sejuのグラビアエース・榎原依那が語る初グラビアの思い出「恥ずかしいと思わないよう、『うぉら~っ!』と勢いをつけて試着室のカーテンを開けました」
『週刊プレイボーイ』に登場する女性たちに「初グラビア」にまつわるエピソードや当時の想いを聞く連載、『初グラビア物語~My First Gravure Story~』。今回は榎原依那(えのはら・いな)さんによる前編。
榎原さんは2023年末にsejuに所属し、翌年2月に『FRIDAY』2025年3/15号でグラビアデビュー。その愛らしい顔立ちと圧倒的すぎるスタイルを披露すると、翌日にSNSのフォロワーが1万人まで増えるほどの大反響となった。『週刊プレイボーイ』では2024年24号に初登場、以降3回にわたって表紙・巻頭に登場し、さらに話題に。
2024年年末には『グラジャパ!アワード』で最優秀新人賞を受賞、2025年2月には『FRIDAY』創刊40th記念企画「グラデミー賞」にてMVG(大賞)を受賞した。
現在はタレントとしてテレビにも出演するなど活動の幅を広げている。今回はそんな榎原依那さんにグラビアデビューのきっかけから、撮影に関するエピソードを語ってもらった。
『週刊プレイボーイ2024年24号(撮影/西條彰仁)より
『週刊プレイボーイ2024年24号(撮影/西條彰仁)より
ーー週プレにゆかりのある方に初グラビアとその前後について語っていただく連載です。まずデビュー前のお話から伺いますが、榎原さんは幼い頃から芸能界志望だったんですか?
榎原 小学校2年生の頃から、高校までずっとダンスをやっていたんです。発表会などで、人前に立つことが楽しいなとは思っていましたけど、芸能の仕事に就きたいみたいなのはなかったですね。
ーー学生時代は結構、陽キャだったそうですね。
榎原 そうですね(笑)。でも学校よりダンスの友達が多かったんですよ。私、大阪の出身なんですけど、学校では割とおとなしくて、放課後になったら、心斎橋やなんばあたりへ行ってみんなでご飯食べにいく、みたいな感じで。毎日、出かけていました。
ーー学校を出た後は何を?
榎原 普通に働いて、お金が貯まったら、韓国に1ヵ月くらい滞在したり、あとバックパッカーをやってました。
ーー世界中を自由に旅する、みたいな。
榎原 そう。リュック一個担いで、ロス、シンガポール、バンクーバー、香港......あとマカオなどに行きました。もともと音楽が大好きで、DJとか音楽関係の仕事に興味を持っていたんです。なので各国の野外フェスやイベント目当てで出かけて、現地でコネクションを広げられたらいいなと思っていました。
ーーそれが、どういう経緯で芸能のお仕事をするように?
榎原 インスタグラムに、sejuの方からDMをもらったんです。芸能の仕事に興味ありませんかって。最初は無視していたんです。それまでにもそういうDMって度々もらってて、どれも怪しいじゃないですか(笑)。だけどこの時は何かがピンときました。メッセージの言葉は力強いし、しかも事務所の所在地が六本木ヒルズ(笑)。DMをもらった時、たまたま東京にいたので、お会いしました。
ーーそれで入所を決めたと。
榎原 はい。ただし1年契約にしていただきました。1年だけやってみて、もしも芽がでなかったら辞めると。(自分は)関西人だからせっかちなので(笑)。
ーーグラビアをやるお話はあったんですか。
榎原 いえ、最初は女優さんを目指そうという話でした。でもそれこそ年齢的に出遅れているわけじゃないですか。いま活躍している女優さんは小さな頃からコツコツと頑張ってる方ばかり。そこに割って入るには何か特別なことをしなきゃいけない。そこで話にあがったのがグラビア。
グラビアって"登竜門"ですよね。しっかり結果を出せば女優を含め、いろいろな仕事の後押しをしてくれる。そこで「グラビアをやってみたいです」と自分から提案をしました。
ーー自分から? もともとグラビアをやってみたいと思っていた?
