第50回城戸賞発表を記憶に留めるために
プロの脚本家を目指すならこの賞。城戸賞第50回である。
だが何々記念の第何回──ことばだけが形骸化して独り歩きしても
その意味をイメージする力がなければ、ただの数字に過ぎないのは自明だ。
城戸賞が制定されたのは1974年12月1日、「映画の日」。
1974年は「日本沈没」が大ヒット、
確固たるスターとなった菅原文太の「仁義なき戦い」シリーズが年明けすぐに四作目を公開、
「砂の器」が大いに話題になり、山口百恵と三浦友和コンビの第1作(「伊豆の踊子」)が
誕生した──そんな年である。
外国映画は「エクソシスト」「燃えよドラゴン」で日本中を活気づけたことも忘れ難い。
以来半世紀、城戸賞はかわりゆく映画、そして映画業界と伴走してきた。
そして当然ながら、この賞を機に、映画の脚本家のみならず、テレビドラマのシナリオで活躍したり、
作家になったり、さまざまな人生が動き始めた例はいっぱいある。
今年の応募作品は480篇(ちなみに一昨年は359篇、昨年は424篇だった)。
例年通り10篇が最終審査に進み、その中から、
大賞「祝日屋たちの寝不足の金曜日」(山口耕平)、佳作は「ひらがなでさくら」(宮崎和彦)、「ファビアンは宇宙の果て」(峰岸由依)、「ゼクエンツ」(森川真菜)の3作品が受賞した。
ここでは、大賞作品のシナリオ全篇を別項で紹介するとともに、最終審査に残った10篇の総評と受賞作品の各選評を掲載する。
まずは脚本家・井上由美子氏の講評から。
◎井上由美子氏講評
第五十回を迎えた城戸賞ですが、今年も500篇近くの作品が集まり、審査員一同、真剣に審査を致しました。
今年は転生やタイムリープなどをテーマにしたSFやファンタジー作品が多いのが特徴でした。これは今の観客が映画に求めるものと一致しているとは思いますが、既にヒットした作品がたくさんありますので、逆に飛び抜けるのが難しいところもありました。
そんななかで審査員の票を集め、入選を果たしたのは、山口耕平さんの「祝日屋たちの寝不足の金曜日」でした。ファンタジー要素はなく、法律の裏側を舞台にしたリアリティあふれる物語です。これまで扱われたことがない新鮮な題材で、すぐれたバックヤードものとして、審査を担当する監督のお一人から、映像化したいという声も上がりました。
次に佳作になった3作ですが、
宮崎和彦さんの「ひらがなでさくら」は戦後を舞台に、日本語にフォーカスした作品です。こちらも時代劇ながら新鮮な題材にチャレンジし、ラブストーリーも楽しめる完成度の高い作品でした。
峰岸由依さんの「ファビアンは宇宙の果て」は、戦時中の軍人が現代の女子高生に転生する話で、設定の面白さから、ファンタジーで唯一、票を集めました。
最後に、森川真菜さんの「ゼクエンツ」は、性犯罪者を主人公にした作品で、賛否両論の問題作でした。半分近くの審査員が最低点をつけましたが、高い評価を与えた審査員もおりました。ちなみに私個人は最高点をつけました。すぐに映像化をすることは難しい題材ですが、作者に大きな可能性を感じたからです。
毎年、城戸賞はシナリオの完成度を評価するか、それとも作者の可能性を評価するかが議論になります。そういう意味では、今年は城戸賞50回を記念する熱い選考ができたと思います。
惜しくも最終審査で選に漏れた方々も含め、ここに現れた才能がいつか花開き、全国の映画館を盛り上げる日が来るのを祈っております。
左から大賞の山口耕平、佳作の宮崎和彦、峰岸由依、森川真菜の各氏
■応募脚本 480篇
映連会員会社選考委員の選考による第一次、第二次予備選考を経て、次の10篇が候補作品として最終審査に残った。
■予備選考通過作品 10篇
「ぬか漬の味」 熊澤伸昭
「ゼクエンツ」 森川真菜
「選んだ私の世界と娘」 仲村ゆうな
「祝日屋たちの寝不足の金曜日」 山口耕平
「久志と真司」 武井啓介
「ひらがなでさくら」 宮崎和彦
「Ballin’」 前田志門
「(まだ結ばれない)運命の恋人」 小林富美子
「ファビアンは宇宙の果て」 峰岸由依
