井上尚弥に憧れる19歳のボクサーと、長谷川穂積を育てた62歳のトレーナーの物語【連載・彼らの誇りと絆】(5回連載/第4回)

④世界目指す19歳、伊藤千飛の心に刻まれた、いまは亡き穴口一輝と交えた拳の記憶(連載・第4回)
(前回までのあらすじ)
昨年2月、山下は愛弟子だった穴口一輝をリング禍で失った。息子の夢を一緒に追いかけ、最後の瞬間まで傍で付き添ってくれた山下に対しては葬儀の際、母親である美由紀からあらためて御礼の言葉が贈られた。と同時に、山下は「一輝のためにも、これからも選手を育てて欲しい」という願いも託された。
真正ジムには当時、穴口と同じように才能に溢れ、世界を期待される逸材がいた。まもなくプロデビュー戦を控えた、当時18歳の伊藤千飛だった。
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■穴口さんはめちゃめちゃ優しい先輩でした伊藤が穴口と初めて出会ったのは16歳、高1の6月。高校ボクシングの名門、興国高校ボクシング部に入部したものの、部活の練習だけでは飽き足らず、さらなる成長の機会を求めて真正ジムの門を叩いた時だった。
「出会った最初の頃は挨拶くらいで、普段はまったく喋る機会はありませんでした。真正ジムに通い始めて半年近く、一度もまともに会話をした記憶はないというか、そんな感じでした。アマで活躍していた頃の事も知っていたし、『やっぱオーラのある人やから、気軽には話しかけられへんな』という感じでした。
穴口は当時21歳、芦屋大学(兵庫)を3年で中退し、真正ジム所属選手としてB級プロテストを受験し合格。7月24日に決まったデビュー戦を控える時期だった。高校時代は選抜と国体でダブル優勝。大学進学後も1年生ながら関西学生リーグ全勝、バンタム級階級賞を獲得するなどした活躍は、5学年下に離れた伊藤も、部活の顧問や先輩などから聞いて知っていた。
「初めてガッツリと穴口さんと喋ったんは、真正ジムに入門して半年以上経って、初めてスパーリングをしてもらった時でした。どんなパンチを打っても絶対ガードされました。ほんまに何か壁というか、僕はずっと下がらされて、下がらされて、というボクシングをされてしまい、『やっぱプロってすごいな』と思いました。
スパーリングの後、思い切って『穴口さん、僕に何かアドバイス下さい!』ってお願いしてました。いざ喋って見ると、アドバイスはめちゃめちゃ的確で、穴口さんはめちゃめちゃ優しい人でした」
伊藤は穴口に、「千飛は攻撃も防御も、相手の動きに対する反応が凄く良い」と褒めてもらえた。スパーリングで拳を合わせて以降は憧れと同時に、悩みも気軽に相談出来る相手となり、様々なアドバイスをもらえるようになった。
伊藤には胸に刻み、いまも大切にしている穴口からのアドバイスがあった。
「千飛の強みは鋭く踏み込んで相手の懐まで潜り込める事。これから先、プロになってどんな教えを受けたとしても、自分の良さは消さないように」
と言われた事だ。「長所は消すなよ」とは何度も言われ続けた。それは現在、自身の師でもある山下に「千飛の良さを潰さず、プロ仕様のスタイルにして行くから」と常日頃言われる言葉とも重なった。
伊藤は通算4回、穴口とスパーリングで拳を交えた。アドバイスをもらえるようになった初めてのスパーリングはもちろん大切な思い出として残っている。しかし2023年4月15日の3回目、5月11日の4回目は、別の意味で強く印象に残っていた。穴口のモンスタートーナメント初戦に向けての準備期間だったからだ。
初戦を控えた穴口の雰囲気は、より研ぎ澄まされてきたように伊藤は感じた。どれだけ攻撃してもガードを固めて下がらず、打ち返された。フットワークを駆使した、以前はどちらかといえば「打って」「離れて」という華麗なアウトボクシングが印象的だったが、ファイタースタイルにも対応出来るようになっていた。伊藤も、穴口からアドバイスをもらった「鋭く踏み込んで相手の懐まで潜り込む」という技術を駆使したが、凄みと厚みの増した穴口に押され続けたそうだ。
