちにとって、極めて合理的な、そして感情をも揺さぶる選択肢である。
世の中は猫も杓子もBEVへと舵を切っているように見える。だが、トップギアの読者なら理解しているはずだ。技術に「絶対」はなく、あるのは「適材適所」だということを。長距離を、高効率に、そして力強く走る。そのミッションにおいて、最新のクリーンディーゼルがいまだ「最適解」であることを、VWはこの新型ティグアンで高らかに宣言しているのだ。
エンジニアリングの「必然」:なぜ今、TDIなのか
走り出す前に、少しばかりボンネットの下に収まる工学的な芸術作品について触れておこう。搭載されるのは「EA288 evo」と呼ばれる2.0リッター直列4気筒ターボディーゼルエンジンだ。
試乗前のプレゼンテーションで、VWの担当者は物理の基本原則を強調した。「なぜディーゼルはトルクフルで燃費が良いのか」。その答えは「圧縮比」にある。ガソリンエンジンが混合気にプラグで点火するのに対し、ディーゼルは高圧縮した空気に燃料を噴き込み自己着火させる。圧縮比が高いということは、すなわち膨張比が高いということであり、熱力学的にエネルギー効率が高いことを意味する。
このEA288 evoは、最高出力142kW(193PS)を発生するが、真に注目すべきはトルクだ。実に400Nmもの強大なトルクを、わずか1,750rpmという低回転から発生させる。これは自然吸気の大排気量ガソリンエンジンに匹敵する数値だ。
だが、かつてのディーゼルには「音」と「排出ガス」というネガがあった。VWはこの課題に対し、執念とも言える技術投入で回答している。まずは排出ガス。彼らが採用したのは「ツインドージングシステム」だ。これはSCR(選択触媒還元)触媒を直列に2つ配置し、それぞれにAdBlue(尿素水)を噴射する仕組みである。
排気温度が低い始動直後などはエンジンに近い第1のSCRを、高速走行で排気温度が高まればアンダーボディにある第2のSCRを使用する。200℃〜350℃という、SCRが最も効率よく働く温度域を常にキープし、NOx(窒素酸化物)を最大80%も削減した。この複雑怪奇な制御をやってのける執念こそ、ドイツのエンジニアリング魂である。
さらに燃料噴射には、2,000barという途方もない超高圧を用いるコモンレールシステムを採用。1回の燃焼行程で最大9回もの微細な分割噴射を行い、燃焼圧力をコントロールすることで、驚くべき静粛性と滑らかさを手に入れている。
理屈はわかった。では、実際の走りはどうなのか。キーを受け取り、宮崎の海岸線へと繰り出した。
日南フェニックスロード:巡航性能と「英国の懸念」
空港を出発し、国道220号線を南下する。選んだルートは、太平洋を左手に望みながら都井岬を目指す「日南ルート」だ。
走り出してすぐに感じるのは、その圧倒的な「車体剛性」と「静粛性」だ。MQB evoプラットフォームの恩恵は計り知れない。ボディは金庫のように堅牢で、サスペンションが仕事をするための完璧な土台を提供している。
実は、我らが英国トップギア本国の同僚たちが、この新型ティグアンに対して一つの懸念を示していた。「低速域での乗り心地、特に20インチホイールを履いたR-Lineの挙動が、少々荒っぽい(crashy)」という評価だ。確かに、試乗車はR-Line専用の20インチアルミホイールを履いている。路面の継ぎ目やマンホールの段差で、わずかにコツコツとした入力を感じる場面はある。しかし、ここ日本(宮崎)の舗装路においては、不快な突き上げというよりも「路面状況を正確に伝えるインフォメーション」として処理されている印象だ。
これには、R-Lineに標準装備される「DCC Pro(アダプティブシャシーコントロール)」が大きく貢献している。従来のDCCが1バルブ制御だったのに対し、DCC Proは伸び側と縮み側を独立制御する2バルブ式に進化している。これにより、ダンパーは矛盾する「快適性」と「ダイナミクス」をより高度に両立できるようになった。コンフォートモードでの巡航は、まさに「フラットライド」。ヤシの木が並ぶ堀切峠を流していると、ディーゼルエンジンの存在など忘れてしまうほど静かだ。アクセルを深く踏み込まない限り、室内は高級サルーンのような平穏に包まれている。
途中、撮影スポットである「デモン・デ・マルシェ」に立ち寄り、スタッフに勧められた「えぷろん亭」で昼食をとることにした。眼前に広がる大海原を眺めながら、新鮮な海鮮丼を口にする。こうした旅の悦びをサポートしてくれるのも、疲労の少ないグランドツアラーの条件だ。ティグアンのシートは、サイズもたっぷりでコシがあり、長時間のドライブでも腰への負担が驚くほど少ない。
都井岬へのヒルクライム:400Nmの咆哮
腹を満たした後は、いよいよこのルートのハイライト、都井岬へのアプローチだ。ここは野生の馬「御崎馬(みさきうま)」が生息する、手つかずの自然が残る場所である。岬へ向かう道は、急勾配とツイスティなコーナーが連続する山岳路へと姿を変える。ここでドライブモードを「スポーツ」に切り替える。
ここからが、TDIと4MOTIONの独壇場だ。上り坂のヘアピンカーブ。本来なら2トン近いSUVが苦しむ場面だが、ティグアンは涼しい顔で駆け上がっていく。アクセルをじわりと踏み込むだけで、400Nmのトルクが「湧き出る」ように車体を押し出す。キックダウンしてエンジンを唸らせる必要などない。右足の裏に、分厚いトルクの層が常にへばりついているような感覚だ。これこそ、ガソリン車やマイルドハイブリッドでは味わえない、ディーゼル特有の「骨太な」ドライビングプレジャーである。