「夜市の果てに」 齊藤夢月
■受賞作品
大賞
「祝日屋たちの寝不足の金曜日」 山口耕平
佳作
「ひらがなでさくら」 宮崎和彦
「ファビアンは宇宙の果て」 峰岸由依
「ゼクエンツ」 森川真菜
■第50回城戸賞審査委員
島谷能成(城戸賞運営委員会委員長)
岡田惠和
井上由美子
手塚昌明
朝原雄三
富山省吾
吉田繁暁
明智惠子
会員会社選考委員
(順不同 敬称略)
■大賞を受賞した山口耕平さん/作品名「祝日屋たちの寝不足の金曜日」
(受賞作全文はこちらからお読みいただけます)
山口耕平(やまぐち・こうへい)
幼い頃から映画やドラマが好きで、漠然と「脚本家になりたい」と思いながらも具体的な行動に移せず、大学は理系の学部に進み、卒業後は不動産や建築関係の仕事に従事。コロナ禍に小説賞への応募を始め、昨年の夏から脚本を書き始めた。
受賞によせて
脚本家に憧れながら、実際に筆を取るまで何十年もかかった自分の意気地なさに半ば呆れながら執筆をしていました。ただ、「失われた」とすら呼ばれたこの時代を必死に生きてきた中で感じた、絶望や怒り、そして希望や喜びをやっと自分の中で噛み砕き、人に伝えられるようになったのがこのタイミングだったのかもしれない、と今は思っています。
今回賞をいただいたこの作品には「悪人」が存在しません。それは私が、今の世の中には「真の悪人」はそうはいない、と思っているからです。悪に見えるものにも実は背景があり、もう一つの正義があります。悪い奴がいて、それを倒すことは簡単ですが、そんな単純なものではない。それどころか、誰もが正しいと思うことをしていても、なぜかうまく回らない。そんな世の中だからこそ、みな不安になり、SNSでもさまざまな議論が交わされているのだと思います。でも実は「それを変えられるのは、私たち一人一人でしかない」という私の思いをこの作品に込めました。
これからも、見た人の心を軽くして、そして少しでも社会をより良い場所にする、そんな作品を創ることができる脚本家になれるよう勉強を続けていきます。
■選者
富山省吾(日本映画大学理事長)
田渕みのり(松竹株式会社 映像企画部 映画企画室)
■総評
■最終選考作品を見渡してタイムループ、タイムスリップものが多く残念に思いました。オリジナル脚本、ストーリーを書くにあたって発想の源を自分で見つける、掘り出す労力を避けている手抜き感を感じます。創作力、想像力不足から来るもの、とも思えてしまう。もっと人間とその生活に根差した、既視感のない、発見を感じさせる出だし、設定探しに苦闘して欲しい。そのもがきが、共感と感動にまで高まる「物語」の始まりになると信じるからです。
もう一つ。折角良い素材、モチーフや登場人物を生み出しているのに、ドラマ(葛藤)にまで辿り着かない、上昇できていないもどかしさを複数の作品から感じました。人物と人物のぶつかり合いを描けない、人物を押し留める難事を見つけられないのです。葛藤や抑圧が熱量を生み出し、その熱が思わぬ展開、次の舞台へ人物を押し上げて行く。ここにも労力、苦闘、もがきを避ける意識を感じます。『複眼の映像』から引用すれば、「捌かずに力押しの脚本」を目指して欲しいと願います。(富山)
■第50回という区切りの年に予備選考から参加させていただきました。例年より多い480本という応募数は喜ばしいことですが、とにかく「タイムループ/タイムリープ/タイムスリップ」と「戦争もの」が多く、予備選考の段階でジャンルかぶりを理由に何作品か選考から外したほどでした。それだけ書き手の皆様が市場やヒットの動向を分析して執筆されているということかと思いますが、一方で、オリジナルの脚本賞においては「書きたい題材」で「伝えたいメッセージ」をもっと強くぶつけていただきたいと感じました。
現場で仕事をする一人として、日本映画界は変化の時を迎えていると実感します。働き方改革、技術の発展、鑑賞方法の多様化など様々な変化がありますが、どんなに環境が変わっても、作り手の想いは変わらずにいたいと思います。その作り手の想いが一番色濃く出るのが脚本です。新たな才能と想い溢れる脚本づくりの現場でご一緒できることを楽しみにしています。(田渕)
