ひろゆき、篠田謙一(国立科学博物館長)に人類の歴史を学ぶ②「現代人がネアンデルタール人由来の遺伝子を持っているって本当!?」【この件について】
イチオシスト

「ネアンデルタール人のゲノムが解読できて、現代人との比較も可能になったんです」と語る篠田謙一氏
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。分子人類学者で国立科学博物館長の篠田謙一先生をお迎えしての第2回です。
前回、ネアンデルタール人とわれわれホモ・サピエンスは、同時代を生きていたということがわかりました。そして、DNA解析などで両者の違いや似ている部分もわかってきたようです。
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ひろゆき(以下、ひろ) 前回は「ネアンデルタール人がホモ・サピエンスに進化した」というのはもう古い定説で、実際には別系統の人類だったというお話でした。
篠田謙一(以下、篠田) そうですね。われわれホモ・サピエンスとネアンデルタール人の関係は、21世紀に入るまで結論が出ない状態が続いていました。しかし、彼らのゲノム(DNAの全遺伝情報)が解読できるようになったことで、状況は一変しました。現代人との比較も詳細に可能になったんです。
ひろ 例えば、どんなことがわかったんですか?
篠田 現代人の多くはネアンデルタール人由来の遺伝子を持っているんです。日本人もだいたい2%程度はネアンデルタール人のDNAを受け継いでいるんですよ。
ひろ えっ、そうなんですか!?
篠田 はい。ヨーロッパの人々も同じくらいネアンデルタール人のDNAを持っています。しかし、サハラ砂漠以南のアフリカにルーツを持つ人々には、このネアンデルタール人由来のDNAがほとんど見つからないんです。この分布の違いから、約6万年前にアフリカを出たわれわれの祖先が、その後に中東かユーラシア大陸のどこかでネアンデルタール人と出会い、混血したと考えられています。
ひろ なるほど。アフリカを出た集団かどうかが違いを生んでいるわけですね。
篠田 ただ、アフリカに残った集団にルーツを持つ人もまったくネアンデルタール人のDNAを持っていないというわけではないんです。なぜなら、一度アフリカを出た人々が、その後の長い歴史の中で再びアフリカ大陸に戻ってくるような流れもあり、その際にネアンデルタール人由来のDNAがごくわずかですが、持ち込まれることもあったからです。
ひろ その後の人類の移動の歴史の中で、多少の混ざり合いがあった、と。
篠田 でも、この「アフリカ人にはほぼなく、ユーラシア人にはある」という事実は、ネアンデルタール人と現代人のゲノムを比較した研究の大きな成果でした。この結果から研究者たちは「混血はアフリカを出た後に起きた」と推測できたわけですから。彼らと私たちの関係が明確になりました。
ひろ ほかには、どんなことがわかったんですか?
篠田 「ネアンデルタール人由来のDNAが私たちのゲノムのどこに見られるか」を調べた研究があります。世界中の何百人もの現代人のゲノムを解析し、染色体のどこにネアンデルタール人由来のDNAが残っているかをマッピングしたのです。すると、ひとりひとりが持っているネアンデルタール人由来のDNAは、ゲノム全体の1〜2%に過ぎませんが、個人によってネアンデルタール人から受け継いだ部分は違っていることがわかりました。しかもそれはゲノムの全域に散らばっていたのです。
実際、アフリカを除く世界中の現代人の持つネアンデルタール人由来のDNAの断片をパズルのようにつなぎ合わせれば、最大で彼らのゲノム全体の7割近くは復元できるとさえいわれています。
ひろ すごいですね!
篠田 しかも、その分布は均一ではありません。ネアンデルタール人由来のDNAが「非常に高い頻度で残っている場所」と逆に「まったく入っていない空白地帯」が存在するんです。
ひろ 空白地帯が存在するというのはどういうことですか?
篠田 それは「その領域はネアンデルタール人から受け継ぐと、ホモ・サピエンスの生存にとって不利になる遺伝子があった可能性が高い」という解釈です。
ひろ 具体的には?
篠田 混血によって受け継ぐ遺伝子はランダムですが、例えば私たちの生殖能力に不利になるような遺伝子を受け継いでしまうと、その個体は子孫を残しにくくなります。そして、その不利な遺伝子は世代を経るごとに集団から取り除かれていきます。負の淘汰が働いたと考えられるわけです。ちなみに、新型コロナウイルス感染症の重症化リスクを高める遺伝子領域の一部がネアンデルタール人由来であることがわかっています。
ひろ 今の時代では明らかに悪さをするような遺伝子が、淘汰されずに残っているんですか。
篠田 それが面白いところで、過去の時代の別の病気に強いといった有利な働きをしていた可能性があるんです。つまり、ある環境下では生存に役立ったから残り、現代になって新しい病気に出合った結果、裏目に出てしまったということです。ちなみに、この新型コロナ重症化遺伝子に関しては、日本人にはほとんど残っていません。
ひろ へー。
篠田 あと、当然ですが有利だからこそ残ったものもあります。例えば、ヨーロッパやアジアといったアフリカより寒い地域への適応に必要だった「皮膚を厚くするような遺伝子」の一部は、ネアンデルタール人から受け継いだことがわかっています。
ひろ そうなんですか。
篠田 それらが「ホモ・サピエンスが独自に進化した過程で獲得したものではなく、ネアンデルタール人など別の人類から受け継いだものである」ということが、だんだんわかってきたのです。結局、私たちの成立の歴史というのは「アフリカで誕生したホモ・サピエンスが、他の人類とは一切交わらずに一本道で進化して現在に至る」という単純な話ではなかった。「どこかの段階で、他の人類からもらった遺伝子も取り込んで今がある」というのが、ここ十数年でわかってきた人類史の姿なんです。
ひろ そうすると、われわれ現代人が持つ、その2%のネアンデルタール人由来のDNAというのは、これ以上薄まって減ることはなく、この先もずっと人類の中に残り続けていくという感じなんですか?
篠田 そのとおりです。ネアンデルタール人の遺伝子は多くのホモ・サピエンスに共有されていますから、私たちが絶滅しない限り残り続けます。混血の初期段階では、ネアンデルタール人由来のDNAを持たない集団と交われば割合は少なくなったでしょうが、混血した子孫の集団が十分に大きくなり、その「DNAの断片を持っているもの同士」が結婚し始めると状況が変わります。集団全体にその遺伝子が広まった後は、もうその集団内での割合は淘汰圧がかからない限り減らなくなります。すでにその状態ですね。
ひろ 逆に言えば、将来アフリカのネアンデルタール人由来のDNAを持たない人だけが地球上に残るようなことがない限り、ネアンデルタール人の遺伝子はこの先も人類の中に生き続けるわけですね。
篠田 そういうことです。ネアンデルタール人の遺伝子はすでに私たち現代人の中に組み込まれています。一般的には「ネアンデルタール人は滅亡した」といわれますが、遺伝子のレベルで見れば彼らはわれわれの〝隠れた先祖〟として生き続けている。これが、現在の科学的な解釈になります。
ひろ だとしたら、ネアンデルタール人も、ある意味「生き残っている」と言えなくもないわけですよね。滅びたのではなく、形を変えて私たちと一緒に今も生きているわけですから。
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■篠田謙一(Kenichi SHINODA)
1955年生まれ。分子人類学者。国立科学博物館長。主な著書に『人類の起源』(中公新書)、『日本人になった祖先たち』(NHKブックス)など。2026年2月23日まで、東京・上野の国立科学博物館では特別展「大絶滅展」が開催中
構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上庄吾
記事提供元:週プレNEWS
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