ハンドリングも秀逸だ。英国チームが「SUVとしては驚くほどロールが最小限で、グリップは常に強力」と評した通り、MQB evoのシャシーと4MOTIONは、まるでハッチバック車のように鼻先をインへ向ける。
ステアリングの操舵感は正確無比。R-Line専用のプログレッシブステアリングにより、切り始めからリニアに反応し、切り足した際のゲインも自然だ。リアサスペンションがしっかりと路面を捉え(ゴルフTDIと同様、マルチリンク式を採用している点は地味だが大きなアドバンテージだ)、4輪が協調してコーナーをクリアしていく様は、ドイツのエンジニアリングへの信頼をより一層強固なものにする。
ゲートで通行許可証(野生動物保護のための協力金が必要だ)を提示し、岬の先端へ。そこには、道路上を我が物顔で歩く野生の馬たちの姿があった。30km/h制限を厳守し、馬の横をそっと通り抜ける。彼らは車を恐れる様子もなく、悠然と草を食んでいる。その野性的な生命力と、最新鋭の工業製品であるティグアンの対比。
馬力(Horse Power)という単位があるが、かつて移動の主役だった彼らから、この内燃機関の獣へとバトンが渡されて100年以上。しかし、こうして並んでみると、どちらも「走る」という根源的な機能美に溢れていることに気づく。
高速巡航とインターフェース:知性への回帰
都井岬を後にし、帰路は高速道路を利用して宮崎市内へ戻る。高速道路に乗った瞬間、ティグアンは「水を得た魚」となる。アウトバーンで鍛え上げられた直進安定性は、このクラスのベンチマークと言っていい。ビシッと一本の芯が通ったように矢のように直進し、横風の影響も最小限だ。
ここで「トラベルアシスト(Travel Assist)」を起動する。アダプティブクルーズコントロールとレーンキープアシストを統合したこのシステムは、非常に自然な制御でドライバーをサポートしてくれる。加減速は滑らかで、ステアリングへの介入も強引さがない。
そして特筆すべきは燃費だ。この日の試乗は、山道でのアグレッシブな走行を含みながらも、メーター上の燃費計は驚くほど優秀な数値を示していた。カタログ上のWLTCモード燃費は15.1km/L(TDI 4MOTION)だが、高速巡航ではこれを軽々と超えてくるポテンシャルを感じる。60リットルのタンクを満たせば、1,000km近い航続距離も夢ではない。「給油回数が少ない」という事実は、長距離移動において何物にも代えがたい「自由」をもたらす。
インテリアに目を向けると、VWが批判を受け止めて改善に努めた跡が見て取れる。先代やID.シリーズで不評だった「夜間に見えない温度調整スライダー」には、ついにバックライトがついた。これは「回復への一歩」と英国チームも評価している点だ。
また、センターコンソールに新設された「ドライビング・エクスペリエンス・コントロール」というロータリースイッチが面白い。これを回すことで音量調整やドライブモードの変更が直感的に行える。タッチパネル全盛の今だからこそ、こうした「カチッ」とした物理的な操作感が、道具としての信頼感を高めてくれる。
15インチの巨大なインフォテイメントディスプレイは鮮明で、地図表示も見やすい。ただ、メニュー階層は依然として深く、慣れが必要な部分も残るが、全体的な質感は「プレミアム」の領域に足を踏み入れている。
結論:惑うことなき「本流」
宮崎の海、山、そして高速道路、約200kmを走破してホテルに到着したとき、私は疲れを感じるどころか、「もう少し走っていたい」という名残惜しさを感じていた。
フォルクスワーゲン ティグアン TDI 4MOTION R-Line。
655万円という価格は、国産ミドルサイズSUVと比較すれば高価に映るかもしれない。しかし、この車にはそれだけの価値がある明確な「理由」が詰まっている。
それは、2,000barで燃料を吹く精密機械としてのエンジンの完成度であり、2バルブダンパーがもたらす極上の乗り味であり、どんな天候や路面でもドライバーを守り抜く4MOTIONの頼もしさである。VWは、電動化への道を歩みながらも、内燃機関の手綱を一切緩めていない。むしろ、「今、ディーゼルに乗るなら、これこそが最高到達点だ」という自信さえ感じる。
「流行」を追うならEVかもしれない。しかし、「本質」を求めるなら、このTDIエンジンは間違いなく正解だ。400Nmのトルクがもたらす余裕は、人生の余裕にも通じる。週末、家族やパートナーを乗せて、どこまでも遠くへ行きたくなる。そんな衝動を呼び覚ますこの車は、間違いなく我々トップギア世代のための相棒である。
野生の馬たちが自由に大地を駆けるように、我々もまた、このTDIという心臓を得て、自由な旅路を切り拓くことができるのだ。そう確信させてくれた、宮崎での一日であった。
【試乗】フォルクスワーゲン ティグアン TDI 4MOTION R-Line:EVシフトの今、あえて「400Nmのディーゼル」を選ぶ工学的正義
ハイブリッド全盛の今だからこそディーゼル?土屋圭市×橋本洋平が2台のVW ゴルフ 8 TDIを再評価
公道F1カー頂上決戦 AMG ONE vs ヴァルキリー/ディアブロ/日本のガレージ:トップギア・ジャパン 070
このクルマが気になった方へ
中古車相場をチェックする
![]()
ガリバーの中古車探しのエージェント
![]()
今の愛車の買取価格を調べる
カーセンサーで最大30社から一括査定
![]()
大手を含む100社以上の車買取業者から、最大10社に無料一括査定依頼
![]()
新車にリースで乗る
年間保険料を見積もる
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
