【長嶋茂雄は何がすごかったのか？】立教大学の2年後輩・稲川誠が語る"ミスタープロ野球"＜前編＞

豪快なバッティングフォームの長嶋茂雄（写真：時事）
昭和33（1958）年に読売ジャイアンツに入団して以降、日本中を熱狂させてきた"ミスタープロ野球"長嶋茂雄。現役を引退したのが昭和49（1974）年、巨人の監督の座を退いたのが平成13（2001）年だ。昭和11（1936）年生まれの長嶋は、2月で88歳になった。

1994年生まれの大谷翔平世代が球界の中心にいる今となっては、彼の活躍を思い出すことは難しい。昭和の名シーンを再現するテレビ番組さえつくられることが少なくなった。しかし、このレジェンドの存在を抜きにして、日本のプロ野球を語ることはできない。

生涯打率.305。プロ17年間で通算2471安打、444本塁打を放ち、6度の首位打者、2度の本塁打王、打点王は5回。5度のMVP、17回もベストナインに輝いている。

しかし、1974年10月にユニフォームを脱いでから50年が経った。彼のプレーを実際に記憶している人は少なくなっていく......現役時代の長嶋茂雄はどれだけすごい選手だったのか――チームメイトや対戦相手の証言から、"本当の凄さ"を探る。

今回登場するのは、7年間のプロ生活で83勝をあげた、大洋ホエールズの元投手・稲川誠。立教大学で長嶋の2年後輩だった稲川に「先輩・長嶋茂雄」の記憶を尋ねた。

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――稲川誠さんが立教大学に入学したのは1956（昭和31）年、長嶋茂雄さんは3年生でした。前年秋のリーグ戦でブレークし、第2回アジア選手権の日本代表に選ばれています。稲川さんは立教大学の黄金時代に入学されたんですね。

稲川　そうだね。在学中の8シーズンで優勝が5回、2位が3回だった。僕は一般入試で入ったからレギュラーの人たちとの接点はほとんどなかったけどね。

――大学に入るまで、長嶋さんのプレーを見たことはありましたか？

稲川　全然ないよ。東長崎のグラウンドで初めて長嶋さんのプレーを見た。野球部員は学年で50人くらいいて、「その他大勢」は相手にされない。トンボを持ってグラウンド整備して練習の準備をして、声出しをしながら見ているだけ。

――稲川さんはどんな思いで練習を見ていましたか。

稲川　ただただ、すごいなあと。特に長嶋さん、杉浦忠さん（南海ホークス）、本屋敷錦吾（阪神タイガース）さんの3人はずば抜けていたね。まず、動きが違う。

――長嶋さんの守備はどうでしたか。

稲川　守備も天下一品だったね。フットワークもよかったけど、スローイングに驚いた。投げる方向に腕がまっすぐ伸びるから回転がすごくて、見えないくらいだった。ひじの運びがいいからスナップが効いたんだと思う。

立教大学の後輩の土井正三（読売ジャイアンツ）は「ランナー一塁の時、長嶋さんは打球を捕ってすぐに投げてくるからセカンドベースに入るのが大変ですよ」と言っていたね。

――長嶋さんは待ってくれないんですね。

稲川　だから、ものすごい速さでベースに入る(笑)。大学時代からスローイングはすごかったね。

――打撃練習で稲川さんが投げることはあったんでしょうか？

稲川　あったよ。「あいつのボールを打ちたい」と長嶋さんからご指名があったとマネージャーから聞いた。割と速いボールを投げていたから、どこかで見てくれていたんだと思う。でも、こっちは下級生だから緊張して......デッドボールを当てて、ほかの先輩に正座させられたことがある。上下関係が厳しい時代だったからね。

長嶋さんは打撃練習の時、右中間に大きな打球を打っていた印象がある。しっかりボールを見極めないとその方向に強い打球はてないよ。

――下級生にとっては遠い存在だったんでしょうか。

稲川　4年生の時は、本屋敷さんがキャプテン。杉浦さんも長嶋さんも、みんなすごい選手だったけど、威張ったりすることはなかったね。レギュラーの中でも特別な存在ではあったけど。ただ、長嶋さんはほかの選手には関心がなかったように思えた。誰かを教えるところは見たことがない。