初戦(5月20日)の相手は、拓大ボクシング部では主将を務めてプロ転向した内構拳斗(横浜光)。プロ3戦目ながら前試合は敵地韓国で初回KO勝利して勢いに乗ってトーナメントに挑んだ内構相手に穴口は、ダウンこそ奪えなかったものの確実にポイントを重ねて判定勝利した。
2戦目の準決勝(8月30日)の相手は、2021年度全日本バンタム級新人王で11戦10勝(7KO)の梅津奨利(三谷大和スポーツ)だった。当時同級日本12位だった穴口に対して、梅津は4位という上位ランカー。しかし長所を最大限活かした華麗なアウトボクシングで常に先手を奪い、強打の梅津を最後まで翻弄して判定勝利。ジャッジペーパーは3者ともフルマーク(80対72)という完璧な試合運びだった。
「穴口さんは、トーナメントが始まった時ぐらいからすでにオーラは凄かったですが、勝つたびに練習中の躍動感も増していました。『会長(山下)を信じて、自分自身の事も信じて、これだけ練習してきたから大丈夫や』みたいな自信と気迫に溢れているように感じました。『積み上げてきた自分のスタイルに、会長(山下)から学んだスタイルを融合させた最強のスタイルを作って、自分の強さを証明したい』とは、よく口にしていました。決勝直前は練習見てても、『ほんまにもうチャンピオンの風格やな』ってめっちゃ思いました」
トーナメント開催前は日本ランキング12位、ダークホース的な存在だった穴口は試合ごとに成長を遂げて決勝戦、日本バンタム級王座挑戦の舞台まで辿り着いた。
元来のボクシングセンスに山下が授けた試合の駆け引き術、プロ根性が備わった穴口は、まさしく世界を狙える「本物のプロボクサー」に変貌し始めていた。そんな穴口のスパーリングパートナーをした伊藤も穴口と拳を交える事で、プロを目指すボクサーとして大きく成長できた事を、当時実感した。
伊藤はいまも、慕い憧れた穴口から言われた「長所は消すなよ」というアドバイスを胸に刻み、リングに上がっていた。そして先月6日、伊藤にとってプロ4戦目となる試合は、絶対にKO勝利したい理由があった。
■伊藤千飛(いとう・せんと)
2005年6月25日生まれ、19歳。兵庫県伊丹市出身。元プロキックボクサーの父親の影響で4歳からキックボクシングを始め、同時にボクシングにも取り組む。興国高校に進学後はボクシングに専念し選抜2冠、アジアユース&ジュニア選手権で銅メダル獲得。2024年1月にB級ライセンス取得し同年4月20日にプロデビュー。現在の戦績は4戦4勝3KO。OPBF東洋太平洋バンタム級11位、WBOアジアパシフィック同級9位。
■山下正人(やました・まさと)
1962年4月30日生まれ、63歳。高知県生まれ。真正ボクシングジム会長兼チーフトレーナー。2歳で兵庫県伊丹市に引っ越し現在も同市在住。高校卒業後、兵庫県警警察官となり、主に暴力団対策本部の刑事として勤務。35歳の時、体を鍛える目的で入会した千里馬神戸ジムで長谷川穂積と出会い、36歳で警察官を退職しトレーナーとして共に世界を目指した。24歳の時、バンタム級で世界王者になった長谷川は以後、3階級制覇達成。2005年度、優れた実績を残したトレーナーに贈られる最高の名誉、エディ・タウンゼント賞受賞。
■穴口一輝(あなぐち・かずき)
2000年5月12日生まれ。大阪府岸和田市出身。芦屋学園高時代は選抜&国体二冠(フライ級)。芦屋大進学後は東京五輪出場を目指すも予選敗退。ボクシングから離れるも山下にスカウトされて再起。プロデビュー以来4連勝で井上尚弥4団体統一記念杯バンタム級モンスタートーナメント出場を決め、2023年12月26日の決勝ではのちWBA世界同級王者になる堤聖也と激闘を繰り広げた。同試合直後に右硬膜下血腫で意識を失い翌年2月2日永眠。生涯戦績7戦6勝(2KO)1敗。享年23歳。
取材・文・撮影/会津泰成
記事提供元:週プレNEWS
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