ひろゆき、篠田謙一(国立科学博物館長)に人類の歴史を学ぶ③「ネアンデルタール人は、なぜ絶滅したのか?」【この件について】
イチオシスト

「『ホモ・サピエンスが人口を増やして、徐々に追いやられていった』というのが有力」と語る篠田謙一氏
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。分子人類学者で国立科学博物館長の篠田謙一先生をお迎えしての第3回です。
かつて同時期に暮らしていたネアンデルタール人とわれわれホモ・サピエンスの先祖。交雑はあったもののホモ・サピエンスだけが生き残った。その理由を人類学者の篠田謙一先生に聞きました。
***
ひろゆき(以下、ひろ) 前回は、現代人のDNAの2%程度がネアンデルタール人に由来するというお話でした。遺伝子レベルで見れば、彼らはわれわれの隠れた先祖として生き続けているわけです。とはいえ、どうしてネアンデルタール人は絶滅したんですか?
篠田謙一(以下、篠田) 断定はできませんが、ネアンデルタール人はもともと個体数が少なく、ホモ・サピエンスの10分の1程度しかいなかったといわれています。ですから、混血したというよりも、ホモ・サピエンスに「吸収された」と考える研究者もいます。
ひろ 異なる種族同士の戦いで滅んだという話ではないんですね。
篠田 よくそのようにいわれますが、両者が戦闘を行なったという明確な証拠は見つかっていないんですよ。
ひろ では、両者が出会ったときにお互いをどう認識していたんでしょうか。
篠田 私は、お互いが「あいつらは自分たちとは違う人類だ」と認識していたかどうかも怪しいと思っています。現代の私たちは彼らを「別の人類」と分類していますが、両者が出会ったときには「二足歩行しているし、道具も使うし、同じ人間だろう」という感覚だった可能性もあります。
ひろ 確かに、ほかの動物と比べたら明らかに近い存在ですからね。
篠田 特にヨーロッパでは、霊長類は私たちホモ・サピエンスとネアンデルタール人しかいませんでした。チンパンジーやゴリラはヨーロッパには生息していませんから、二本足で歩いて同じようなやりを持っていれば「同じ人間だろう」という認識だったと思います。
ひろ 戦って滅んだわけではないとなると、ほかにどんな理由が考えられるんですか?
篠田 「ホモ・サピエンスのほうがどんどん人口を増やしていって、資源競争に負けたネアンデルタール人が徐々に追いやられていった」というのが有力な説です。結局、食べるものは同じですから、先にホモ・サピエンスに取られてしまうと食料がなくなる。彼らが最後まで残ったのはイベリア半島(スペイン、ポルトガル)あたりです。
ひろ 追い詰められるようにイベリア半島に移動したんだ。
篠田 そこで絶滅したというのが一般的なシナリオです。一方、興味深いのは中東のシャニダール洞窟で見つかったネアンデルタール人の化石の中に、若い頃に腕に重度の障害を受けた者が含まれていたことです。そのネアンデルタール人は40〜50歳まで生きていたことがわかっています。当時は重い障害があったら、とうていひとりでは生活できません。つまり、これは仲間が長年にわたって介護していたという証拠なんです。
ひろ 仲間を助け合う社会性があるのなら、もっと人口が増えてもよさそうじゃないですか?
篠田 そうなんです。実は、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスで最も違うのは、X染色体の特定の領域だとわかってきました。ネアンデルタール人が持っていたX染色体のタイプは、現代のホモ・サピエンスではほとんど消失しているんです。男性でネアンデルタール人のX染色体を受け継ぐと子供をつくる能力が低くなった。ネアンデルタール人にとってホモ・サピエンスとの合流は、自分たちの遺伝子が排除される結果を生んだようです。
ひろ 「妊娠しにくい」とか「出産間隔が長い」みたいなことはありますか?
篠田 ネアンデルタール人の乳幼児期の発育速度は、私たちより速かったといわれています。かつてはネアンデルタール人の成長速度はとても速かったと考えられていましたが、最近では乳幼児期以降の発育はホモ・サピエンスとさほど違わなかったといわれています。あとは、近親交配をしていた痕跡もわかっています。
ひろ え、そうなんですか!?
篠田 シベリアのネアンデルタール人の化石を調べると、明らかな近親交配の痕跡があります。異母もしくは異父きょうだいの間で子ができていたことまで、ゲノム解析でわかるんです。繁殖能力が低く、集団が小さくなりすぎたことで近親交配が避けられなくなり、遺伝的多様性を失って滅んだと考えられています。
ひろ つまり、近親交配による弊害で自滅してしまったということですね。
篠田 狩猟採集民の基本単位は、だいたい20人程度なんですが、そういう小さな集団で新天地に進出したとき、人口を増やせないと存続できないんです。逆に言えば、ホモ・サピエンスが世界中のあちこちへ進出できたのは、新天地で人口を増やす能力が高かったからだと考えざるをえません。
ひろ 恐竜は子供をあまり産めないけど、ネズミは大量に産むからネズミが繁栄したというのと方向性は同じですね。
篠田 そうです。環境に適応して、たくさん子供をつくれる種が数を増やします。数で凌駕するほうが生存競争に勝つわけです。ホモ・サピエンスの繁殖能力は高い。環境さえ良ければ、毎年、子供を産むことができます。
ひろ なるほど。
篠田 もうひとつ興味深いデータがあります。3万〜4万年前の旧石器時代のホモ・サピエンスのゲノムを調べると、彼らは近親交配を意図的に避けて婚姻していたようなんです。これがおそらく私たちの生存戦略です。少人数でどこか遠くへ行って、閉鎖的環境で子供を増やすのではなく、元いた場所に戻って配偶者を見つけ、別の集団に加わって先へ進む。そういうほかの集団とのネットワークをうまく使えるのが、ホモ・サピエンスの能力ではないかと思います。
ひろ それは本能的に近親を避けていたのか、社会的なルールとして機能していたのか、どっちなんですかね。
篠田 そこは議論の分かれるところです。生物学的な基盤があるかもしれませんし、社会的な学習によるものかもしれません。ただひとつ言えるのは、私たちホモ・サピエンスは〝ネットワークをつくる能力〟に非常に長けているということです。歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリさんが『サピエンス全史』(河出文庫)の中で指摘していましたよね。
ひろ 「物語(虚構)を作って、同じものを信じる者同士が仲間になる」という能力ですね。人類を進化させたのは〝フィクションを信じる力〟だと。「仲間」や「社会」「国家」も全部、共有された物語ですし、その力で私たちは数を増やして、文明を築くことができた。
篠田 そうです。ただし、それは同時に「それを信じない者を敵として作ってしまう」という側面もあって、最終的には衝突してしまうという説明にもつながっていきますけどね。
ひろ で、面白いのが、今はその〝物語〟に疲れている人も多いってことですよね。SNSとかで常につながりすぎて、逃げ場がない人もいる。ネアンデルタール人は繁殖力が低くて滅んだけれど、ホモ・サピエンスは物語を信じる力で繁栄したものの、今はその能力のせいで別の生存競争の真っ最中にいて、もしかしたら......ってことですかね(笑)。
***
■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■篠田謙一(Kenichi SHINODA)
1955年生まれ。分子人類学者。国立科学博物館長。主な著書に『人類の起源』(中公新書)、『日本人になった祖先たち』(NHKブックス)など。2026年2月23日まで、東京・上野の国立科学博物館では特別展「大絶滅展」が開催中
構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上庄吾
記事提供元:週プレNEWS
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
