中谷潤人、122パウンド(スーパーバンタム級)で為虎添翼(いこてんよく)。井上尚弥からダウンを奪ったカルデナスと充実のスパーリング
イチオシスト

「ナカタニ、強いよ。そして非常に上手い。でも、俺もだんだん良くなっているだろう?」
11月14日、WBAスーパーバンタム級2位のラモン・カルデナスは汗を拭いながら、そう言った。中谷潤人とのスパーリング、3日目を終えたところだった。
今年の5月4日、カルデナスはラスベガスのT-モバイル・アリーナで4冠統一王者の井上尚弥に挑み、8回KO負けを喫した。モンスターにとって"安牌"と見られていたカルデナスだが、第2ラウンドに渾身の力を込めた左フックをヒットし、ダウンを奪う。その後は同じパンチを狙い過ぎ、モンスターに攻略されたが、予想外に善戦し大いに株を上げた。
筆者は、5月4日の23時過ぎ、T-モバイル・アリーナに程近いホテル、MGMグランドガーデンのフロアでカルデナスとすれ違っている。その折、「全力を尽くした。イノウエはグレイトだ」と話した彼に好感を持った。
「いい試合でしたよ。また、次、頑張ってください」
と声を掛けた。

来る12月19日にフロリダ州フォートローダデールでの再起戦に向かうカルデナスは、世界再挑戦を目指すべく、LA在住のメキシカン、マニー・ロブレスにトレーナーを依頼。日本製のヘッドギア、ノーファールカップを購入し、漢字で「大胆不敵」と刺繍を入れて再出発した。
WBC/IBFバンタム級タイトルを返上し、来年5月の井上尚弥戦を見据える中谷潤人も、11月8日にLAキャンプをスタートしている。中谷とっては、12月27日にサウジアラビアで組まれたスーパーバンタム級転向第一戦に向けた準備である。井上と拳を交えた世界ランカーとなれば、パートナーとして申し分ない。カルデナスにとっても、次戦の相手がサウスポーであるため、これほど学習できる選手はいない。こうした理由で2人は連日スパーリングを重ねているのだ。
11月10日のスパー初日、中谷はカルデナスの得意とする左フックを全て空振りさせた。だが、WBA2位がその前に放つ右ストレートは何発か被弾した。前WBC/IBFバンタム級チャンピオンは、「左フックに意識がいっていましたね。反省材料です」と語ったが、スパーリングを重ねる度に、カルデナスの動きを読み、空転させるシーンが増している。既に力量を見切ったか、と感じさせることも多々ある。階級をアップしたことで、中谷は間違いなく一皮剥けた。フットワーク、踏み込みのスピード、そしてパンチの伸びが鋭くなった。体付きも一回りどころか、二回り大きくなっている。
カルデナスとのスパーリング3日目、中谷は敢えてクロスレンジでの戦いを挑んだ。前足、頭の位置を頻繁に変え、相手の出方を窺(うかが)う。
WBA2位と中谷の身長差は8センチ。それでも、相手より頭を低くするイメージで近付き、左右のアッパーを顎へ繰り出す。少し離れると、左の打ち下ろしをカルデナスにヒットした。また、パリングした直後のジャブもWBA2位の顔面を捉えた。

スパーリング後、中谷は振り返った。
「まずはカルデナスの嫌がることを探っていきました。序盤は前の手でフェイントをかけ、向こうに距離感を掴ませないことが狙いでした。スーパーバンタム級に対応する体を作ってきましたが、動きやすく、スピードがついてきたことを実感しています。
僕の距離で戦えばリングをコントロールできていると感じます。でも接近戦になった場合、何発かもらってしまったので、修正していく必要がありますね。それプラス、ピンポイントでパンチを当てられるよう、もっと突き詰めていかなければと思っています」
カルデナスが「自分が良くなった」と感じたのは、中谷が彼の土俵で戦ったからだ。中谷は自身の真骨頂であるアウトボクシングではなく、敢えてカルデナスが好むインファイトを選び、WBA2位の攻撃を躱(かわ)すトレーニングをしたのだ。長所を伸ばすばかりだと、リングで困惑する瞬間が訪れる。だからこそ、あらゆる負の局面を想定した準備をするのが中谷陣営の方針だ。
4日目のスパーでは、更に両者の差が広がった。中谷はカルデナスのスピード、パンチの軌跡、手が出てくるタイミングを読み、触れさせない。カルデナスの最大の武器である左フックを含め、繰り出すパンチのほとんどが的から外れる。中谷は、バランスを崩したWBA2位に対して、右フック、左アッパーのカウンターをヒットさせる。時に、自らロープを背負い、カルデナスを呼び込んだ。
「同じ手で連続して2つのパンチを出せ、という指示が出たんですよ。相手がどう反応するかを見るために、自分のリズムを変えてみました。色んな角度からパンチを出すことを意図としましたね。
カルデナスの得意な距離に体を置き、しっかり見てディフェンスしてからパンチを合わせることをやってみたんです。そこでも彼が嫌がる動きをしようと。自分の感覚を確かめながらやりました」
中谷が師事するルディ・エルナンデスはスパーリングの際、ラウンドごとにテーマを設定する。「このラウンドはディフェンスを重視して、ロープを背負った局面から始めろ」「捌(さば)いてこい」「徹底的に接近してやれ」「足を使って触れさせるな」「自由に攻めてこい」といった具合だ。

