ペルシャ絨毯が700万円の高額鑑定!シミや使用感があっても「経年美化」:開運!なんでも鑑定団
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イチオシスト
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12月16日(火)に放送した「開運!なんでも鑑定団」(毎週火曜 夜8時54分)。依頼人が持参したペルシャ絨毯が、驚きの鑑定額となった。
【動画】ペルシャ絨毯が700万円の高額鑑定!シミや使用感があっても「経年美化」

建設会社を経営していた父を持つ男性が持参したお宝は、「ペルシャ絨毯」。40年ほど前に、父が「仕方なく買ってしまった」ものだという。
当時、依頼人の父が住宅展示会を開いた際、隣のスペースで行われていた展示会の目玉商品として、このペルシャ絨毯が490万円で販売されていた。
父は冷やかし半分で「200万円なら買うよ」と店主に伝えたが、相手にされず聞き流されたという。ところが最終日になっても商品は売れ残り、閉店間際に店主から「本当に200万円なら買ってくれますか?」と声をかけられた。自分から言い出した手前、引っ込みがつかなくなった父は、そのまま購入に至ったという。しかし持ち帰った絨毯を見た家族からは、「絶対に安物をつかまされた」と文句を言われたという。

以来、価値がわからぬまま実家の和室に敷かれ、日用品として使われてきた。依頼人が学生時代、勉強中に寝転がって垂らしたヨダレの跡や、醤油のシミ、テーブルの脚の跡なども残っているが、MCの今田耕司は「絨毯は経年美化。使った方がいいって言う」とコメント。実物に触れると「すべすべで寝転がりたくなる」と、その肌触りに驚いた。
絨毯は、遊牧民族が寒さを防ぐため、羊毛で作った敷物が始まり。やがて用途が広がり、絹や綿でも作られるようになった。

生産地はユーラシア大陸の北緯30度から45度の地域、通称「カーペットベルト」。この一帯は砂漠が広がり、ごく短い春の間だけ花が咲き誇る。その美しい瞬間を住まいの中に封じ込めたいとの願いから、随所に優美な花があしらわれるようになった。
そんな絨毯の中でも最も精緻にして華麗なのがペルシャ絨毯である。製作には膨大な手間暇を要し、最高級品ともなると織り子が数人がかりで作業しても完成までに数年を要する。いつ頃から作られ始めたかは定かではないが、一説には紀元前より製作されていたとされる。
技術と芸術性が飛躍的に高まったのは16世紀。サファヴィー朝第2代王・タフマースブ1世は美術に造詣が深く、絨毯製作にも力を注いだ。さらに16世紀後半には、第5代王・アッバース1世が宮殿内に絨毯工房を設立。腕利きの職人を集め、羊の飼育から染色原料の栽培まで一貫して行い、絹や金糸、銀糸を贅沢に用いた名品を生み出した。こうして作られた絨毯は、外国の要人への贈答品や輸出品としても重宝された。
ペルシャ絨毯の文様は様々だが、いずれもペルシャ文化とイスラム文化の影響が色濃く反映されている。その技術は今なお受け継がれ、2010年にはユネスコの無形文化遺産にも登録された。

改めて依頼品を見てみよう。大きさは縦3m、横2m。素材は絹で、中央にメダリオンを配し、その周囲には蔓草やジャスミンが描かれている。縁の「メインボーダー」にも、美しい草花の文様が緻密に施されている。
本人評価額は、父の購入額と同じ200万円。

鑑定結果は…なんと700万円! 購入時の3倍以上という結果に、スタジオは騒然となった。
鑑定を務めた「絨毯ギャラリー」店主・大熊克巳氏によると、依頼品は約50年前に作られた絹製のペルシャ絨毯。「エラミ」という、現在も続く有名工房の作品だという。茶色をベースに、ベージュや紺色を配した、日本人好みの色合い。展示会で提示されていた490万円という価格も良心的で、それを200万円で購入した父の判断は「お手柄」だったと称賛した。

