もしも「仕事の記憶」と「私生活の記憶」を完全に分離できたら? アメリカで社会現象になったドラマ『セヴェランス』を市川紗椰が紹介
ワーキングコメディとディストピアの融合、『セヴェランス』の廊下のロングショット風
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回はアメリカでは社会現象になっているドラマ『セヴェランス』について語る。
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私たちは、毎日「仕事の自分」と「私生活の自分」を使い分けて生きている。朝、仕事場のドアをくぐれば、どこか表情が変わる。敬語を使い、不自然なテンションで「お疲れさまです!(←朝なのに)」や「おはようございます!」(←夕方なのに。って、これはエンタメ業界だけ?)と、整えられた"職業人格"な「私」をまとう。そして仕事が終わった瞬間、少しだけ緩んだ表情の奥から、オフの「私」が顔を出す。
どっちが本当の自分なのか、訳がわからなくなることってありませんか? いっそ、ふたつの自分を完全に分けることができたとしたら? しかも物理的に。
Apple TV+で配信中のドラマ『セヴェランス(Severance)』は、そんな問いから始まります。日本では知名度の低いドラマですが、アメリカでは社会現象になっており、個人的にはここ数年でトップクラスに面白かった作品です。
物語の舞台は、ルーモン社という会社。ここでは「セヴェランス手術」なるものが導入されていて、希望する社員は「仕事の記憶」と「私生活の記憶」を完全に分離できる。オフィスに入った瞬間、別人格スイッチオン。退勤とともに、記憶リセット。ちょっと引かれる。
でも考えてみてください。職場の人格は、自分が何者なのか知らない。ただ毎日、同じオフィスで、理由もわからない業務に従事している。外に出た記憶がないから、24時間ずっと働いてる感覚。永遠に終わらない月曜日。一方、私生活の人格は、職場で何をしているのか一切知らない。業務内容も同僚の顔さえも知らない。つまり自分でありながら、自分を知らない。こわ。
主人公たちもこの違和感をきっかけにルーモン社の秘密に迫り、奇妙な展開がさらに奇妙な展開を呼びます。ストーリーだけでなく、『セヴェランス』の世界の不気味な恐怖を増幅させているのは、演出とセットの圧倒的な美しさ。
ルーモン社のオフィスは最高に洗練されていて、最高に狂ってる。照明は常に均一な白光で、影が落ちない。広いのに窓はゼロ。床にはきれいすぎるカーペット、机はやけに低くて椅子との高さが合ってない。社員が4人だけのオフィスには、不自然なくらい大きなスペースが空いていて、誰がどう見ても「この空間、何かあるだろ......」と思わせる。
でも、空間の構図が完璧で、色使いが計算され尽くしていて、一枚一枚のカットがポスターにできるレベルの完成度。めちゃくちゃおしゃれ。だけどなんか......整いすぎて、神経がザワザワする。
BGMは最小限。カメラは無駄に引かれ、登場人物の歩く姿を延々と映す。いやらしいほど丁寧に、異様な静けさで人物を追い続ける。この静寂と「間」を恐れない演出も、じわじわと神経を侵食してきます。何か起きそうで、何も起きない。でもやっぱり何かおかしい。すごく洗練されてる地獄ってこうなのかな? ミニマリスト系おしゃれな地獄? Apple製の地獄?
SFとしてしっかりしている上、ブラックユーモアも絶妙。登場人物もキャラが濃くてくせ者ぞろい。シーズン2は強烈な引きで終わったので、オンタイムで見てない方は配信でぜひ!
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。『セヴェランス』の企画・制作総指揮・監督は、米コメディ映画『ズーランダー』 の監督、主演のベン・スティラー。公式Instagram【@sayaichikawa.official】
記事提供元:週プレNEWS
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