ドラフトの新潮流!! NPB球団はなぜ「米大学リーガー」に注目するのか?
イチオシスト

ドラフト会議当日、DeNAとソフトバンクが1位でスタンフォード大の佐々木麟太郎を指名。会場には大きなどよめきが湧き起こった
今年のドラフト会議では史上初、アメリカ留学中の2選手が指名されるという異例の事態が発生した。また、近年は海外の進学先から直接MLBを志す選手も増えている。若き才能たちが海を越えて巻き起こす野球界の新潮流に迫る!
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【史上初! 米留学中の日本人2人を指名】10月23日に行なわれたプロ野球ドラフト会議。最大のサプライズとなったのが、スタンフォード大・佐々木麟太郎のドラフト1位指名だ(DeNAとの競合の末、ソフトバンクが交渉権を獲得)。
大谷翔平らを輩出した花巻東高校で高校野球歴代最多となる、通算140本塁打を放った大型スラッガーは、全米屈指の名門である同大への留学という常識破りの道を選択。渡米2年目のシーズンを控えるこのタイミングで指名を受けた。
加えて、ジョージア大に所属する投打二刀流・石川ケニーがオリックスからドラフト6位指名を受けた。米国留学中の日本人選手2人が支配下指名を受けるのは、1965年から始まったドラフト会議60年の歴史上初だ。
両選手は共に、来年7月のMLBドラフト会議の指名対象にもなっているため、NPBへの入団の可否は明らかにしていないが(※)、日本の野球界で新たな潮流が生まれていることは間違いない。
(※)2023年10月の野球協約改定により、海外の学校に在学中の選手は会議翌年の7月末日まで交渉期間が延ばされた。
バスケットボール界では八村 塁(現レイカーズ)に代表されるように珍しいことではなかった、日本の高校からの米大への海外留学が、野球界でも増えているのだ。
「もともと弊社では年間10人から20人ほどを送り出していましたが、今は35~45人ほどになりました」
そう語るのはアスリートブランドジャパン株式会社で代表を務める根本真吾氏だ。
スポーツ選手の海外留学仲介会社として創業から20年を超えたが、「野球人材の留学はコロナ明けから増加し、今や同業への新規参入が相次いでいる」と話す。
その背景について根本氏は「大谷選手らの活躍や佐々木選手のような存在はトリガー」になったと認めつつも、本質的な要因は社会における「留学経験者の需要の高まり」だと断言する。
「国内外の企業は英語力に加えて、異文化での修羅場を乗り越えたタフさや自立性を高く評価している。野球で食えなくても、一流企業が欲しがる人材になれるわけです」
厳しい環境と引き換えに、野球以外の「保険」を手に入れ、親も本人も納得できるキャリアを築けるというわけだ。
【徹底した文武両道でタフな人材に】こうした評価の礎となっているのが米大学の「文武両道」の徹底だ。全米大学体育協会(NCAA)が学業成績を厳格に管理しており、まさに「学業優先」なのだとか。
「本当にそのとおりです。授業をしっかり受けて、野球はその後。午前中に2コマぐらい、8時から12時までみっちり授業を受け、それから練習というスケジュールでした」
笑いながらそう語るのは前出の石川だ。ハワイで生まれ、小学2年生のときに来日。横浜で育ち、茨城・明秀日立高では3年時に春夏連続で甲子園出場。亜細亜大でも1年生から公式戦で4番を打った。

