才人による20世紀のバイオリン協奏曲集 【コラム 音楽の森 柴田克彦】
「気鋭」と呼ばれた俊才もおのずと歳(とし)を取る。1976年フランス生まれのバイオリニスト、ルノー・カピュソンと、75年イギリス生まれの指揮者、ダニエル・ハーディング。2人はともに才気煥発(かんぱつ)な俊英として注目を集め、若き日からベルリン・フィルやウィーン・フィルをはじめとする世界トップ級のオーケストラと共演するなど、第一線で活動を続けてきた。だが今や50歳を迎えんとしている。
互いに共感する同世代の2人は、これまでたびたび共演し、複数の名録音も残してきた。そんな2人が2020年に録音したニュー・ディスクが、今回ご紹介するシベリウスとバーバーのバイオリン協奏曲である。ここでは、いまだ衰えぬ才気と数多(あまた)の経験を重ねてきたがゆえの成熟味を兼備した、清新で精彩に富んだ快演が展開されている。
フィンランドの代表的作曲家シベリウスの協奏曲は、1905年に最終稿が完成された「20世紀最高のバイオリン協奏曲」とも称される名作。野太い力感もしくは北欧流のクールなテイストが前面に出された名演・名盤が数多く残されてきた。

しかしながらカピュソンは、ビロードのような音色で芳醇(ほうじゅん)かつ流麗なソロを奏でている。この艶美(えんび)でジューシーな感触は、彼が伝統を受け継ぐ「フランコ・ベルギー派」、すなわちフランス特有の流儀を反映した、同曲ではあまり聴かれない表現と言っていい。
もちろん第1楽章を筆頭に力強さも十分あり、全体に甘美な中に緊張感を湛(たた)えた演奏とも言える。そしてこの相反する特質が従来にない表現を生み出しており、豊麗な音でじっくりと奏される第2楽章も、颯爽(さっそう)として推進力に満ちた第3楽章もいつになくパッショネイトだ。
明快な作風で知られるアメリカ生まれの作曲家バーバーの協奏曲は39年の作。こちらは元々甘美な音楽だけに、カピュソンの持ち味にピタリと合っており、第1、2楽章のメロディアスな叙情美、第3楽章の技巧的な動きの鮮やかさなど同曲の魅力を存分に伝える好演が続く。
ハーディングがフランス語圏のスイス・ロマンド管弦楽団を指揮したバックも、艶(つや)やかかつ細やか。やはり豊潤な演奏で、カピュソンのソロを絶妙にサポートしている。
本盤は、才人たちによる20世紀のバイオリン協奏曲集でもある。20世紀屈指の名曲たるシベリウスの作品では曲の新鮮な側面を、有名曲に比べて耳にする機会の少ないバーバーの作品では新たな名曲発見の喜びを味わえる。これは我々が、メンデルスゾーン、チャイコフスキーなどごく一部の名作以外の曲に触れる機会が限られたバイオリン協奏曲の世界の視野を広げるのに格好の1枚だ。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 18からの転載】
柴田 克彦(しばた・かつひこ)/ 音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。
記事提供元:オーヴォ(OvO)
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