【#佐藤優のシン世界地図探索116】イラン空爆、「爆弾」と「交渉」の落とし所
米空軍のB2爆撃機。バンカーバスター(地中貫通爆弾)を落として地面を穿(うが)ち、地下61mまで潜らせ大爆発させる(写真:cAirman Brianna Vetro/U.S. Air/Planet Pix via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――6月13日にイスラエルが空軍戦闘機200機からの330発の爆弾・ミサイルで、イランの核施設など100ヵ所に同時多発攻撃しました。一方のイランはすぐに100機の無人機、さらに数百発のミサイルで反撃。イラン・イスラエルで大きな動きがありましたが、トランプ米大統領の中東訪問では、イスラエルには行きませんでしたよね?
佐藤 それは、中東でイスラエルを項に入れた複雑な方程式を作りたくなかったからです。すでにアメリカとイスラエルとの間で方程式ができているから、今回は簡単に動けてたわけですよね。
――なぜ、いまイスラエルはイランを攻撃したのですか?
佐藤 引き金を引いたのはイランです。IAEA(国際原子力機関)の勧告を無視して、ウラン濃縮施設をもうひとつ作ると明言しました。
中東はいま、非常に危ない形で均衡が保たれています。
イスラエルでは一昨年の10月7日に、ハマスによる奇襲攻撃がありました。それでイスラエルとしては、まずは二度とこうしたことが起きないように動いたわけです。つまり、ユダヤ人であるという属性だけでユダヤ人を殺すような敵対勢力をなくすため、イスラエル周辺からテロリストたちを全部除去することにしたのです。そして始めてみたら、思ったより上手くいってしまったわけですよ。
――確かに成功しました。
佐藤 そう、レバノンのヒズボラ掃討作戦は上手くいって、シリア・アサド政権まで倒れました。
では、ハマスへの対応が上手くいってないのはどうしてか? これは、ハマスがイスラエル本国を攻めて来ることを想定していなかったからです。だから、イスラエルに対応マニュアルが全然なくて、場当たり的な対応になってしまっているからですね。
――確かに。
佐藤 しかし、イランに関しては潰す計画が以前から考えられています。では、それをいつ発動させるか?ということで、そこが西側の人達の見えてないところなんですよ。
イランが新しい工場を新たに作るというのは、核兵器製造に向けての歩み、核爆弾を持つ歩みを一歩、進めたということですよね。
――はい、確実に踏み出しています。
佐藤 そうしたら、イランは近い将来に核兵器を持つということになりますよね。
――間違いないです。
佐藤 イランは医療用という名目で、60%まで濃縮したウランを保有しています。核兵器レベルの90%までもうすぐです。
――その濃縮は簡単だと聞いています。
佐藤 2~3年あればミサイルに搭載可能な核弾頭を作ることができるとイスラエルやアメリカのインテリジェンス機関は見ています。そして、イスラエルはそこを攻撃しました。すると、イランの防空体制は意外と脆弱で、イランの要人暗殺も簡単だった。だから、この攻撃はネタニヤフ政権がどうのこうのということとは関係なく、イスラエルの総意でしょう。ここでネタニヤフが欲を出して、イランの体制転換まで持っていけるという踏み込んだ判断になったわけです。
今回、ヨーロッパの責任は非常に大きいです。ハマスの奇襲攻撃で、イスラエルの対テロ掃討作戦を支持する立場が揺るがなければ、もっと早く終わっていたはずです。
それにもかかわらず、国際刑事裁判所はネタニヤフに逮捕状を出すという手段に出ました。となると、イスラエルは外交上の対話が出来なくなったわけです。そのためイスラエルは力で解決するしかないという方向に向かいます。さらにその方向が上手くいっていて、それで貫き通せばいいという状態になってしまったのです。
――トランプ米大統領も、見事にその力の路線に乗りました。B2ステルス爆撃機7機で14発のバンカーバスターを、米原潜から24発以上のトマホーク巡航ミサイルをぶち込んで、イランの核施設3ヵ所を破壊しました。
佐藤さんはアメリカ軍のイラン空爆で、国際政治のゲームのルールが変わる可能性があると仰っていますが、これはどのように変わるのですか?
佐藤 「国防大国イラン」という幻想がなくなりました。これまでイランを恐れていたトルコ、エジプト、サウジアラビアなどが自己主張を強め、中東地域情勢が不安定になります。
――イランの場合、なにか特別付帯事項でもあるのですか?
佐藤 それは皆がよくわかっていないところですよね。核兵器開発だけは論理が違うんですよ。
――なにがどう違うんですか?