11月19日、カルデナスとのスパーリング5日目の第2ラウンドのことだった。ルディはサウスポーの中谷に対し、「オーソドックス(右構え)で戦ってこい」と告げた。スタンスを変えてカルデナスと対峙する中谷を目にした筆者は、3年前の夏を思い出した。
2022年8月中旬からおよそ2カ月に及んだLAキャンプは、全てを右構えでこなすメニューだった。2階級制覇を目指し、WBOフライ級タイトルの返上を決めていた中谷は、当時こんな発言をしている。
「難しいですし、やりづらさはあります。相手に対して、どうしても正面を向いてしまう。パンチの精度や身体の使い方も課題ですね。あるタイミングでガードが下がってしまったり、サウスポーなら反応できる瞬間でも目にする光景が違うんです。
ただ、オーソドックスで戦うことで『サウスポーって遠く感じるな』とか、吸収することがとても多く、楽しく過ごせています。間違いなく、対応力は増しているでしょう。血となり、肉となっていいますね」
オーソドックスにした中谷は、左の差し合いでアドバンテージをとり、カルデナスに右フック、左フック、右フックのコンビネーションを浴びせた。
中谷は、あの日から今日までに、3本のベルトを自身のコレクションに追加した。カルデナスとのスパーリングで見せた右構えは、この3年と数カ月でいかに彼が成長したかを物語っていた。

スパーリング終了後、中谷は言った。
「久々のオーソドックスでしたね。カルデナスにどこまでできるか試しました。いつもと違ったアングルで見えましたし、昔よりもバランス良く動けたと思います。相手が何を狙っているかを把握して、右構えで対応できた点が収穫です。3年前はいつか本番のリングで出せるであろうオーソドックスの練習だ、と考えていましたが、近く出せる可能性もあるかなと」
ルディは愛弟子にオーソドックスで2ラウンド戦わせた後、本来のサウスポーに戻れと命じた。すると中谷の動きが俄然シャープになる。ジャブ、ダブルのワンツー、WBA2位のジャブを躱してのワンツーとレベルの違いを見せた。
翻弄され、受け身に回らざるを得ないカルデナスは、鬼気迫る表情で遮二無二前進するが、前バンタム級2冠王者を捉えられない。
「距離の取りやすさ、そこをキープする能力は、やはりサウスポーの方があるな、と感じながらやっていました。打たせずに距離を取り、プレッシャーかけられても焦らす作業ができましたね。ロープを背にして、カルデナスを観察する時間も作りました」
中谷の発した"時間"とは、2秒に満たないものだ。スーパーバンタムに転向した中谷は、旭日昇天の勢いだ。その成長スピードに瞠目(どうもく)させられる。15歳で単身この地に渡って研鑽を積んできた彼は、今、大きな花を咲かせようとしている。
12月27日の対戦相手、セバスチャン・エルナンデスが20戦全勝(18KO)だとしても、中谷の敵ではない。同じ興行でメインイベントを張る井上もまた、挑戦者のアラン・ピカソを難なく一蹴するに違いない。
2026年5月の日本人頂上決戦を制するために、中谷潤人は己を搾り尽くす。今日の己を、そしてモンスターを超えるためにーー。
◆中谷潤人を追い続けた渾身のノンフィクション、弊社より来年3月に発売予定!
取材・文・写真/林壮一
記事提供元:週プレNEWS
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