ひろゆき、中野信子と脳を科学する⑩ 「脳トレ」するなら何がいい?「脳トレ」したらお金を稼げる?【この件について】
中野信子いわく「脳トレの効果がはっきりしているのは楽器の練習」とのこと
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。脳科学者の中野信子さんをゲストに迎えた10回目のテーマは、「『脳トレ』にはどんな効果があるのか?」。脳トレをすると頭が良くなって、お金をたくさん儲けられるようになるのか?という欲望丸出しの話を中野さんに聞いてみました。
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ひろゆき(以下、ひろ) 「脳トレ」ってあるじゃないですか。計算やパズルが多いようですが、あれって実際はどうなんですか?
中野信子(以下、中野) あれは脳全体を鍛えるというより、その計算やパズルといった作業の処理能力が上がるだけです。
ひろ やっぱり(笑)。じゃあ、実際に役立つ「脳トレ的な取り組み」って何かありますか?
中野 大人になってからでも効果がはっきりしていて、やったほうがいいといわれているのは楽器の練習です。
ひろ どんなメカニズムなんですか?
中野 楽器演奏は右脳と左脳をつなぐ脳梁という部分の神経配線に変化をもたらすといわれています。楽器演奏を続けることでマルチタスク適応能力が上がり、同時にたくさんの情報を処理したり、ワーキングメモリーを改善する効果が期待されています。
ひろ へー。
中野 ワーキングメモリーと知能指数には関連があるとされているので、楽器練習を通して頭が良くなったと感じるようになる可能性があるわけです。
ひろ ギターだと「こういう音を出したい」という頭の中のイメージと「指をこう動かせばその音が出る」という身体操作がセットになっていますよね。つまり「頭の中の音のイメージを指を使って再現する」という一連のプロセスが脳に刺激を与えるんですか。
中野 鋭いですね。実は興味深い研究があって、まったく楽器未経験の人たちを「本物の鍵盤で練習するグループ」と「紙に描いた鍵盤(エアピアノ)で練習するグループ」に分けて習熟度を比較したんです。その結果、エアピアノでも本物と同等の効果が得られたと報告されています。つまり「頭の中で本物の鍵盤をイメージしながら指を動かす」だけでも無意味ではないわけです。
ひろ すると、エアギターでもある程度の効果が期待できるということですか?
中野 ただ漫然と腕を振り回すのではなく、ちゃんと弦の押さえ方を理解した上で指を動かすのなら、脳トレとして成立する可能性はあります。
ひろ じゃあ、楽器じゃなくてパソコンのキーボード操作はどうですか。「この文字を出そう」と思って指を動かすから、ある意味、変換作業は行なわれていますよね。出力するのは音じゃなくて文字ですけど、多少は楽器演奏に近い要素もあるじゃないですか。
中野 確かにキーボード入力も頭の中で何らかの変換はしています。でも、音楽演奏と決定的に違うのは「時間軸」の存在です。音楽はリズムやテンポなどリアルタイムの時間的なプレッシャーがある。でも、タイピングは基本的に自分のペースで進められる。時間的制約がほとんどありません。
ひろ 言われてみれば、タイピングにリズムやテンポなんかないですもんね(笑)。
中野 そうなんです。ライブ演奏とは異なり、文字入力はそういう意味で脳への刺激が少ないんです。
ひろ つまり、リズムやテンポといった時間的な制約や、リアルタイムの反応が脳をさらに鍛えるカギになっているんですね。じゃあ、音楽に限らず、お笑い芸人さんのアドリブやラップバトルの即興応酬も同じようなことがいえるんじゃないですか?
中野 そのとおりです。ジャズの即興演奏やラップバトル、お笑いの瞬発的な切り返しは、相手や場の雰囲気を即座に読み取って反応しますよね。ただ、お笑いのひな壇トークみたいな場面を再現するのは難しいですから、楽器を使ってトレーニングするほうが実用的かもしれません。
ひろ 確かに、ラップバトルやお笑いって、相手の反応を見ながら瞬時に判断して返していく必要があるので、そう考えると、音楽演奏よりもラップやお笑いのほうが難易度が高い気もしますが。
中野 そうですね。ちなみにある研究では、即興演奏が得意な人ほど文脈の読み取りがうまい傾向がありました。
ひろ とはいえ、即興で対応できる能力が発達していれば「すごいな」とは思いますが、それがお金儲けに直結するかどうかはまた別の問題ですよね。
中野 はい。お金儲けに限っていえば、相手や場の雰囲気を即座に読み取って反応するような共感性が高いことが邪魔になるかもしれないという研究もあります。「ギバー(与える側)」と「テイカー(奪う側)」を比較すると、平均年収はテイカーのほうが70万円ほど高いという調査があります。つまり、嫌なヤツほど儲けている傾向があるんです。この点を考えると、日本の道徳教育はいま一度考え直す必要があるかもしれません(笑)。
ひろ あはは(笑)。みんながギバーで、自分だけがテイカーなら一番オイシイですもんね。結局、「みんなギバーであれ」という教育は、テイカーが得をする構造をつくり出しているわけだ。
中野 そういうことになるかもしれません。いい人でいると、お金儲けとのトレードオフが生じるのが悩ましいところですね。
ひろ つまり、共感したり空気を読んだりするスキルは、経済的な成功を目指す上では不利になる可能性があるわけですね。
中野 南オーストラリア大学の研究によると、企業のCEO(最高経営責任者)にはサイコパス(共感性が低い)傾向のある人が20%ほどいるそうです。一般人だと1%ほどなので20倍も多い。サイコパス度が高い人ほどお金が集まりやすいという一面が示唆されているんです。
ひろ となると「教育はなんのためにやるのか」って話になりますよね。いい職に就いて稼ぐのが目的なら、サイコパス傾向を高めるほうが有利ですよね。
中野 皮肉なことですよね。ただ、教育は〝使いやすい労働者〟を大量生産する機能も持っているんです。ある程度の読み書きや計算ができて、言われたことを素直にやる人材をそろえるほうが、国にとってはコスパがいい面もある。
ひろ 確かに。国や支配層にとっては、素直に働く人をそろえたほうがコントロールしやすいですからね。親として自分の子供をそう育てたいかは別問題ですけど。
中野 そうなんです。集団維持の観点から見ると、共感性が高く、言うことを聞く人間を大量に育てる教育は「コスパがいい」ということになる。
ひろ じゃあ、自分の子供を将来有利にしたいなら、「外面は従順なギバー」に見せかけつつ、「内面はサイコパス」みたいに育てるのがいいってことですか。
中野 そうですね。ただ、共感性が高いことが幸福度にどう影響するかも含めて価値観次第なんです。経済的な成功だけ狙うなら共感は足かせになるかもしれませんが、人間関係や地元の友達とのつながりからくる幸福も無視できません。
ひろ じゃあ、何が重要かを考えるために、まずは楽器の練習から始めるというのもありかもしれませんね。
中野 ヘタな脳トレグッズにお金を使うなら、楽器の練習のほうがよっぽど有益だと思います。
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■中野信子(Nobuko NAKANO)
1975年生まれ。東京都出身。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学大学院博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに勤務後、帰国。主な著書に『人は、なぜ他人を許せないのか』(アスコム)など
構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上庄吾
記事提供元:週プレNEWS
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