佐藤 普通の外交では外国に対しても「無罪推定」、疑わしきは罰せずが原則です。しかし、核だけは有罪推定なんです。どんなに国力のない弱小な独裁国家が「核兵器を持つ」と言ったら、その瞬間から「持つ」ということを本気だと見なさなければなりません。
それがどれだけ非現実的であっても、です。日本も、絶対に核兵器を持つことがなくても、その能力があるゆえにIAEA(国際原子力機関)の監視対象になっていて、六ヶ所村は24時間、IAEAの監視員によって監視されています。
――すると、イスラエルの爆弾の落とし所はイランの核施設で、米国もそれに続きました。佐藤さんは「力があり、その次が平和だ」というルールに変わったと判断していますが、力でイランの核施設を潰したならば、次は平和のためにイランの体制変換を力でやらないといけないのではないですか?
佐藤 イランの体制変換をするならば、イスラエルはイランに地上兵力を送り込まないとなりません。そこで考えないとならないのは、両国の人口差です。イスラエルの人口は940万人(そのうちユダヤ人は800万人)、対するイランは8900万人です。
――硫黄島決戦で栗林忠道中将は「一人十殺」で米軍に臨みました。ひとりが敵を10人殺せばなんとかなります。
佐藤 しかし、硫黄島決戦で日本軍はそれを実現できませんでした。戦死者は日本軍の方が多かった。イスラエルが地上兵力を送れば、皆殺しにされかねません。
――でしょうね。イラン革命防衛隊隊員の地上戦の強さは、自爆IS戦士との死闘に投入されたことで証明されていますからね。
佐藤 だから、体制変換するにはイラン人の9割を殺さなければなりません。
――数百発の核兵器が必要です。
佐藤 それはもう、地球最終戦です。だから、それはあり得ませんよね。
――地上戦ができないとなると、戦争は永遠に終わらない。次はどうするんですか?
佐藤 いまのイスラエルの攻撃は、イラン国営TVの生放送中に爆撃しているように、「俺たちには絶対に手出しできないだろ?」というアピールです。それで戦意喪失すると思っているのは、日本軍の真珠湾奇襲と同じですよね。
――米国人のファイタースピリットに火を点け、2発の原子爆弾が落とされました。なぜ中東最強のイスラエルがそんなふうになってしまったのですか?
佐藤 この2年間、勝ちまくっているからズレてきているんです。さらに世界から孤立しているので、情報空間で独自の対エントロピー構造が生まれてしまっています。
エントロピーとは、熱と物の拡散の程度を示しますが、情報も普通ならば拡散していくはずです。つまり、情報がイスラエル内だけでグルグルと回ってしまって、自分たち独自の世界になっているんです。
――それは危険ですね。そこで帝国主義の戦争観から考えると、アメリカが武器供与を停止することで、イスラエルを止めることはできますか?
佐藤 もしアメリカがそうすれば、イスラエルは戦えなくなります。
――ならば、イランはどのように戦争を止めるのですか?
佐藤 アメリカはイランと話ができません。仲介国がどこになるかというと、ロシアですよね。
――プーチンの出番ですね。
佐藤 トランプが「ウクライナで全面的にロシアに譲歩するから、イランを何とか抑えてくれないかな? イランにきちんと話してくれないか?」と、プーチンからハメネイ師に仲介してもらうことはあり得ますね。
――その仲介の前か後かは不明ですが、アメリカがカタール経由でイランとコンタクトして、イスラエル・イラン戦争は6月25日に停戦しました。しかし、中東は常に魑魅魍魎(ちみもうりょう)の土地であります。
佐藤 カタールはアラブ諸国の中ではイランとの関係が良好です。ただし、仲介能力はありません。アメリカとイランのメッセージを取り次いだだけだと私は見ています。
――いずれにせよ、この件で得するのはどこですか?
佐藤 やはり、トランプとプーチンです。イランから核開発能力が失われることは、ロシアの国益にもかなうので。
――以前、ウクライナ戦争の構造を映画『仁義なき戦い 代理戦争』で例えていただきましたが、今回も同じですね。抗争しているはずの上層部は実は手を組んでいて、争っているのは下部組織。そして、トップの神戸と広島、つまりロシアとアメリカの両主要国が得する、と。
佐藤 そうです。そしてふたりは味を占めて、今後も色んな問題をふたりで仲良くやっていこうとなるわけです。「やっぱり俺たちが仲良くすると、他の奴では解決できない問題も解決できるな」とね。
――「プーチンの叔父貴、ここんところは広島と神戸で安生やったら、全国で上手くいきまんで!」という感じですか?
佐藤 そうですね。
次回へ続く。次回の配信は7月11日(金)を予定しています。
取材・文/小峯隆生
記事提供元:週プレNEWS
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