大洋のユニフォーム姿の稲川誠投手（写真：共同）
――1957（昭和32）年、立教大学は春秋リーグ連覇を達成。"立教三羽烏"と言われた3人がプロ野球に進んだ翌年も春秋ともに勝ち、4シーズン連続優勝を飾りました。

稲川　本当に強い時代だったね。合宿所に入れるのはひと握り。ベンチに入れない選手は近くで下宿していたんだよ。合宿所にいる同期に聞くと、夕食後にみんなが素振りするなかで長嶋さんが出てくるのは最後。コースを決めて何回かスイングして終わりだったんだって。

その同期は「それだけしか練習しないのか」と思っていたらしいんだけど、夜中の3時頃にひとりでスイングしているのをして驚いていた。大学時代から、人が見ていないところで相当振り込んでいたんだろうね。

――長嶋さんは4年生の秋に東京六大学の通算本塁打記録を塗り替えました。そのシーンもご覧になったんでしょうか。

稲川　見たよ。三塁を回ったところでコーチャーと抱き合って喜びながらホームを踏んだんだよね。当時の神宮球場は広くてなかなかホームランが出なかった。長嶋さんの8本塁打という記録はもう絶対に抜かれないと思ったよ。そのあと、田淵幸一（法政大学→阪神タイガース）が22本打ったけど。

――東京六大学の投手のレベルは高かったと聞きます。

稲川　卒業後にプロ野球ですぐにふたケタ勝てるようなピッチャーばかりだった。

長嶋さんのことで印象に残っているのは体育祭だね。神宮に立教大学体育会の学生が集められて、いろいろな種目で競い合う。そのメインが「スウェーデンリレー」だった。

――ひとり目が100m、ふたり目が200m、3走目が300m、アンカーが400mを走るリレーですね。

稲川　野球部の第1走は、社会人野球のサッポロビールで監督をした高橋孝夫さん。ふたり目が本屋敷さんで、3人目が長嶋さん。そして最後が杉浦さん。陸上部を大きく離して優勝したんだよ。

長嶋さんも速かったけど、杉浦さんのスピードに驚かされた。僕も何度か杉浦さんと競争させられたけど、勝てなかった。

――黄金時代の立教大学は競争も激しかったんでしょうね。

稲川　僕は最後のほうになってやっとユニフォームを着させてもらったけど、1勝もできなかった。だから、それから数年後にプロ野球で長嶋さんと対戦することになるとは思ってもみなかったよ。

――稲川さんは立教大学を卒業後に社会人野球の富士製鐵室蘭に入社されましたね。

稲川　そう言えば、プライベートで長嶋さんとの思い出がある。僕の知人が長嶋さんと知り合いだった関係で渋谷の映画館に一緒に行ったんだよね。僕たちが長嶋さんの後ろを歩くんだけど、まわりの人が「長嶋だ！　長嶋だ！」と言う。関係ないのに、こっちが恥ずかしくなっちゃってね(笑)。

――長嶋さんの登場で、道行く人が振り返ったんですね。

稲川　そう。あの時はすごかった。当時の映画館は指定席だったから、真っ暗な館内を係の人が案内してくれるわけよ。懐中電灯で足元を照らしながら。そうすると、顔なんかろくに見えないはずなのに、館内に座っているが「長嶋だ！」と気づく。暗いなかでも、なぜかわかるんだよね。

――それだけオーラというか、存在感があったということでしょうか。

稲川　きっと、そうなんだろうね。長嶋さんはそれほどすごい人なんだと改めて驚いたよ。

次回の更新は4月5日(土)を予定しています。

■稲川誠（いながわ・まこと）　
1936年、満州に生まれる。福岡の修猷館高校より立教大学に入学。社会人野球の富士製鉄室蘭を経て、1962年に大洋ホエールズ（現・横浜DeNAベイスターズ）に入団しエース級の活躍をするも、肩を壊して7年で現役生活を終えた。通算83勝70敗、防御率2.78。現役引退後も大洋～DeNAにてコーチ、スカウト、寮長などを歴任した。

取材・文／元永知宏