ドキュメンタリーの名作を手掛かりに、 戦後80年の日本と未来を語る注目企画!「戦争と対話」(前篇)

日本映画専門チャンネルでは、『戦後80年 内田也哉子ドキュメンタリーの旅「戦争と対話」』と題して、信越放送が過去に作ってきたドキュメンタリー6作品を手掛かりに、エッセイストをはじめ、マルチに活躍する内田也哉子を旅人として、戦後80年の日本を見渡し、未来へのメッセージを届けるシリーズを放送する。シリーズでは毎回ドキュメンタリー作品1本を放送し、それを今の視点から観たゲストたちと内田也哉子が『戦争と対話』をテーマに語り合う。彼らは過去に作られた作品から何を学び、現代と照らし合わせて何を想うのか。ここでは東海テレビで話題のドキュメンタリーを数多く制作し、シリーズの企画・プロデュースを務めた阿武野勝彦に、シリーズの狙いと番組の魅力について語っていただいた。
樹木希林と無言館が、旅人・内田也哉子を呼び込んだ

――この『ドキュメンタリーの旅』シリーズは、戦後70年のときにも阿武野勝彦が東海テレビで企画した。過去のドキュメンタリー番組を入り口に、登場する旅人がゲストとあるテーマについて語り合うという構成も同じ。ただそのときに旅人を務めたのは、内田也哉子の母親・樹木希林だった。
阿武野:「也哉子さんを旅人にしたら、面白い『ドキュメンタリーの旅』ができると思いました。也哉子さんには樹木希林さんについてのドキュメンタリー番組に出ていただいたこともあって、知り合いでした。昨年、『無言館の共同館主をやってほしいと言われているんだけれど、阿武野さんはどう思う』と、彼女から電話をもらったんです。無言館は第二次世界大戦などで戦死した画学生たちが遺した作品を飾っている、長野県上田市の美術館です。その共同館主を40代の也哉子さんがやるのは、精神的にも重いものを背負うことになる。だから僕は、『やめた方がいい』と言いました。でも彼女は、樹木さんから『子どもたちも大きくなってきたからこれからは家庭を耕すのではなく、社会の一隅を照らすようなことをしてほしい』と言われたそうで、それもあってか共同館主を引き受けたんです。ただ自分には戦争についての基礎的な知識が足りないのではないかという不安もあったようです。そして昨年(2024年9月15日)、樹木さんの七回忌の法要が営まれたときに、僕の方から『ドキュメンタリーの旅』をやりませんかと、提案しました」
珠玉のドキュメンタリーを作り続ける、信越放送の作品6本をセレクション!

――シリーズで題材にするドキュメンタリーを、信越放送制作の作品に絞ったのには理由がある。
阿武野:「無言館があるのは長野県上田市ですから、也哉子さんを旅人にするなら地元局で作るのが一番適していると思いました。また信越放送には、手塚孝典さんというドキュメンタリーのディレクターがいて、彼の作品は日本民間放送連盟賞などを何度も受賞している。それで一緒にこのシリーズを作るなら彼だと思って連絡すると、3、4日で『是非やりたい』と返事をくれました。共同制作の日本映画専門チャンネルにいくつか作品を見せたら、信越放送とタッグを組むことに異存なしと言ってくれたので、そこからシリーズの内容を練り始めました。当初は『家庭』とか『経済』とか、信越放送の膨大なライブラリーの中から作品を選んで、戦後80年を俯瞰するシリーズにしようと思いましたが、このタイミングでやるなら、戦争をまっすぐに扱った方がいいのではないかと、今回の6作品になりました」

――こうして#1「無言館・レクイエムから明日へ」(2006年)をはじめ、戦争中に満蒙開拓青少年義勇軍として満州に渡った少年たちの中で、生き残った人々が当時を証言する#2「少年たちは戦場へ送られた」(2010年)、北朝鮮に渡った家族との再会を夢見る女性が国際交流の一行と北朝鮮へ赴く#3「再会~平壌への遠い道~」(1986年)、中国残留日本人と中国人の両親を持つ小学校教諭とその息子が、日本からも中国からも疎外される状況を描いた#4「遼太郎のひまわり~日中友好の明日へ~」(2012年)、戦時中にボルネオ島で英豪軍の捕虜2400人余りが死亡した『サンダカン死の行進』の悲劇を調査する、元捕虜の息子であるオーストラリア人にスポットを当てた#5「78年目の和解~サンダカン死の行進・遺族の軌跡~」(2024年)、戦争で命を落とした人々の遺骨収集や供養も行う長野県松本市のユニークな住職を描く#6「いのちと向き合う~皆の宗・高橋住職の挑戦~」(2003年)の6作品が選ばれた。
戦争をテーマに、対話するゲストの顔ぶれと内容が魅力

