【坂口孝則氏が解説】下請事業者を保護するはずの「取適法」が逆に中小企業を苦しめる!?
法改正により通称「取適法」となる下請法の違反行為に対して勧告・指導を行なうのは公正取引委員会。2024年度は勧告が21件、指導が8230件だった
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「取適法」について。
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私が学生のころ。祖父から「あっちいけ」と言われた。祖父の前で土下座する男性がいた。私の父のきょうだいの配偶者で、町工場を経営して行き詰まり、借金の申し込みに来ていた。
祖父を経済的に支えていたのは父だったから、父のカネを借りるようなものだ。だが肉親のカネで挽回できるはずはなく、早々に破綻した。子どもの私は、下請の工場は絶対に儲からないと確信した。大企業のほうから頼みにくるくらいじゃなきゃ。
5月16日、改正下請法(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)が国会で可決・成立した。通称は取引の適正化を担うという意味で「取適法(とりてきほう)」になるようだ。正式な法律名称に存在しない漢字が通称に含まれるのは適正なのだろうか(笑)。
もともと下請法は独占禁止法の特別法として成立した。資本金の規模が大きく違う企業間の取引で下請事業者を救い、親事業者のイジメを防ぐものだった。親事業者=発注者には厳しい義務と禁止事項が課される。法改正は22年ぶりで、親事業者は「委託事業者」に、下請事業者は「中小受託事業者」になる。
外部に何も委託しない事業者はおそらく存在しない。だから全員が取適法に関係する。こまごまとした変化を除くと、注意するべきは下記だ。
①従業員数:改正前の下請法は資本金の金額が基準だったから、減資している企業は適用を免れた。しかし改正後は、「製造委託等の場合」は資本金にかかわらず、従業員300人超の事業者が300人以下の中小事業者に委託する際に適用となる。
②減額分の遅延利息支払い:従来から委託側には製品等を受領して60日以内に対価を支払う義務があり、遅延すると利息が生じる。くわえて、改正後は代金を不当に減額したとみなされた場合、その差額にも減額期間分の利息をつけて払わねばならない。年利14.6%、日利0.04%。けっして低い利率ではない。
③対価据え置きの禁止:原材料やエネルギーコストの上昇で受託事業者から値上げの要請があった際に無視すると、「一方的な代金の決定」として取適法の対象となる。
④手形払等が原則禁止:これまでは60日以内の支払いに手形を使ってよかった。「60日以内に60日手形で支払う」ということは、つまり最長120日後にならないと受託事業者は現金化できなかった。
これが原則禁止になったのは、ファクタリングや電子記録債権など支払いの手法が多様化しているためだ。手法によらず、60日以内に満額を現金で得られるようにしろ、という意味だ。
ここで現場の声を紹介したい。予想されたことではあったが、取適法はなかなかのインパクトをもって受け止められている。
もっといえば中小と付き合うことにビビって、リスクだと感じている。ある人は「法律を守るには、中小企業と付き合わないほうがいいかもしれない」から、海外の取引先を探すという。
中小受託事業者へ。冒頭の経験から、また私も同じ中小受託事業者の立場から述べる。買い叩かれるぐらいなら、もう事業から撤退しよう。従業員も給料が高い他社のほうが幸せ。委託側にとって取適法は「取りあえず適当に従う法律」だ。その法律に守られなきゃ生き残れないなら、他社に労働力を提供しようよ。
記事提供元:週プレNEWS
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