【寺地拳四朗、2階級目の世界統一王座に挑む①】「いま誰が一番強いのか」を決める。それが「勝負事」の在るべき姿
13日、現WBC世界フライ級王者で世界2階級制覇王者の寺地拳四朗(BMB)は、WBA世界フライ級王者ユーリ阿久井政悟(倉敷守安)と東京・両国国技館で、2団体統一を懸けて対戦する。史上初、2度目の日本人同士による世界王座統一戦になる拳四朗は、いまや日本ボクシング史に残る名王者として評価される存在。ただし、今日に至る道のりは平坦ではなかった。33歳、現役ボクサーとして集大成に向かう心境。そして、かつての騒動についても聞いた。(4回連載/第1回)
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「大きな舞台で、メインで出来る事をありがたく思います。統一戦が出来る事もすごく嬉しいし、モチベーションも上がります。4団体統一を目指して、しっかり勝ちたいと思います」
1月27日――。都内ホテルで開催された記者会見で、拳四朗は落ち着いた口調で、大一番に向けた思いを話した。同じひな壇ですぐ隣に座る対戦相手、ユーリ阿久井政悟について質問されると、
「フィジカルもパンチも強い。ガードもしっかりしているな、という印象があります。フィジカルで負けないようにトレーニングしているし、手数もパンチ力も上回れるようにしっかり仕上げたいと思います。(これまでスパーリングでは何度も対戦しているので)より緊張感のある試合になる。自分から(積極的に)いきたいなと思います」
と答えた。

1月27日、記者会見で顔を合わせたユーリ阿久井と拳四朗。ボクシングファン待望の試合は『U-NEXT BOXING』で独占ライブ配信される。(撮影/ヤナガワゴーッ!)
■拳四朗と拳を交える事を求めた阿久井
拳四朗はスパーリングで、阿久井と4度対戦している。最初は2019年4月。当時拳四朗はWBC世界ライトフライ級王座を5度防衛中で、阿久井は日本フライ級4位。阿久井はこの時から数えて半年前、WBA世界フライ級11位のジェイセバー・アブシード(フィリピン)に挑戦するも、初回に右肘を負傷するアクシデントも影響して最終回TKO負け。その再起戦の直前、三迫ジムに出稽古に行った時だった。
昨年11月、倉敷守安ジムに取材に出かけた際、初めて拳四朗とスパーリングをした時の印象について阿久井に聞いた時、
「初めて三迫(みさこ)ジムにお邪魔して拳四朗さんとスパーリングをしたときはボコボコにやられました。ジャブは正確で、かつ力強い。何を仕掛けてもペースを奪われてしまう。『どうにもならねえな』と絶望しました。でもその日から、自分が目指すべき強さの基準は『寺地拳四朗』になりました」
と答えた。
再起戦で初回TKO勝利した阿久井は同年10月、日本フライ級王座決定戦でも初回TKO勝利してタイトル獲得。初防衛戦では三迫ジムの藤北誠也を判定で下して初防衛に成功した。
阿久井は以降も出稽古で岡山から上京するたびに拳四朗と拳を交える事を求めた。階級は一つ下、ライトフライ級ながら体力負けせず、無尽蔵のスタミナと世界標準の技術と引き出しを兼ね備えた拳四朗と拳を交わす事で、普段レベルの高いスパーリング相手に恵まれにくい地方ジムのハンデを克服し、「岡山から世界チャンピオンになる」という夢を追いかけたのだ。
2度目は2021年7月の桑原拓(大橋)戦前で、3度目は2022年2月の粉川拓也(角海老宝石)戦の前。そして4度目は2024年1月23日、22戦無敗でフライ級の絶対王者と呼ばれていたWBA世界フライ級王者、アルテム・ダラキアン(ウクライナ)相手に世界初挑戦する1ヶ月前だった。阿久井は同試合、戦前は厳しい展開を予想されたものの判定勝利で、世界チャンピオンのベルトを手にした。
倉敷守安ジムでの取材時、阿久井に拳四朗について尋ねると、
「拳四朗さんは自分のボクサー人生にとって、ラスボスのような存在」
と答えた。
阿久井が世界王座に就いた同興行、メインイベンターを任された拳四朗も、ライトフライ級のWBA1位&WBC2位の難敵、カルロス・カニサレス(ベネズエラ)相手に激戦の末、2-0で防衛に成功した。
拳四朗はカニサレス戦を最後にフライ級に転向。阿久井と同階級になったため、スパーリングをする事はなくなった。しかし13日、ふたりは同じフライ級の世界チャンピオンという立場、そしてスパーリングではなく試合、さらに世界王座統一を懸けて戦うことになったのだ。
■3回までにいかに自分のペースが掴めるか見識者やファンの間では、「経験に勝る拳四朗が有利」と押す声が多いが、フットワークの良さ、手数の多さは拳四朗に分があるものの、持久力と体の強さは互角。「ガードの堅さと一発で倒せる拳の威力は阿久井」と見る向きも多い。
元WBC世界スーパーライト級王者で、長年試合解説に携わっている帝拳プロモーション代表、浜田剛史氏に試合予想を伺った。
