ゆきずりの男女は極寒のアルプスを越えられるか!? 現実の難民問題を映すホワイト・サスペンスの佳品「ホワイト・サバイバル 越境者たち」
彼方まで白雪で覆われた山並。凍りつく風が吹きすさぶアルプス山脈西端のイタリア・フランス国境地帯。その厳寒地帯を一組の男女がテントもシュラフもない軽装備で決死の踏破を試みる。スノーモビルで二人を追うのはライフルを手にした地元自警団。女はフランス密入国を試みる難民だ。なぜ男女は真冬のアルプスを越えるのか。生きのびることはできるのか。劇場公開時、あまりにも寒々しい映像が観客を凍えさせたサスペンス「ホワイト・サバイバル 越境者たち」が1月8日(水)にレンタル開始となる。あなたも自宅でこの極寒をバーチャル体験してみないか。
偶然出会った男女vs過激自警団の人間狩り
白銀の雪世界を舞台にしたサスペンス、アクション映画には印象深いものが多い。コーエン兄弟の「ファーゴ」(96)を筆頭に、ジェレミー・レナー主演「ウインド・リバー」(17)などは、観ているだけで手足がかじかむ。白い映像そのものが“寒さの恐怖”を感じさせるのだ。
「ホワイト・サバイバル 越境者たち」もまた雪景色の中で展開するサスペンスだ。欧州アルプス西端の山岳地帯、積雪と寒風の中、軽装で山頂踏破を試みる男女の行動は見ているだけで震えが止まらなくなる。主人公・サミュエル(ドゥニ・メノーシェ)は、自身が運転する自動車事故で妻を失っている。その喪失感と自責の念から立ち直れず、弟の心配をよそに仕事を休職して、妻との楽しい思い出が残る山小屋に籠り、過去の記憶に溺れていた。そんなある日、誰もいないはずの山小屋で女性の侵入者チェレー(ザール・アミール・エブラヒミ)を発見する。チェレーはアフガニスタン難民の元教師で、同国のタリバン政権の迫害を逃れフランスを目指していた。
だが一帯はイタリア国境からフランスへ入国しようとする難民の通り道で、警察や自警団が厳しい警備態勢をとっていた。フランスまでの道案内を願う彼女を「面倒は御免だ」と一度は突き放したサミュエルだが、思い直し一緒に難民保護キャンプのある国境の町ブリアンソンを目指す。だが難民の拘束と追放を目的に“狩り”と称し追い回す地元民の過激な自警団がチェレーを発見、殺意をもって追跡してくる。彼女をかばうサミュエルも標的となり、安全なルートと思われる山頂越えを試みるが、スノーモビルで疾走する自警団は彼らに迫る。厳寒の高山地帯で、偶然に出逢った男女の命をかけた逃避行が続く──。
フィクションでは終わらない難民問題のリアル
この映画には様々な要素が盛り込まれている。まず、妻を亡くし喪失感に沈む中年男の再生の物語。ドゥニ・メノーシェ演じるサミュエルはスタローンやセガールのような無敵のヒーローではなく、言ってみればただのオジサンだ。普通の男が対峙する突然のサバイバルは、中高年世代の観客に勇気を与え、感動と共感をもたらすだろう。
一方、難民のチェレーを演じるザール・アミール・エブラヒミは、2008年にフランスに亡命したイラン出身の女優だ。今も女性への差別と弾圧が続く国からの亡命者ゆえに、彼女が演じるムスリム女性の決死の行動は、背後に女性差別への批判がありリアルで説得力がある。
舞台となるアルプスのイタリア・フランス国境は、現実に中東や北アフリカからの難民が越境のため通過するルートとして知られ、伊・仏警備当局の検問と拘束は年々厳しくなり、“狩り(hunting)”呼ばれ非難されている。チェレーが南フランスの山間の町ブリアンソンを目指すのは、現実にそこにボランティアが運営する難民保護のための避難所があるからだ。しかし当局の締めつけにより避難所の運営は困難に直面しているという。難民の拘束・強制送還の非人道性を訴えている本作を、アムネスティ・インターナショナルは後援している。過激な極右的な自警団の存在も、現地にある現実の一断面だろう。この物語はけっしてフィクションではないのだ。
フランス映画の豊かな才能たちによる演技と演出
心を病んだ中年男サミュエルがなぜ命の危険を冒してまでチェレーを救おうとするのか。その理由は映画の終盤にさり気なく、意外な形で示される。強く納得すると共に涙を禁じ得ない感動的な演出だ。そこから失われた者からのメッセージという隠れたテーマが浮かび上がる。ならば前半部にも意図があるのでは……?と、最初から見返せるのがDVDの利点といえるだろう。
フランス映画に主演作も多く、クエンティン・タランティーノ監督「イングロリアス・バスターズ」(09)をはじめハリウッド作品にも顔を出す名優メノーシェについては詳しく語るまでもないだろう。チェレーを好演するザーラ・アミール・エブラヒミは2022年「聖地には蜘蛛が巣を張る」で衝撃的に登場、同年のカンヌ映画祭女優賞を獲得した新進女優で、2025年には五輪参加したイランの女性柔道コーチを演じ、初監督もした「TATAMI」の日本公開が控えている。監督のギヨーム・ルヌソンは33歳の俊英で、4作の短編を完成させた後、初長編の本作でローマ・インデペンデント映画祭(RIFF)の最優秀外国映画賞を受賞した。今後の活躍が期待される才能である。こうした新鮮な才能が集結した「ホワイト・サバイバル 越境者たち」。映画ファンなら絶対観ておくべき作品だ。
文=藤木TDC 制作=キネマ旬報社
「ホワイト・サバイバル 越境者たち」
●1月8日(水)レンタルリリース
●2022年/フランス/94分
●監督・脚本:ギョーム・ルヌソン
●製作:ピエール=ルイ・ガノン 脚本:クレマン・ペニー 撮影:ピエール・マジス・ラヴァル
●出演:ドゥニ・メノーシュ、ザーラ・アミール・エブラヒミ、ヴィクトール・デュボア、オスカー・コップ、ルカ・テラッチャーノ、ギヨーム・ポティエ
●発売・販売元:プルーク
© LES FILMS VELVET – BAXTER FILMS – BNP PARIBAS PICTURES – 2022
記事提供元:キネマ旬報WEB
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