世界相撲選手権会場のタイ・バンコクで直撃取材!! 元横綱・ 白鵬が見据える「相撲のオリンピック競技化」への道
白鵬 翔 1985年3月11日生まれ、モンゴル・ウランバートル出身。現役時代は宮城野部屋に所属。2001年の春場所で初土俵入りし、07年の夏場所後に22歳2ヵ月で69代目の横綱に昇進。その後、歴代最多の45回幕内優勝、同2位の63連勝など数々の記録をたたき出し、最強の横綱と評された
今年6月、突如日本相撲協会の退職を表明した元横綱・白鵬。弟子の不祥事をきっかけにした退職についてネット上にはさまざまな臆測が飛び交ったが、当の白鵬氏は世界への相撲のさらなる普及に向けて前を向いて動いている。
今、世界各国を巡る「旅」をするワケや、相撲界でこれから実現したいことなど、本人に根掘り葉掘り聞いた。
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■相撲のルーツを知る「旅」へ現役時代は史上最多45回の幕内優勝、同2位の63連勝など、輝かしい記録と共に人々の心に残った69代横綱・白鵬。
2021年9月に現役引退後は、宮城野部屋を継承し、親方として幕内・伯桜鵬を育てるなど弟子の育成、スカウトに奔走していた白鵬氏が、突如相撲協会を退職したのは、今年6月のことだった。
それから、3ヵ月。「アマチュア相撲を世界に広げるプロジェクトを中心に活動していく」と今後のビジョンを語る白鵬氏は、9月13、14日にタイ・バンコクで行なわれた「世界相撲選手権」の会場で、時に身を乗り出しながら各国選手たちの試合の行方を見守っていた。
世界各国から集まった選手と写真を撮る白鵬氏(右)。国も人種も多様な選手が取組を披露し、観客を大きく沸かせた
「国境や男女の区別なく、相撲を愛する選手たちが一生懸命相撲に挑んでいる。こういう姿が、私は本当に好きなんですよ。
特にタイは、数十年前から日本人の先生(タイ相撲連盟会長・倉沢澄夫氏)が相撲を普及させて、私が開催する『白鵬杯』にも多くの選手が出場してくれる熱心な国です。また、ウクライナ、モンゴル、ポーランドなども相撲が盛んですよ」
若手選手たちを見ながら、白鵬氏は自身の相撲との出会いを振り返る。
「私が相撲と最初に出会ったのは、7歳のとき。故花田勝治さん(当時の二子山理事長=45代横綱・若乃花)が、相撲のルーツを巡る旅の一環でモンゴルにいらしたとき、私の父(故ムンフバト氏=元モンゴル相撲横綱、メキシコ五輪レスリング銀メダリスト)と面会したのですが、そのとき一緒にいたのが私です。
もちろん、そのときは花田さんが〝伝説の横綱〟だったなんていうことは知らずに、いただいた相撲の雑誌とスナック菓子の『うまい棒』に喜んでいた、ただの少年でした(笑)」
「日本に来れば相撲の基礎を教えてあげる」という誘いに乗って、来日したのが15歳のとき。最初は力士になる気持ちはなかったが、帰国寸前で当時の宮城野親方(元幕内・竹葉山)のスカウトを受けて、力士になることを決意した。
もともと体が細かった彼も、師匠の教えを忠実に守って徐々に大きくしていき、18歳で新十両に昇進、その後も驚異的なスピードで横綱まで駆け上がった。
現役時代の白鵬氏の写真。01年春場所から21年秋場所後に引退するまで、現役生活を20年間続けた
現役当時から白鵬氏は相撲の歴史を詳しく勉強していたが、相撲協会を退職して自身の会社を立ち上げてから初めて知ったことがあった。
「世界で100ヵ国以上に、日本の相撲に近いスポーツがあって、おのおのチャンピオンがいるということには驚きました。まさに、相撲のルーツ、原点は世界に点在しているんだな......と。
私は入門以来、25年間相撲を愛して、愛されてきたと思っていますが、その恩返しとして相撲の原点を知りたいと思ったのです」
新会社設立後の7月から、白鵬氏はさっそく「旅」に出た。
「7月はスペインに行きました。スペインはサッカーが強い国ですが、サッカーと相撲は競技で使う用具などがシンプルなので、広がりやすいという共通点があります。スペイン相撲も見に行きましたが、スペイン人は日本の大相撲のことをよく知っていましたね」
そしてタイで開催された今回の世界相撲選手権にも白鵬氏は赴いたが、そこにはエストニア出身、元大関・把瑠都のカイド・ホーヴェルソン氏も姿を見せていた。現在はエストニアで相撲道場を開いている彼も、実は「世界ジュニア相撲選手権」出場がキッカケで力士への道を開いており、アマチュア相撲の普及活動に熱心だ。
白鵬氏は大相撲にいた頃とは違うワクワク感を胸に、さらに旅を続けるという。
「タイの後にはエストニアに行って、把瑠都にいろんなことを教えてもらうつもりです。その後もヨーロッパ、中東を回る予定。中東は特に日本の相撲のルーツに近いものがあると聞いていますから、今から楽しみなんです」
■世界に相撲を普及させるため奔走中9月28日に千秋楽を迎えた大相撲秋場所では、ウクライナ出身の小結・安青錦が11勝を挙げて技能賞を受賞したが、白鵬氏はウクライナにも思い入れがあるという。