投打二刀流の石川ケニー。佐々木と同様、その動向は来年7月のMLBドラフト会議の結果も踏まえての決定となる

今夏から名門ジョージア大に転学。150キロ超の豪腕に加え、パワフルな打撃も持ち味
だが監督交代などもあり、出場機会が著しく減少。その時期に参加した米国のサマーリーグで高い評価を受け、シアトル大へ転学した(石川は日本と米国双方の国籍を持つため、厳密には「留学生」ではない)。
そこで1年目から投打にわたって持ち味を発揮。打っては打率.318、8本塁打、全米13位の二塁打23本を記録。投げても、リーグ全体の防御率が6点台(金属バット使用のためこの水準)という環境で、防御率4.21を記録し、投球回(66回3分の1)を上回る73個の三振を奪った。
その活躍が認められ、全米優勝経験のある名門・ジョージア大への転学が決定。米国の大学スポーツではキャリアアップや出場機会を求めての転学は一般的で、石川は全米大学野球最高峰のレベルにあるサウスイースタン・カンファレンス(SEC)でプレーする、初の日本人選手となった。
日米それぞれの大学生活、大学野球を経験している石川は「どちらにも良さがある」と前置きしながら、さまざまな違いがあると明かす。
「全体練習は日本より短くて3時間程度。時間になったらきっちり終わります。でもその分、密度は高いですよ。その後はそれぞれ個人練習。ジムに行く人も多いです。
指導はビデオ分析が中心。良いときの自分の映像を残しておいて、調子を崩したときに比較して『おまえは以前こうだったぞ』と具体的に伝えてくれるんです。
新しいことを無理にやらせるより、おのおののペースや個性を大事にしてくれる。押しつけがないし、監督・コーチと選手は対等な関係。先輩後輩もなく、意見が言いやすい雰囲気ですね」
日本では高校時代に坂本勇人(巨人)らを育てた金沢成奉監督、大学時代に山﨑康晃(DeNA)らを育てた生田 勉監督(入学時)と、数多くのプロ野球選手を輩出してきた名将が率いる学校を自ら選び、厳しい指導の下で技術と人間性を磨いた。
「もちろん、そうした日本のスタイルもすごく好きで、感謝しています」と振り返る石川は、それを基礎にアメリカンスタイルの良さも自分のモノにし、選手としての幅を広げたことで、現在の飛躍につなげた。
「試合のためにバスで5時間、飛行機で3時間も移動したり、試合前に宿題をやったり......。日本では考えられないスケジュールですよね」と言いながらも「全部が新鮮で楽しい」とハワイアンらしく明るく笑い飛ばす。
【アスレチックスから指名を受けたハワイ大・武元】石川の場合はもともと英語を話せたが、「英語力ゼロ」で渡米し、飛躍した日本人選手もいる。それが智弁和歌山高からハワイ大に進学し、今年のMLBドラフト会議で、アスレチックスから指名を受けた武元一輝だ。
武元は高校3年の春までは日本のプロ野球志望だった。しかし、同校の中谷 仁監督(元阪神、楽天、巨人)が武元の人柄や大きな体格を評価し、進路指導の際に留学を勧めたことをきっかけに渡米を決意。

身長189cm、98kgという恵まれた体格の武元。大谷翔平や石川と同じく、打撃の評価も高いが、アスレチックス入団後は投手に専念する予定だという
「ハーイくらいしか言えなかった(笑)」と英語力は皆無に等しかったが、「楽観的で、なんでもワクワクして楽しんでやるタイプ」という性格や、「人ってやっぱり必要な状況になると覚えるんですよ」という環境も相まって語学力も技術も飛躍的に向上した。
数多くの日本人留学生を見てきた前出の根本氏も、「文武両道と聞くとハードルが高く感じる人もいるかもしれませんが、ある程度の英語力を身につければ、授業や生活についていけるケースは多い」と話す。
【トップ校の支援体制は「日本と段違い」】環境や奨学金制度の充実もメリットだ。高校までの実績があまりない選手はまず2年制の短大に入って、そこから4年制の大学への進学を目指すのが一般的だが、NCAAのディビジョン1(大学スポーツのトップリーグ)に所属する大学に入れば、環境も日本とは段違いだ。
甲子園での登板や最速149キロ、高校通算20本塁打とプロ注目の実績があった武元は、直接ディビジョン1のハワイ大に進学したが、その支援体制には驚いたという。
自前の球場(4000人以上収容)やジムといったハード面はもちろん、「健康管理の面も素晴らしい。オレンジジュースやミルク、プロテイン、サプリ、補食、フルーツなどが球場にもジムにも常にあります」と舌を巻いた。
そうした充実の環境も存分に生かし、体重は渡米前の90kgから98kgに増えた。今回の取材が初対面だったが、筋骨隆々の体格、特に丸太のような太ももには記者も驚かされた。球速も151キロまで伸び、アスレチックス入団後は投手に専念する。
資金面のサポートも充実しているという。「甲子園トップレベルの選手であれば、奨学金が出て大半がカバーされるということも多いと思います」と話すように、武元は1年目からフルスカラーシップ(学費・寮費・食費なども含む全額支給)、石川も1年目(シアトル大)が9割ほどの支給、2年目(ジョージア大)はフルスカラーシップだ。
日本に比べ、出会う人々の人種や出身地、境遇も多様だ。武元は「遠征でカリフォルニア、ワシントン、オレゴン、ボストンにも行きました。若いうちから世界を知り、全世界に友達ができた。これは僕の宝物です」と目を輝かせる。
このような充実した環境があり、かつ引退後にもつながる経験やキャリア形成ができるとなれば、今後、「米国への野球留学」はさらに有力な選択肢になりそうだ。
NPB球団も、こうした流れはつかんでおり、スカウト網を世界に広げている。実際、石川にはオリックス以外にも複数の球団が調査を進めていた。
森井翔太郎(桐朋高を卒業し、今季からアスレチックス)のように、高卒ですぐMLB球団と契約する選手もおり、NPB球団のスカウト関係者は「選手の獲得競争の相手は日本の球団だけではありませんし、ドラフトに向けてスカウトする日本人選手の対象範囲も、国内だけではありません」と語る。
グローバル化の波は日本球界にも確実に押し寄せている。さまざまな選択肢が生まれた今、これからどんな人材が日本の球界や社会に輩出されていくのか楽しみだ。
取材・文・撮影/高木 遊 写真/時事通信社
記事提供元:週プレNEWS
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