映画「敵」― 第37回東京国際映画祭で3冠受賞、筒井康隆文学の完全映画化!
日本文学界最後の巨人・筒井康隆による老人文学の傑作『敵』に吉田大八監督が挑んだ映画「敵」のBlu-rayが、8月6日に発売された(レンタルDVD同時リリース)。俳優歴50年を迎え、本作で12年ぶりの映画主演となる名優・長塚京三演じる元大学教授を主人公に、彼と三人の女性との触れ合いを交えながら、人生の最期へ向かっていく日常を全編モノクロの映像で描いた作品。本作は第37回東京国際映画祭のコンペティション部門に招待され、東京グランプリ/最優秀監督賞/最優秀男優賞の主要三冠を受賞。さらに「第18回アジア・フィルム・アワード(AFA)」では6部門にノミネートされ、吉田大八監督が最優秀監督賞を受賞するなど、国内外で輝かしい実績をおさめた話題作である。
独り暮らしの元大学教授の日常に、突如迫ってくる〈敵〉の存在!
渡辺儀助、77歳。20年前に妻に先立たれ、10年前に大学教授の職を辞して以来、彼は実家の古い日本家屋で慎ましい独り暮らしをしている。預貯金があと何年持つかを計算しながら、すなわち自身が後何年生きられるかを計算しながら、時にはかつての教え子を招いてディナーを振舞ったりする。遺言書も作成し、最期の時を待つ静かな毎日。ある時、そんな彼のパソコンに「敵がやって来る」 という不穏なメッセージが届く。それから儀助の周りで、奇妙な出来事が起こり始めていく……。
この作品の魅力は儀助の日常生活のディテールが、リアルかつ繊細に描かれていること。彼は朝起きると自分で朝食を作り、歯を磨き、昼食にはそばや冷麺を食べ、しばらくパソコンの画面に向かった後、スーパーへ買い物に行き、夕飯のときは少し晩酌も楽しんで就寝する。独り暮らしの割には部屋がよく片付いていて、生活空間に乱れがない。このすべてにおいてきちんとしている儀助の暮らしぶりがベースにあるからこそ、ちょっとした変調が気になってくる。
儀助の前に現れる、三人の女性。彼女たちは現実か、それとも妄想の存在か?
突然儀助を訪ねてきた、元教え子の靖子は白いブラウスを着た清楚ないでたちで現れ、今も儀助のことを慕っているそぶりを見せる。友人のデザイナーに連れられて行ったバー〈夜間飛行〉で知り合った大学生の歩美は、フランス文学を専攻していて、儀助とも話が合う。やがて彼の前に、亡き妻の信子が姿を現すようになる。果たして彼女たちは現実の存在か、儀助が抱く妄想が生み出したものか。吉田監督はその線引きをした描き方をしていないため、観る側はさまざまな受け取り方が可能だ。儀助は彼女たちに身勝手な思いを傾けるのだが、やがてそれぞれの女性からしっぺ返しを食らう。その状況を観ると、これは単なる儀助の妄想ではないことがわかってくる。
ここで現れるのが〈敵〉というキーワード。北の方から迫ってくる〈敵〉とは何なのか。それは老いやボケに抗おうと日々きちんと生き続ける儀助を、心身の衰えによって内面から侵食するものの総称とも受け取れるが、これも言葉で決めつけてしまうと面白くない。また若い人と、儀助と同年代の人では〈敵〉に対するイメージは違ってくるだろう。吉田監督はその不穏な雰囲気で儀助の不安感を煽り、筒井康隆ワールド独特の空気を見事に映像の中に掬い取っている。
繊細な演技を披露する長塚京三や、役にはまった三人の女優たちの好演
まず何と言っても、長塚京三が素晴らしい。独りでいるときはダンディで色気のあるオジサマ。しかし女性に迫られると経験不足からか、妙に純情な少年のような受け答えしかできない。そして家の庭の手入れをしてくれる男性の元教え子には、どこか傲慢な態度をとってしまう。多面的な儀助の人間味のあるキャラクターを繊細な演技で表現している。
また白いブラウス姿がクラシックな日本映画の美人女優を思わせる靖子役の瀧内公美、表と裏の顔を持つ女子大生をナチュラルに演じた歩美役の河合優実、そして儀助にとって聖母のような存在として登場する妻・信子役の黒沢あすかと、三人の女優がいずれも好演。他にも松尾諭、松尾貴史、中島歩、カトウシンスケなど、個性的な俳優たちが顔を揃えている。
撮影の裏側と作品の謎に迫る、特典のオーディオコメンタリー
今回のBlu-rayには特典映像として予告編が2本収録されているほか、音声特典として脚本も担当した吉田大八監督と、撮影の四宮秀俊が対談するオーディオコメンタリーが収められている。一度観ると感覚と感情を刺激される映画だが、謎も含んだ作品なので二人が話す撮影の舞台裏や、ちょっとした謎解きのコメントも興味深い。
例えば映像をモノクロにするか、カラーにするかの判断を監督は最終的に四宮に委ねたが、四宮は老いや死がテーマの作品に、カラーで向き合うことに怯えてモノクロをチョイスしたそうだ。ただモノクロにしたことで、人の顔を撮るときに余計なものがそぎ落とされていい映像になったという。また儀助が一人で食事をする場面が何度も出てくるが、モノクロで料理を美味しそうに見せるために、ライティングを明るめにしたという。劇中に登場するハムエッグや冷麺、牛乳にレバーを浸して焼いた焼き鳥など、どれも美味そうに見える。さらに撮影時期が冬だったため、夏から始まって四季を描くこの作品では、室内などのライティングをかなりこだわって調節し、季節感を出しているとか。
吉田監督からは、ある夜カップ麺を作った儀助が庭に不審者を見つけて、カップ麺を落としてしまうシーンに出てくる不審者は誰なのか。そして最後に中島歩演じる儀助の親族が、双眼鏡で一瞬見た人物は誰なのか。といった映画の謎の答えが語られている。吉田監督と四宮氏の話を聞いて観直すと、違った面白さが発見できる味わい深い作品である。
文=金澤誠 制作=キネマ旬報社
「敵」
●8月6日(水)Blu-ray発売(レンタルDVD同時リリース)
Blu-ray&DVDの詳細情報はこちら
●Blu-ray 価格:6,600円(税込)
【ディスク】
★特典映像★
・本予告
・30秒予告
★音声特典★
・オーディオコメンタリー(脚本・監督:吉田大八×撮影:四宮秀俊)
●脚本・監督:吉田大八
●原作:筒井康隆『敵』(新潮文庫刊)
●企画協力:新潮社
●撮影:四宮秀俊
●照明:秋山恵二郎
●出演:長塚京三
瀧内公美、河合優実、黒沢あすか
中島歩、カトウシンスケ、髙畑遊、二瓶鮫一
髙橋洋、唯野未歩子、戸田昌宏、松永大輔
松尾諭、松尾貴史
●企画・製作:ギークピクチュアズ
●発売・販売元:ハピネット・メディアマーケティング
©1998 筒井康隆/新潮社 ©2023 TEKINOMIKATA
記事提供元:キネマ旬報WEB
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。