“サイレント映画のように臨んだ” シム・ウンギョンと三宅唱監督が語る「旅と日々」とつげ義春の世界
イチオシスト
11月7日から公開される映画「旅と日々」。つげ義春のマンガを原作に気鋭の三宅唱監督が映画化、今年8月に開催されたスイス・ロカルノ映画祭で、日本映画としては18年ぶりに最高賞「金豹賞」受賞という快挙を果たしたことでも話題となった本作が、いよいよスクリーンに登場する。

発売中の映画専門誌『キネマ旬報11月号』では、公開に合わせて、本作を大きくフィーチャーした特集を組んでいる。題して「つげ義春と映画」。日本を代表するマンガ家のひとりであり、その独特な世界観によって、竹中直人、石井輝男、山下敦弘ら、これまでにも多くの映画人を惹きつけてきたつげ義春。それら映像化作品をとりあげながら、つげ作品のもつ奥深さをあらためて考える巻頭特集だ。
その冒頭にあるのは、もちろん「旅と日々」。“つげ義春映画”の最新作である本作に、監督の三宅唱はどのように臨んだのか。『キネマ旬報』では、本人へのロングインタビューが掲載されているが、ここでは誌面から、主演の韓国人俳優シム・ウンギョンとの対談(取材・文=岡本敦史)を抜粋してお届けしたい。
バスター・キートンのお互いのお気に入りの写真を送り合った

──三宅監督がシム・ウンギョンさんを主演に起用した理由は?
三宅 シナリオを書き始めたときは、原作同様に男性を主人公にしていましたが、なぜかしっくりこないというか、映画化する意味を見失っていました。マンガが完璧すぎるので。それがある日突然、シム・ウンギョンさんの姿が思い浮かびまして……。以前、一度お会いしたことはあったんです。
シム 初めてお会いしたのは、3年前の釜山国際映画祭で「ケイコ 目を澄ませて」(22)が上映されたときでしたね。三宅監督と岸井ゆきのさんのトークショーがあって、私もゲストとして参加させていただいたんです。
三宅 ほんの短い時間でしたが、すごく興味を惹かれたんです。「この人が持っている空気について知りたい」と思った。ウンギョンさんを見ながら、バスター・キートンの映画を見ているときの感覚が蘇ったんです。キートンの全力疾走アクションではなく、彼の作品に必ずある、所在なさげな表情でちょこんと座っている姿。その印象をウンギョンさんが喜ぶかどうか分からないけど(笑)、でキートン的な純粋な美しさを感じていました。
それで、このシナリオを書いている最中、ふっと彼女のことを思い出した。これは面白いことになるんじゃないかと思って、製作陣に提案したという次第です。
──その個性が「旅と日々」にぴったりだと三宅監督が思った理由は?
三宅 ウンギョンさんを起用することで、いわゆる「他者性」が際立った部分もあるんですが、そこは本質的な理由じゃないんです。性別や国籍の違いを超えて、つげさんのマンガの登場人物が持っている、ある特別な精神のようなものを彼女が備えているような気がした。
不器用ながらも健気に、うまく生きようとするけれどもうまくいかない。落ち込んだりもしながら、意外と感情的にはしなやかで、うっかり気分が上がっちゃったりもする。そういう人物を、チャーミングさも含めて引き受けられる存在として、ウンギョンさんは適役なのではないかと。もちろん映画俳優としても圧倒的な実力の持ち主ですし、あとはウンギョンさんがシナリオを気に入ってくれるかどうかだったので、反応をすごく気にした記憶があります。
シム 私はもともと三宅監督のファンで、いつか仕事でご一緒したいとずっと思っていたんです。釜山国際映画祭で初めて監督とお会いできたときも嬉しかったのですが、そこからこんな短期間でご一緒できるとは思っていなくて。事務所から出演オファーの連絡が来たときは「ホントですか? 嘘じゃないですよね?」って訊き返しました(笑)。びっくりしながら台本を読みまして、そのあと監督と最初の打ち合わせをしたとき、「この数年間に読んだ台本のなかで一番です」とお伝えしました。
──それはどんなところが?
シム 役者として、映画人として、お客さんと語り合えるような内容であるところにまず感動したんです。それに、自分が映画で見せたかったお芝居や、メッセージ性も込められた内容であることも嬉しかった。「自伝的」と言ったらいいのか、本来は関係ないはずなのに、私自身が描かれているようにも感じて。だから「これは絶対にやらねば!」という気持ちになったんです。