■受賞作選評
大賞 「祝日屋たちの寝不足の金曜日」(受賞作全文はこちらからお読みいただけます)
法案の一文字のミスから始まる大騒動。硬直化した日本の行政と政治に抗う有志の公務員たちをユーモラスに描く。タイムサスペンスを切り拓くチームの活躍が心地良く、仕事ものとしての発見もある上に真っ当なメッセージも伝わって読後感も良い。しっかり調べて手腕良く仕上げた「巧い書き手」の登場。(富山)
9連休に沸くGW2日前、連休中日に平日が残っていることに気付いた官僚が祝日法改正を間に合わせようとするドタバタ劇。祝日という身近な題材に政治を絡めて描くお仕事もの。魅力的なキャラクターと軽妙な筆致に拍手。(田渕)
佳作 「ひらがなでさくら」
戦後を生きる元捕虜の苦闘と占領下の「日本語ローマ字化計画」という驚愕の計画に、主人公の初恋の行方を編み込む。日本の再出発と日本人の心の復帰を描くドラマから、オリジナルの発見への意欲と作品メッセージが伝わる。(富山)
占領下の日本で実際にあった「国字改革」を題材に、そこに絡めて展開する幼なじみに想いを寄せる主人公のラブストーリー。映像的な面白さはもう少し欲しいところだが、題材の目の付け所と綿密な取材ぶりには脱帽。(田渕)
佳作 「ファビアンは宇宙の果て」
女子高校生棔に生まれ換わった戦時の若き将校宇賀が、棔の親友朝陽とともに棔の甦りに奔走する。宇賀は戦争の時代が終わっていないことに絶望し、朝陽はそんな宇賀に強く同情する。語り口の滑らかさに書き手の才能を感じる。(富山)
太平洋戦争で命を落とした学徒兵・宇賀の魂が現代女子高生・棔の体に乗り移り、宇賀は棔の親友・朝陽と協力して棔を取り戻そうと奮闘する。構成に課題が残るが、書き手の伝えたいメッセージがまっすぐ伝わる良作。(田渕)
佳作 「ゼクエンツ」
児童加害の前科歴を持つ主人公と周囲の苦悩。人物たちの不安感が全編を覆い、作品の魅力となる。「書きたい題材を書く」という意志と才気への高い評価に対して、題材の取材調査による肉付け、掘り込みが欲しいとの声も。(富山)
児童加害の前科のある男性と周囲の再生物語。商業映画としてのハードルは高いが、自分の書きたい題材にこだわり、力強くまとめ上げた脚本力を評価する。終始不安が漂う中で、希望を感じるエンディングに救われる。(田渕)
最終選考作品選評
「ぬか漬けの味」
タイムループに巻き込まれた年配女性と家族の関係を、高齢者のスマホや運転問題を盛り込み、魅力的に描く。抜け出そうと人命を救う行動が、自らの運命をも変える展開が巧み。(田渕)
「選んだ私の世界と娘」
パラレル世界から来た娘たちに驚く主人公。アイデア楽しく展開も軽やかだが、物語の転結への進展がない印象。家族、生き方の選択、といったテーマへの切り込みが欲しかった。(富山)
「久志と真司」
現代と戦時中の若者が夢で互いの暮らしを共有する。閉塞状況にある現代の若者が戦時中の生活を知ってモラトリアムから抜け出す。臭いメッセージ、喋りすぎのセリフに見所あり。(富山)
「Ballin’」
等身大高校生のバスケ映画。モチーフ、ドラマ、キャラクター、ストーリー。すべて水準だが突出した驚きがない。人物の葛藤を沸点にまで上げて対決へと追い込んで欲しかった。(富山)
「(まだ結ばれない)運命の恋人」
仕事も恋もうまくいかない女性が、命の危険を前に、変えたい過去ベスト3を回想するどこか懐かしいラブコメ。タイトルがすべてを物語る。タイムリープ設定を活かしたかった。(田渕)
「夜市の果てに」
台湾と沖縄を舞台にしたラブストーリー。被害者家族と加害者家族の運命の交錯は都合がよすぎるが、映像的なロケーションの活用、ラストのカタルシス、将来性も含め評価。(田渕)
記事提供元:キネマ旬報WEB
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