「テーブルの脚の跡はありますが、まったくマイナスにはなりません。シミもクリーニングをすれば新品以上にきれいになります。経年美化の入り口に立った絨毯ですから、これからさらに美しくなっていきます」(大熊氏)
結果を受け、依頼人は「帰って父にまず報告したいです。絶対にドヤ顔をするはずです」と笑顔を見せた。
【動画】ペルシャ絨毯が700万円の高額鑑定!シミや使用感があっても「経年美化」

建設会社を経営していた父を持つ男性が持参したお宝は、「ペルシャ絨毯」。40年ほど前に、父が「仕方なく買ってしまった」ものだという。
当時、依頼人の父が住宅展示会を開いた際、隣のスペースで行われていた展示会の目玉商品として、このペルシャ絨毯が490万円で販売されていた。
父は冷やかし半分で「200万円なら買うよ」と店主に伝えたが、相手にされず聞き流されたという。ところが最終日になっても商品は売れ残り、閉店間際に店主から「本当に200万円なら買ってくれますか?」と声をかけられた。自分から言い出した手前、引っ込みがつかなくなった父は、そのまま購入に至ったという。しかし持ち帰った絨毯を見た家族からは、「絶対に安物をつかまされた」と文句を言われたという。

以来、価値がわからぬまま実家の和室に敷かれ、日用品として使われてきた。依頼人が学生時代、勉強中に寝転がって垂らしたヨダレの跡や、醤油のシミ、テーブルの脚の跡なども残っているが、MCの今田耕司は「絨毯は経年美化。使った方がいいって言う」とコメント。実物に触れると「すべすべで寝転がりたくなる」と、その肌触りに驚いた。
絨毯は、遊牧民族が寒さを防ぐため、羊毛で作った敷物が始まり。やがて用途が広がり、絹や綿でも作られるようになった。

生産地はユーラシア大陸の北緯30度から45度の地域、通称「カーペットベルト」。この一帯は砂漠が広がり、ごく短い春の間だけ花が咲き誇る。その美しい瞬間を住まいの中に封じ込めたいとの願いから、随所に優美な花があしらわれるようになった。
そんな絨毯の中でも最も精緻にして華麗なのがペルシャ絨毯である。製作には膨大な手間暇を要し、最高級品ともなると織り子が数人がかりで作業しても完成までに数年を要する。いつ頃から作られ始めたかは定かではないが、一説には紀元前より製作されていたとされる。
技術と芸術性が飛躍的に高まったのは16世紀。サファヴィー朝第2代王・タフマースブ1世は美術に造詣が深く、絨毯製作にも力を注いだ。さらに16世紀後半には、第5代王・アッバース1世が宮殿内に絨毯工房を設立。腕利きの職人を集め、羊の飼育から染色原料の栽培まで一貫して行い、絹や金糸、銀糸を贅沢に用いた名品を生み出した。こうして作られた絨毯は、外国の要人への贈答品や輸出品としても重宝された。
ペルシャ絨毯の文様は様々だが、いずれもペルシャ文化とイスラム文化の影響が色濃く反映されている。その技術は今なお受け継がれ、2010年にはユネスコの無形文化遺産にも登録された。

改めて依頼品を見てみよう。大きさは縦3m、横2m。素材は絹で、中央にメダリオンを配し、その周囲には蔓草やジャスミンが描かれている。縁の「メインボーダー」にも、美しい草花の文様が緻密に施されている。
本人評価額は、父の購入額と同じ200万円。

鑑定結果は…なんと700万円! 購入時の3倍以上という結果に、スタジオは騒然となった。
鑑定を務めた「絨毯ギャラリー」店主・大熊克巳氏によると、依頼品は約50年前に作られた絹製のペルシャ絨毯。「エラミ」という、現在も続く有名工房の作品だという。茶色をベースに、ベージュや紺色を配した、日本人好みの色合い。展示会で提示されていた490万円という価格も良心的で、それを200万円で購入した父の判断は「お手柄」だったと称賛した。

「テーブルの脚の跡はありますが、まったくマイナスにはなりません。シミもクリーニングをすれば新品以上にきれいになります。経年美化の入り口に立った絨毯ですから、これからさらに美しくなっていきます」(大熊氏)
結果を受け、依頼人は「帰って父にまず報告したいです。絶対にドヤ顔をするはずです」と笑顔を見せた。
記事提供元:テレ東プラス
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
