感動的な実話を基にした、 父と息子の絆を描く話題作 ― 映画「父と僕の終わらない歌」
アルツハイマー型認知症を患う男性が、80歳で歌手としてCDデビューを果たした奇跡の実話を、寺尾聰と松坂桃李共演で小泉徳宏監督が映画化した「父と僕の終わらない歌」が、5月23日から公開される。
アルツハイマーになった父のかつての夢が、家族の夢となり再び動き出す!
かつて息子のために歌手になる夢を諦め、今は横須賀で楽器店を営みながら、趣味で歌を歌っている間宮哲太(寺尾聰)。いつも陽気な哲太の様子に異変を感じた息子の雄太(松坂桃李)は、父がアルツハイマーだと診断されてショックを受ける。当初は哲太も妻の律子(松坂慶子)も大らかに病を受け止めていたが、やがて哲太の病状が進行し、家族の日常に暗い影を落としていく。ある日、失踪した哲太を探す雄太は、ようやく父を見つけるが、哲太は記憶が飛んでどこか遠くへ行っていた。『戻ってこいよ』と話しかける雄太が父の好きな曲を流すと、哲太は自分を取り戻して歌い始めた。その歌う父の姿をインターネットにアップすると、哲太の歌声は多くの人の心を動かしていく。
実話はアルツハイマーになったテッド・マクダーモットの歌を、息子のサイモンがインターネットにアップして6500万回以上再生されたイギリスの話。テッドはその後、デッカ・レコードと契約して、80歳で歌手デビューを飾った。今回の映画では横須賀を舞台に移して、父と息子の絆を描いている。
父子を演じる寺尾聰と松坂桃李、演技派の2人が名演を披露
何といっても見どころは、『横須賀のスター』を自称する哲太役の寺尾聰と、病状が進む父を支える雄太役の松坂桃李の演技。『ルビーの指輪』で第23回日本レコード大賞を受賞したアーティストでもある寺尾が、歌と共に生きてきた陽気な哲太をはまり役で演じている。ここでは息子に、辛いことがあっても優しく『スマイル』と言って、笑いを忘れてはいけないと語りかける、哲太を象徴する曲『Smile』をはじめ、『What Now My Love』、『Love Me Tender』、『Beyond the Sea』、『Volare』といった洋楽ナンバーを歌い、哲太の人生と歌手・寺尾聰の魅力が重なって観る者を惹きつける。実話では車に乗りながら助手席で歌う父の姿を息子が動画に上げて、その楽し気に歌う姿がSNSでバズッたが、映画も車中で哲太が雄太の横で歌うシーンが魅力的。歌だけではなく寺尾の、記憶を失って不安におびえたり、一瞬にして怒りに身を任せて暴れまわるアルツハイマー病患者としての迫真の演技も見事だ。
そんな父を見守る雄太は、自分が哲太の期待に何一つ応えられなかったという負い目を感じている。幼い頃、父はギターの弾き方を教えてくれたけれど音楽の道へは進まず、一人息子だが自分は同性愛者で孫の顔を見せてあげることが出来ない。そんな父を落胆させてきた自分に、何かできることはないかと考えて、雄太は哲太のライブを企画する。記憶をなくしていく父への愛を、全身で表現した松坂の演技が素晴らしい。病気からくる哲太の攻撃的な言動に、心を傷つけられながらも、かつて哲太が抱いた歌手デビューしたいという夢を叶えさせようと、奔走する雄太の揺れ動く心中を、絶妙の“受け”芝居で表現している。特にライブ中、病気によって絶体絶命のピンチに陥った哲太を優しくサポートする雄太の立ち振る舞いには、父子の愛情が感じられて、劇中の名場面になっている。
家族を明るく支える、松坂慶子の母親も魅力
また哲太の妻・律子を演じた松坂慶子の存在感も光る。夫がアルツハイマーだとわかっても大らかに現実を受け止め、病状が悪化して雄太がもはや家族の手に負えないと哲太を施設に入れようとした時も、記憶をなくしたお父さんは毎日プロポーズしてくれるのよ、だからずっと一緒にいたいという律子。彼女のどんなときにも深刻にならず、チャーミングで前向きな性格が、このドラマを難病ものの重苦しさから救う、ムードメーカー的な役割を果たしている。間宮家を愛と幸せで彩る律子を、ほんわかとした雰囲気で包み込む演技で見せた松坂によって、この作品は爽やかな家族のドラマになった。
多彩なキャストが揃った、心温まる愛の物語!
他にも哲太の昔からのバンド仲間に三宅裕司と石倉三郎、雄太の幼馴染に佐藤栞里、雄太の愛のパートナーにディーン・フジオカ、哲太に病名を告げる専門医に佐藤浩市と、多彩なキャストが集結。小泉監督は実話をベースにしながらも、哲太の持ち前の明るさと軽さを基本に置いて、コミカルな雰囲気も漂う笑いと涙のエンタメ作品に仕立て上げた。哲太の病状の進行というリアルな部分を背景にしながら、父と息子の絆を中心に据えたある種のファンタジーに昇華させている。そのリアルとファンタジーのさじ加減が絶妙で、作品を心地よい人間ドラマにしている。
クライマックスの哲太のライブシーンは、圧巻。寺尾の歌唱力は勿論だが、父と息子の愛がひとつになる歌と芝居が融合した、名優二人の演技は必見。『記憶をなくしても、愛は残る』というキャッチコピーが胸に響く、観た後に家族に会いたくなる、心の温かさに満ちた感動的な作品だ。
文=金澤誠 制作=キネマ旬報社
「父と僕の終わらない歌」
5月23日(金)より全国にて公開
2025年/日本/93分
原案:『父と僕の終わらない歌』(サイモン・マクダーモット著/浅倉卓弥 訳/ハーパーコリンズ・ジャパン刊)
監督:小泉徳宏
脚本:三嶋龍朗、小泉徳宏
音楽:横山 克
出演:寺尾 聰 松坂桃李
佐藤栞里 副島 淳 大島美幸(森三中) 齋藤飛鳥 / ディーン・フジオカ
三宅裕司 石倉三郎 / 佐藤浩市(友情出演) / 松坂慶子
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
©2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会
公式HP:https://chichiboku.jp/
記事提供元:キネマ旬報WEB
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