「私が尊敬していて、いつも相談に乗っていただいていた故大鵬親方(48代横綱・大鵬)のお父さんはウクライナ出身です。
今、大相撲の世界にウクライナ人はふたり(安青錦、獅司)しかいませんが、アマチュアの世界では強豪国のひとつです。ウクライナには大鵬さんの銅像があって、みんな大鵬さんを尊敬しているんです。ウクライナ人が相撲に一生懸命なのは、そうしたところからも来ているんです」
世界選手権に参加する女子アマチュアの力士たち。女子の部は99年から始まり、毎年多くの国から選手が出場している
今大会でもウクライナは男女共に強さを見せて、豪快な技で会場を沸かせていた。
ウクライナだけではなく、モンゴル、オーストラリアなどには、「日本で力士になりたい」という少年や青年たちが数多くいる。
大会で存在感を見せて関係者の目に留まりたいと願う向きもあるのだが、現在、相撲部屋に在籍できる外国出身力士はひとり(部屋合併などの場合は除く)と決まっている。白鵬氏が裏事情を語る。
「『外国人枠』の話は、難しいよねぇ。制度が変わらないから、今は中学生や高校生の少年を来日させて、日本での生活を経験させてから入門させたり、帰化させてから入門させるという〝裏をかく〟ケースも多いです。個人的には、(外国人枠は)ふたりとかにしてもいいんじゃないかと思っているんですけどね......。
そもそも、プロの力士の基本はアマチュアにあります。日本の力士だって、相撲が未経験で入門してくるコはほとんどいません。小学生の頃やその前から、地元のアマチュアの先生や道場の下で稽古して、基礎をつくってから入門しているんですから」
基礎をつくる環境に乏しい外国出身選手は不利だと言える。では、そんな相撲界で白鵬氏が実現したいことは?
「私の大きな夢というか目標は、相撲をオリンピック競技にすることです。この取り組みは、日本大学相撲部の故田中英寿監督が中心となって世界選手権を開催した1990年代からすでに始まっており、99年からは女子の部も新設してオリンピックを目指してきました。現在も毎年(コロナ禍を除く)世界選手権が男女共に行なわれています。
今、(国際相撲連盟には)世界中で84ヵ国の登録があるのですが、だいたいいつも参加国は25~30ヵ国くらいなんです。オリンピック競技にするには、やはり50~60ヵ国の参加が望ましいんですよね。
ですから、登録している国で出場したいと願う選手は全員が参加できるような世界大会をつくって、まず参加国、参加者を増やしていくことが課題だと思っています」
だからこそ、「世界を回って相撲の面白さ、奥深さを伝えたい」と訴える白鵬氏。
「テニス、ゴルフはウィンブルドンなど、四大大会がありますよね。大会を増やすとレベルが上がりますし、選手たちを成長させることにもつながると思っています」
世界相撲選手権ではさまざまな国の旗が掲示される。スポンサーを務めるトヨタ自動車会長の豊田章男氏は9月、国際相撲連盟の会長に就任した
力士生活22年、親方生活3年と相撲界での生活が長かった白鵬氏だが、独立して会社の社長になった現在、心の持ちようは変わったのか?
「横綱、親方、社長と立場、役職は変わりましたけど、全体的な感覚としては変わらないですね(笑)。どの立場でも責任が大きいというのは同じですし、ひとつのことを成し遂げるときに、〝組み立て〟をうまくできる人間が結果を出せるんじゃないかと思っているんです」
「相撲を広げるプロジェクト」はとてつもなく壮大で、終わりが見えないものでもあるが、旧宮城野部屋所属だった力士たちの動向も毎日気になっているという。
「脊髄損傷の大ケガをした(元幕内)炎鵬も、秋場所は勝ち越して関取復帰の目が見えてきました。私がスカウトした草野は、新入幕を果たした名古屋場所で敢闘賞と技能賞を取って大活躍しましたし、今場所は少年時代から知っている伯桜鵬が敢闘賞を受賞して、本当にうれしい限りです。
弟子(元幕内・北青鵬)の不祥事で宮城野部屋が伊勢ヶ濱部屋に吸収合併されて、みんなにはつらい思いをさせてしまった。部屋閉鎖から1年がたっても再開のメドが立たなかったことが退職の原因にもなりましたが、元の弟子たちには精いっぱいがんばってほしいと願っています」
退職の決断は、悩みに悩んだ末のことだったのだ。
「この大会(世界相撲選手権)に参加している人たちは、ワンチームなんです。礼に始まり、礼に終わる相撲は人間を成長させます。スポーツ大会の頂点であるオリンピックで、この素晴らしさを世界の人に知ってほしいんです。
私は今年3月11日で40歳になりましたが、モンゴルでは40歳というのは、次のステップに進む節目の年ともいわれています」
「今年いっぱいは、世界中を回りますよ」と語る白鵬氏の目は、未来を向いていた。
取材・文・撮影/武田葉月
記事提供元:週プレNEWS
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