「たしかに戦術の幅や技術の引き出しの多さは、拳四朗君のほうが勝っています。ユーリ(阿久井政悟)君はおそらく、打ち合いに持ち込みたいと考えているように思いますが、拳四朗君はいまはどういう戦い方が最善かを判断して、『打ち合った方が良いか、それともアウトボクシングをするべきか』という選択肢を上手に切り替えて、どちらでも高いレベルで対応出来る強みがあります。
ただユーリ君も、スパーリングだけでは計り知れない爆発力という強みがあります。それに加えて、帝拳ジムでスパーリングをしている様子を見ても、良いタイミングでカウンターを決める技術もある。互いに打ち合っている最中なのか、それともアウトボクシングをされているかに関係なく、です。なので、一概にこういう展開になればどちらが有利とは言えないかもしれません。
ふたりに共通して言える事は、『試合の序盤、3回までにいかに自分のペースが掴めるか』という事です。序盤で流れを掴めればかなり有利になります。逆に言えば、序盤で流れを掴まれてしまうと、展開を変えられずに最後まで行ってしまう可能性もあります。両陣営とも、そのあたりはしっかりと対策を練っているはずです」

一発KOの可能性を秘めたユーリ阿久井は同時に、タイミングの良いカウンターパンチャーでもある。
■日本ボクシング界全体にとって価値ある試合
過去2度しか開催されていない日本人同士の世界王座統一戦だが、拳四朗はフライ級に転向して2試合目、阿久井も世界王座に就いてまだ1年2ヶ月だ。
「日本人同士の頂上決戦は、4団体統一を懸けて戦って欲しい」という思いを抱くファンも少なくない。もちろん楽しみである一方、タイミングは少し早い気もした。こうした意見に対して、浜田氏はこう答えた。
「そういう意見も承知していますが、いまファンが期待する対戦を、出来る時に実現させる事が大切かと思います。『もう少し先延ばししたほうが盛り上がるのでは』と慎重にマッチメークを考えている間に、消滅してしまう可能性もあります。例えば、テストマッチを挟んでその試合に勝利しても怪我をしてしまい、大一番が実現できなくなる事も考えられます。
実現出来る時にどんどんぶつけていけば『次はこんな試合が見たい』というファンの期待もより大きくなり、ボクシング界全体の活性化にも繋がります。
ボクシング番組の収録でふたりと会った時、収録の合間にした雑談の中で、拳四朗君はユーリ選手と、ユーリ君は拳四朗君と戦いたいと話していました。ふたりの意気込みは本当に素晴らしいなと感心しました。『いま誰が一番強いか』という事で対決する。これが勝負事の本来在るべき姿ですし、そういう試合を組む事がより求められている時代ではないでしょうか」
浜田剛史氏は「技術の幅と引き出しの多さでは拳四朗が有利」と見るが「一概にどちらが有利とは言えない」と試合予想する。
現在、日本ボクシング界は世界主要4団体すべて日本人が世界王者(WBC/中谷潤人 WBA/堤聖也 IBF/西田凌佑 WBO/武居由樹)を独占するバンタム級を軸にして、ミニマムからスーパーバンタムまでのいわゆる「軽量級」は、かつてない活況を呈していた。
スーパーバンタムに限っては4団体統一王者の井上尚弥が別格だが、ライトフライは矢吹正道がIBF王者、WBO王者は岩田翔吉、日本人世界王者不在のミニマム級や元WBO王者、田中恒成のいるスーパーフライ級も逸材が虎視眈々とチャンスを伺っていた。
ただそんな戦国絵巻が鑑賞出来る一方、4団体の世界王者すべて日本人というバンタム級でも、タイミングや陣営の思惑、さまざまな理由が絡み合い、統一戦はなかなか実現に至っていない。「WBC王者中谷とIBF王者西田による統一戦が6月に開催か」と一部報道もされているが、正式決定までに乗り越えなければならない障壁もまだあるはずだ。そういう意味でも浜田氏が話すように、拳四朗と阿久井による王座統一戦が早々に実現した事は、日本ボクシング界全体にとって価値のある出来事と言えた。
拳四朗はライトフライ級時代の2022年11月1日にも、京口紘人(ワタナベ)相手にWBAスーパー・WBC王座統一を懸けて対戦し勝利した。13日、無事当日を迎える事が出来れば史上初、日本人同士による世界王座統一戦を2度経験したボクサーになる。だからこそいまのタイミングで聞きたい事があった。
2020年11月、28歳の時に世間を騒がせてしまったあの騒動についてだ。
■寺地拳四朗(てらじ・けんしろう)
1992年生まれ、京都府出身、33歳。B.M.Bボクシングジム所属。プロ6戦目で日本王座、8戦目で東洋太平洋王座獲得し、2017年5月、10戦目でWBC世界ライトフライ級王座獲得。9度目の防衛戦で矢吹正道に敗れて王座陥落するも直接再戦で奪還。同年11月、WBA世界王者・京口紘人(ワタナベジム)に勝利し世界2団体王者に。昨年10月、フライ級転向初戦でWBC世界王座決定戦に挑み勝利し、2階級世界王者に。13日、史上初めて2度目の、日本人同士による世界王座統一戦に挑む。通算成績25戦24勝(14KO)1敗。
取材・文・撮影/会津泰成
記事提供元:週プレNEWS
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