榎原 全然。むしろやりたくないお仕事のひとつでした。体型もコンプレックスでしたし。
ーー別のインタビューを読みましたが、中学2年生から胸が大きくなって、悩んでいたそうですね。
榎原 そう。その頃から、ダンスをやっていて、動くと痛いし、衣装を着ても周りから浮いてしまうし、イヤでイヤでたまらなかったです。あと普段から何かにつけ「大きい」って言われるんですよ。それも本当にイヤで。
ーーそれなのに、自分から「グラビアをやりたい」と言うのは、ある種の"覚悟"のようなものがあったというか。
榎原 ありました。芸能の世界ってそんな甘い世界じゃない。自分のコンプレックスにも向き合って、とにかくできることを全力でやらないと、と思ったんですよ。でも事務所の人には「頑張ってグラビアをやるんだから、絶対に雑誌に載せてくださいね!」って言いましたけど(笑)。
ーーおーっ! 強気ですね。コンプレックスだったけど、自分のスタイルに自信があったんですか。
榎原 正直、あったと思います(笑)。すぐいくつかの編集部に顔見せに行ったところ『FRIDAY』さんが一番最初に手をあげてくれました。それもすぐに撮ろうと。お会いして、2週間後には撮影していましたね。
ーー初グラビアってことで、撮影前に準備は?
榎原 体を作る時間がないので、とりあえずご飯を5日間抜きました。あと水着のフィッティングを撮影当日ではなく、事前にさせてもらい、心の準備をさせてもらいました。
ーー水着を着たのは人生で初めてですか?
榎原 水着のまま人前に出るのは初めてです。水着になっても必ずラッシュガードなどは着ていましたから。
ーーじゃあフィッティングは緊張したんじゃないですか? みんなに見られるわけですから。
榎原 そうですね。「恥ずかしい」と思ったらその瞬間、無理と思ったんで、「うぉら~っ!」とか勢いをつけて試着室のカーテンを開けました。(笑)。その後はすぐに慣れましたけど。
ーー周りの反応はどうでした? 「お~!」って歓声が上がった?
榎原 いや、みなさん冷静で何もなかったです(笑)。ただ「これは売れるね」と口々に言ってくれました。
ーーそして、いよいよ撮影当日です。印象に残っていることは?
榎原 正直、記憶がないんですよね。都内のスタジオだったんですけど、終始、カメラマンさんの指示通りに動くことに必死で。緊張もしたのかどうか......。ただカメラマンさんに「絶対に売れるから、3年は(体型維持のため)ご飯を食べられないよ(笑)」と言われたのは覚えています。
これまでにたくさんのタレントさんを撮り続けてきたベテランのカメラマンさんが売れるって言うんだから嘘はないはずで。いやー、めちゃ嬉しかったですね。
ーーそして『FRIDAY』2025年3/15号(2月29日発売)に初グラビアが掲載。反響はいかがでしたか?
榎原 いやー、ものすごかったです。発売日の朝からインスタグラムのフォロワーが千人単位でばんばん増えていくんです! 3日間でなんと1万以上! グラビアってこんなに反響あるんや! って自分でも目が点になりました。あんなすごい反響、後にも先にもあの時だけですね。
ーーおーっ、すごい! 掲載誌を買いにコンビニへ?
榎原 もちろん。嬉しいというより、コンビニの雑誌に自分が出ているって、ちょっと不思議な気分でした。買って写真を親に送ったら大喜びしてくれました。
ーーその『FRIDAY』が出て約3ヶ月後。榎原さんは『週刊プレイボーイ』24号(5月27日発売)に初登場しました。
『週刊プレイボーイ』2024年24号(撮影/西條彰仁)より
榎原 週プレさんは担当編集の方に、少し絞ってからのほうがいいよと言われたので、1ヵ月くらいジムに通ってから撮影しました。体の仕上がりは最初の頃のグラビアで一番な気がします。初めて海で撮影し、あと他の媒体では見られない依那ちゃんが見たいからって、笑顔少なめの大人っぽい感じのグラビアになりましたね。
ーー榎原さん的には、狭い空間に置かれて撮影されたカットがお気に入りだとか。
榎原 そうですね。カメラマンさんが「ここ入れる?」って思いつきで撮ったんですけど、想像以上に盛れてて。「え? こんな自分もいるんや!」とものすごく新鮮でしたね。
ーー初グラビアの時とは違って随分、堂々としていますね。
榎原 一度やると決めた以上は、もう恥ずかしいとか緊張とかないですから。それにこの時は撮影中、初めて何か手応えのようなものを感じました。これから先、グラビアが自分の中で大きなものになっていくような予感がしていましたね。
●榎原依那(えのはら・いな)
大阪府出身 身長164㎝
血液型=A型
○昨年2月にグラビアデビューし大きな反響を呼び、さまざまな誌面で表紙を飾る逸材。最近はタレントとしてテレビでも活躍。
榎原依那Officialyoutube【@ina_enohara】
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公式TikTok【@ina_enohara】
【デジタル限定】 満を持して 撮影/西條彰仁 価格/1,100円(税込)
取材・文/大野智己 撮影/荻原大志
記事提供元:週プレNEWS
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