阿武野:「作品のセレクションもそうですが、一番難航したのは対話相手を選ぶことでした。政治的なことや戦争に関することに触れるのを避ける傾向が、特に芸能界では拡大しています。特に何でも自由に話していそうなお笑い界は壊滅的でした。今回出てくださったゲストは、日々、きちんと自分の意見を言い、表現をされている方たちです。#1のゲスト・森山直太朗さんは、也哉子さんと以前から懇意にされているということもあるんですが、歌詞の中に現代をどう見ているのかという独特の視点があります。お忙しいのに、実際に無言館へも足を運んで、也哉子さんとの対話に臨んでくれました。二人の対話を聞いていると、信州の風が吹いているような爽やかさがありました」

阿武野:「YOUさんは子どもが同級のママ友として也哉子さんと仲が良くて、#2のテーマにぴったりだと思いました。バラエティ番組でもYOUさんには予定調和を切り裂くような発言をする瞬間があって、当時の少年たちを見つめる母親としての想いとつながったら、どんな発言が飛び出すだろうと思ったんです」

阿武野:「ジャーナリストの青木理さんは#3に描かれる朝鮮問題にも詳しい方で、信越放送のある長野県出身なこともあってお願いしました。#4の坂本美雨さんはガザの問題などにも直接的に支援をしていて、芸術に造詣が深いところも也哉子さんとも共通する。ここでは主人公の女性教師と息子さんのことが描かれますから、包容力の大きな美雨さんが適任だと思いました。
#5のゲスト、岸本聡子さんは東京都杉並区の区長です。彼女にスポットを当てた「映画 〇月〇日、区長になる女。」(2024年)というドキュメンタリーを観たときに、どうしたら人は和解できるんだろうと思ったんです。#5は捕虜だった自分の父親を死に追いやった日本に対して、オーストラリア人の主人公が和解に向かって動いていく。政治的対立の中で区政をやっていかなくてはいけない岸本さんが、和解について、民主主義の進め方についてどんな発言をするのか興味があったんです。彼女は対話の中で、『正しさの調整』という言葉を使っています。とても印象的でした。
#6のゲストは、沖縄にある佐喜眞美術館の館長・佐喜眞道夫さん。最初は館内の軽い引率程度で、佐喜眞さんを対話相手に想定していなかったんです。シリーズのはじめにロケをしたのが沖縄で、沖縄の戦跡を巡った最後に佐喜眞美術館を訪ね、館長の佐喜眞さんから、丸木位里・丸木俊夫妻が晩年に取り組んだ大作『沖縄戦の図』を展示するためにこの美術館を作ったという話を聞き、『芸術と戦争』というテーマが浮かび上がってきました。佐喜眞さんと也哉子さんのお話がとても濃密で、これを使わない手はない、と。この佐喜眞さんの熱のこもった話を、シリーズの最後にお見せすることになったんです」
――ではこのシリーズで旅人を担当した内田也哉子は、10年前に作られた樹木希林のシリーズの魂をどのように受け継ぎ、そこにどんな自分の視点と存在を入れ込んでいったのか。それについては後篇にて(続く)。
取材・文=金澤誠 制作=キネマ旬報社
<阿武野勝彦 プロフィール>
1959年静岡県生まれ。81年東海テレビ入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作。『とうちゃんはエジソン』(03・ギャラクシー大賞)『裁判長のお弁当』(07・ギャラクシー大賞) 劇場公開作に「平成ジレンマ」(10)「死刑弁護人」(12)「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」(12)「神宮希林」(14)「ヤクザと憲法」(15)「人生フルーツ」(16)「さよならテレビ」(19)「チョコレートな人々」(22)など17作をプロデュース。個人賞に日本記者クラブ賞(09)、芸術選奨文部科学大臣賞(12)。24年より「オフィス むらびと」代表。著書に『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』(21・平凡社新書)。
戦後80年 内田也哉子 ドキュメンタリーの旅 「戦争と対話」
【放送日時・作品】
<日本映画専門チャンネル>
8月11日(月・祝)~15日(金)よる7時から#1~5を放送
8月22日(金)よる7時から#6を放送
さらに、8月11日(月・祝)放送の「#1『無言館・レクイエムから明日へ』森山直太朗」はスカパー!【BS255】にて無料放送を実施。
<出演>
旅人:内田也哉子
対話人:森山直太朗、YOU、青木理、坂本美雨、岸本聡子、佐喜眞道夫
<スタッフ>
企画・プロデュース:阿武野勝彦
テーマ音楽:吉俣良
ディレクター:中村育子
プロデューサー:手塚孝典、三瓶祐毅
さらに関連作品として、戦後70年を迎えた2015年に東海テレビが制作した「戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅」2作品も8月11日(月・祝)午後3時から連続放送!
●戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅『村と戦争』吉岡忍(2015年)
ディレクター:土方宏史
出演:樹木希林
ゲスト:吉岡忍
●戦後70年 樹木希林ドキュメンタリーの旅『いくさのかけら』岡野弘彦(2015年)
ディレクター:土方宏史
出演:樹木希林
ゲスト:岡野弘彦
記事提供元:キネマ旬報WEB
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