──つげ義春のことはご存知でしたか?
シム お名前はもちろん存じ上げていました。でも、つげ先生のマンガをちゃんと読んだのは、この映画への出演が決まってからです。まず原作になった『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』を読んで、それをきっかけにつげ先生の作品にハマりました。いろいろな作品を読んでいくと、特に大きな出来事が起こらないように見えるけれど、そこには人間の素顔とか、“そのまんま”の人間群像が描かれているように思いました。人間だからこその、言葉にできないような心理も鋭く描かれていて、本当の意味での人間らしさ、自分らしさといったことまで考えさせられた気がします。
──そういう作品理解も含め、監督と撮影前に話し合ったりされましたか?
シム 最初はメール交換から始めて、役作りのために細かいお話をうかがいました。たとえば、自分が演じる脚本家の李という人物は、どういう性格なのか? 厭世的な人物なのか?といったキャラクターの話から、彼女の内面に起こる気持ちの変化についても訊いたりしました。また、李がよく聴く音楽を私なりに考えて、そのプレイリストを監督に送ったりしました。できるだけ彼女の心理に近づくため、いろいろとヒントを得たかったんです。
三宅 ウンギョンさんからは、そういう具体的な質問や考察をたくさんいただきました。イ・サン(李箱)という韓国の著名な詩人について教えてもらったり、それに対してぼくが詩人・建築家の立原道造について教えたり、バスター・キートンのお互いのお気に入りの写真を送り合ったりもしました。
──キートンの話は、実際の演技にも効果はありましたか?
シム もちろんありました。もともと私は、サイレント映画をやりたいとずっと思っているので……。
三宅 いやあ、ニコニコしてしまいますよね。この時代に第一線の俳優さんで「サイレント映画に出たい」と語るのは、本当に素敵だと思います。
シム ありがとうございます(笑)。サイレント映画の素晴らしいところは、セリフがなく、動きや表情だけで状況を見せて、ストーリーを語っていくところですよね。今回、李を演じるうえで、監督と話し合いながら、まさにサイレント映画のような考え方でやってみてはどうかと思ったんです。どんなふうにカメラアングルに入って、どう動いて、どう見せるか。その見せ方がとても大事になると思ったので、現場でも監督とアングルを確かめ合いながら、繊細に動きを作っていきました。
監督は普段から映画の勉強会を開かれているという話も聞きまして、私もぜひ参加したいと思ったのですが、まだ誘われたことがなくて(笑)。でも、今回の映画を撮りながら、自然とその勉強会に加われたようにも思います。とても楽しくて、改めて映画作りの面白さを感じた日々でした。
この後も「旅と日々」の現場をめぐって二人の対話は続く。その詳細は発売中の『キネマ旬報』11月号にてお楽しみください。
『キネマ旬報』11月号では、「旅と日々」のほかにも、過去に“つげ義春映画”を手掛けた監督たち──「無能の人」(1991年)の竹中直人、「ゲンセンカン主人」(1993年)「ねじ式」(1998年)の石井輝男、「蒸発旅日記」(2003年)の山田勇男、「リアリズムの宿」(2004年)の山下敦弘、ドラマ『つげ義春ワールド』(1998年)の豊川悦司──に加え、俳優の佐野史郎、数多くの“つげ義春映画”のプロデュースを手掛けきたセディックインターナショナルの中沢敏明が登場。それぞれの現場での思い出やつげ義春作品の魅力を、インタビューやエッセイで語っている(石井輝男監督は過去記事の再録)。
つげ義春と映画の世界を考える決定版的な一冊。ぜひ書店やオンライン販売で手に取ってほしい。
制作=キネマ旬報社

シム・ウンギョン
1994年まれ、韓国出身。映画「サニー 永遠の仲間たち」(11)で主人公の高校時代を演じて注目され、70歳の老女が20歳に若返るコメディ「怪しい彼女」(14)で百想芸術大賞の最優秀主演女優賞をはじめ数々の女優賞を受賞。2017年頃から日本でも活動を始め、「新聞記者」(19)で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞などを受賞し注目を集め、「ブルーアワーにぶっ飛ばす」(19)でも高崎映画祭最優秀主演女優賞などを受賞。「椿の庭」(21)では富司純子とW主演を務めた。2024年には主演を務めた映画「ザ・キラーズ」が釜山国際映画祭 Korean Cinema Today Panorama部門に出品されるほか、日韓の幅広いジャンルの作品で活躍している

三宅唱(みやけ・しょう)
1984年生まれ、北海道出身。映画美学校フィクション・コース初等科修了、一橋大学社会学部卒業。短篇作品を手がけたのち、「やくたたず」(10)で長篇初監督。2012年、長篇「Playback」(12)がロカルノ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門に正式出品され、第22回日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞を受賞。続く「THE COCKPIT」(14)、「きみの鳥はうたえる」(18)も注目を集める。さらに「ケイコ 目を澄ませて」(22)は第72回ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門正式出品、「夜明けのすべて」(24)は第74回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に正式出品されたほか、いずれもキネマ旬報ベスト・テン第1位になるなど、国内外で数々の映画賞に輝く。他にビデオインスタレーション作品「ワイルドツアー」(19)、星野源〈折り合い〉のMVを手掛けるなど、幅広い映像分野で活躍している。
「旅と日々」
監督・脚本:三宅唱
撮影:月永雄太
音楽:Hi’Spec
出演:シム・ウンギョン、堤真一、河合優実、髙田万作、佐野史郎、斉藤陽一郎、松浦慎一郎、足立智充、梅舟惟永
2025年・日本・1時間29分
配給:ビターズ・エンド
© 2025『旅と日々』製作委員会
「夜明けのすべて」(24)の三宅唱監督が、つげ義春のマンガ作品『海辺の叙景』『ほんやら洞のべんさん』を基に映画化。主人公を執筆に行き詰まった韓国人の女性脚本家にするなどアレンジを凝らし、思索的なロードムービーに仕立てている。2025年ロカルノ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門に出品され、日本映画としては18年ぶりとなる最高賞の金豹賞を受賞した。
◎11月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、テアトル新宿ほか全国にて

記事提供元:キネマ旬報WEB
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